第二十二話 俺と俺②
前楽のおかげで俺の意識は体の中へと戻った。目の前には草しか移さないディスプレイがあるだけの空間に俺はいる。
(おお!! 本当に俺の体の中って痛み感じねぇ! これはありがたい!!)
「俺が引き受けてるだけだっつの……こっちはクソ痛いんだぞ。悠長なことは言ってられねぇんじゃねぇ?」
(その通りだ、さっそく打開策を考える。お前も何か思うことがあったら教えてくれ)
「まぁ、わかった。けど俺はお前なんだろ? 同じ思考回路からは同じ結論しか出ねぇんじゃねぇ?」
(そうでもなかった。俺がこの一か月、俺の事を別人に感じたことさえあったぞ)
「一か月?」
そう切り出した俺は、今まであったことをかいつまんで説明し始める。
(簡単にだけ説明すると……俺の正体は一回死んだ辻井楽、つまりお前で、天に召される予定だったのにメズルフのアホのせいで何故か祈里に転生してお前と一か月一緒に居たってわけ)
「俺死んだの!? 何からつっこめば良いんだよ! もう、意味わかんネェ」
(気持ちはめちゃくちゃ分かるが、ガチで時間が無いから頭の中の整頓がてら話してくな? だから黙って聞いててくれ)
「はぁ……もう。分かったよ」
ため息混じりに、それでも黙ってくれる前楽に俺は俺の考えをまとめて始める。
(俺は祈里を守って、メズルフをソノラから解放したい。その上で世界崩壊も止めたいんだ)
自分でもめちゃくちゃ言ってる自覚はあった。だが、どうしても、どうしてもそれは譲りたく無くて俺は改めて声に出した。
「こんなに体がボロボロで本当にできると思ってんのか?」
(無理かもしれない。でも足掻くだけ足掻きたい)
「はぁ……一回死んでも俺ってバカなんだなぁ」
(死んでもバカは治らねぇってよく言うだろ?)
「バーカ。って事はやるんだろ? やるって決めたらやるもんな。じゃぁ……一回勝利条件を確認させてくれ。俺も作戦考えるから」
(勝利条件……そうだな)
今ある3つの大問題。どうすれば解決になるのか、俺は頭をフル回転させた。
(まず……世界崩壊は、俺と祈里は付き合い始めてるし、本当はお互い好いている。ソノラの言葉を信じるなら俺の魂が俺の中に戻った事で矛盾はもう特にないんだろう。後は崖下に落ちて死ねばいいかなって思ってる)
「マジ……か……」
(腹を括れ。括るしか無いんだ)
「そりゃ無理ってもんだろ」
突然の死の宣告に前楽は動揺を隠せてないが、今は俺のケアをしている場合ではないので無視して話を進める。
(次にメズルフだ。あいつの頭にある天命の輪を何とかして外す!)
「何とかって?」
(なんとかは……なんとかだよ……)
「大事な部分は全く決まってないのな」
(ぐぅの音も出ない。実はここは本当にノープランだ。ついでにメズルフの輪っかを外した後もノープランだ)
「と言うと?」
(天命の輪を外すとメズルフはソノラからのエネルギーを貰えずに消えちゃうらしい)
「ダメじゃねぇか! メズルフ殺すつもりか!?」
(いや、リムベール様がきっと何とかしてくれるかなって)
「これぞ本当の神頼り……じゃねぇから!」
(けど……頼りのリムベール様もソノラにやられてしまって風前の灯……呼び出しアイテムの正道の天秤も壊されちまった)
「詰んでね? 計画破綻してるよな?」
(……)
冷静に前楽に言われた俺は数秒黙ってしまう。
なんせ、前楽が感じた感想はそのまま俺も感じているものだからだ。
けれどもここで止まってもいられないのだ。
(だぁぁ! もう、うっさいな! それくらい後が無いんだよ! もう、次! 祈里の魂……に至ってはもう、ソノラを倒して取り替えすくらいしか思いつかねぇ!!)
「絶望しかないな。力で勝てるなんて絶対考えるなよ? 体の怪我で察してくれよ?」
(……だよな)
言葉にされるとグッと心が苦しくなってくる。到底足りない力をこの場でどう補っても無理な時は無理だ。
(……なぁ、俺? やっぱり……無理なのかな)
「無理だ……って普通の人は言うだろうな」
(……だよな)
ど正論が胸にぐさりと刺さる。だが、ディスプレイに映っていた薮の景色がガサゴソと動き出す。体は痛いはずなのに、前楽はどうやら動き出したようだった。
「まぁ、世界で一番バカな俺なら、後先考えずにやれる事やるだろ? 立ち止まってても殺されるなら、足掻こうぜ?」
(あ……あはは……! そうだよな!)
諦めたような決心したような前楽の声でなぜか俺は俺に励まされた。
「俺は正直わかんね。状況も正直意味わかんねぇし。とにかく俺が死ねばあのブラックホールっぽい何かは消えるんだな?」
(ああ。それで、ソノラはメズルフに俺を殺させようとしてる)
「ってことは、メズルフは勝手にこっちに来るな? じゃぁ、天使の輪っかはそん時にぶんどろう」
(そうだな、力づくでなんとかぶんどろう)
「で、リムベール様? を準備しておかないといけないよな」
(そんなアイテムみたいに言うなよ)
俺の言葉に俺はつい突っ込みを入れてしまう。
「正道の天秤で呼び出せるんだっけ? 直せねぇの?」
(神様のアイテムだからな……あ、でもまてよ? 別に正道の天秤じゃなくてもいいはずだ)
「どう言うことだ?」
(御神体? があればいいんだと。 そこに祈りを捧げると力が貯まる、みたいな?)
「御神体ってなんだ?」
(あー……そうだよな、お前は俺だもな)
俺はさっき祈里との会話のデジャヴでも見ている気分になるが、仕方がなく祈里の言葉の覚えてる部分を伝える。
(よりしろ? みたいな……なんか、その神様を思い描けるもの……だったかな?)
「ふーん? 随分あいまいだな。でも、それなら……メズルフのストラップとかどうだ?」
(………あああ!!)
メズルフが今真心から借りているストラップには前楽が以前作ったストラップがぶら下がっているはずだった。
(それだ! リムベール様人形を依代にしてリムベール様を呼び出そう! いいアイディアだ!)
「まぁ、あれ俺が作ったやつだからな……本当にそんなんで呼び出せるのかは不安しかないが」
(……いや、やれるだけやってみよう。あとは、朝日を拝みながら祈るんだ。うーん、正面の本堂が無ければここからでも拝めそうなんだが)
「ここから朝日が拝める方法とかないのか?」
(……さっきの穴は小さすぎてここからじゃ見えないし……。ん……まてよ? もしかしたら上手くいけばメズルフはなんとかなるかもしれない!)
「なんか思いついたか?」
(あぁ、サンキュな。あとは、作戦がうまく行くことを願おう。さて、次は祈里をどうやって救うか考えって……おい!! 来てるぞ、前見ろ、前!!)
「前? う、うわ!!!」
ディスプレイに映った背景には綺麗な金髪が風にたなびいている。
すごい形相のメズルフがこちらに矢を打った後だった。
俺の声に咄嗟に反応してのけ反った前楽の頬に矢が掠り血が垂れる。もう少し遅ければ脳天をぶち抜いていたに違いなかった。
(あ、あいつ……本気だ)
「メズルフ……」
「逃げて……ください……私は次……あなたの足を撃ち抜きます」
苦しそうに、悲しそうに弓を構える天使を俺はただのか弱い女の子を目の当たりにした気持ちで眺めていた。すぐにでも、『大丈夫だよ』と声をかけてあげたい。けれども、今はまだ、なにもかもが大丈夫ではなくて俺は悔しい気持ちでいっぱいだった。
「……なぁ、メズルフ?」
「なんですか?」
「俺が作った人形持ってっか? スマホのやつ」
前楽は弓矢で狙われていてもいつも通りにメズルフに呼びかける。その声にメズルフの表情は少しだけ緩んだように見えた。
「へ? な、なんですかこんな時に……ポケットにありますよ? って、俺が作った?……ん?? あなたは……楽さん?」
「それ以外に誰がいるんだよ?」
「い、いえ。その。すみません、私には魂の流れは見えないんですよ。どうにも、転生の天使ではなかったみたいなので……」
やはり、メズルフはソノラの天使だった事実を気にしているのだろう。再び表情が曇っていく。そんなメズルフに対して、それでも前楽はいつも通りの声のトーンでこう言った。
「えっと? ………よくわかんねぇけど! 気にすんな!」
俺からは前楽の表情はわからないが、おそらく普通に、本当に普通に笑っているだろう。普段通りすぎる前楽にメズルフは少しだけ眉を釣り上げた。
「気にすんな!? 私の存在意義がころっと変わっちゃったんですよ!? 気にしない方がおかしいでしょ!」
若干の怒気を感じる言い方だったが、それでも前楽は笑い続けているに違いない。
「メズルフはメズルフだろ? なんも違いねぇよ」
「あーーーもう! 何にも知らないくせに!!」
あっけらかんと笑ったままの前楽に釣り上がった眉毛も諦めモードになってきた。
「しらねぇけどさ?」
「ばか………」
「だっろ?」
「本当に、いつも通り過ぎて……私あなたを殺さなきゃいけないんですよ?」
「さっき、もう一人の俺から聞いたよ」
「どうして……それでそんないつも通りでいられるんですか?」
「……だって、メズルフ。俺、お前の事助けるんだってさ」
「……それももう一人の『俺』が言ってたんですか?」
「いーや、これは二人の決定。あれ? 元は一人なんだったら一人ってことになるのか?」
「あははっ……ははっ……はは……む……無理ですよね?」
「いや、これだけは本気」
「期待……させないでくださいよ」
「……いいや、期待しておけ」
「ば……ばか……!! ばかです……」
声が震えている。
大粒の涙が。
ボロボロと青い瞳から流れ落ちていく。
機械仕掛けの体がこちらに向かってキリキリと弓を弾いたままになっている。
すぐにでもその矢は俺の体を射抜きそうだ。
本当はわかってる。
もう、逃げられないところまで来ているんだ。
それでも。
「ありがとうございます……」
小さな声で、聞こえたメズルフはお礼は俺の心を奮い立たせるのには十分だった。




