第二十一話 愛の神と転生の神②
「祈里を渡さず、メズルフを開放して、ソノラを許せって事か?」
リムベール様の言っていた言葉を反芻してもそれ以上の情報が出てこなかった。それに、祈里が俺が死ぬ前から狙われていて、俺の魂を祈里に居れたのはリムベール様。
「だぁぁぁぁ。もう、まったくもって意味が分かんねぇ!!!」
「何を一人でしゃべってるのかしらぁ?」
「!!??」
俺が恐る恐る振り向くと、そこにはソノラと、ぼこぼこにされた様子の前楽がメズルフにYシャツの首根っこを吊るされるように連れてこられている。重かったのか、俺を見つけるなりメズルフは前楽を床に落とした。落とされた前楽は受け身も取れず鈍い音を立てて床に転がった。
「悪い……こいつら……全然歯が立たねぇ」
見るからに怪我をしている前楽は自力で立ち上がろうとするが力が入らないのか立ち上がれず、再び床に転がって動かなくなってしまった。どうやら気を失っているようだ。
俺は絶体絶命の大ピンチを悟った。
「突然逃げ出したかと思ったら、私の家に上がり込んで。それで隠れたつもりだったのぉ?」
「私の……家?」
「ここはソノラ様を祀る神社ですので」
「なるほどな。これまた汚い家にお住みで」
俺は敵対心を露に悪態をついた。ソノラは俺の挑発に目を細めてしばらく俺の事を睨んできたが、俺も負けじと睨み返した。
「神に喧嘩を売ったこと後悔するわよ?」
「もうじき貴方に魂とられてるんで、お気になさらず」
「可愛くないわね。まぁ、良いわ。早くしないと世界が崩壊しちゃうのよぉ。早いところ契りを交わしてくれないかしら」
「嫌だね。キスなんて絶対したくない」
「……あらぁ?」
俺がキスを拒否するとソノラは驚いた様子で首を傾げた。どうやらやっと、何かがおかしいことにかが付いたようだ。
「愛の弓矢が効いてない……いえさっきまでは効いていたわね……それに……さっきから様子がおかしいわ? あなたもしかして……そう言う事だったのねぇ!」
「どーも、ようやくお気づきのようで」
「これはこれは、矛盾が生じるはずだわぁ? まさか、祈里ちゃんの魂を隠すために男の子の魂を上乗せするなんて!! 愛なんて関係ない、これが世界崩壊の原因よぉ」
「……え?」
「おかしいと思っていたのよねぇ。愛の弓矢が刺さったのに、あの崩壊は微動だにしなかった。愛が原因なら少しは弱まったりするものなのよ。つまり、貴方たち……とっくに愛し合ってたんでしょ? あーあ、もう手を焼かせないで頂戴。それなら話が早いわぁ。男の子が死ねばいいだけだもの」
「え……」
ソノラは事実を理解してしばらく不愉快そうな顔を隠そうとしなかった。降臨してきたな穏やかな女神の顔は、今は山姥と言っても通用する。穏やかな口調とは裏腹にとても腹を立てているのが伝わってきた。
「それにしても……こんな嫌がらせリムベールしかできないわねぇ。あの老害! ここまで来てまだ私の邪魔をしてくるなんて! 本当に許せないわぁ!」
「え? リムベール様がソノラ様の邪魔?」
意味が分からないというようにメズルフは怪訝そうな顔でソノラを見た。
「そうよ! あなたが信じているリムベールという女は私の事を殺そうとしたのよぉ? 私がこのおまじないが流行って急激に信仰心を集めたから嫉妬して、奇襲をかけて私を転生させようとしたのよぉ!?」
「う、嘘です! リムベール様はそんな事をする方じゃない!」
思ってもみない告発に、メズルフは強くこぶしを握り締めてソノラを否定した。瞳には怒気を宿して怒り狂っているのがここからでも伺えた。メズルフとソノラが互いに睨みを利かせている。
「嘘ぉ? あなたは本当に馬鹿なのねぇ」
「リムベール様はソノラ様に嫉妬なんてしていません! いつも貴女を気にかけていました!」
確かに、先ほどリムベール様と話をした時もソノラを心配しているような口ぶりだった。わざわざ戻ってきてまでソノラが悪い奴じゃないと言いに来たくらいだ。俺からするとメズルフの言っていることは正しいように思える。
「おだまり!! 私にだってそういう態度をとっていたのよ! あたかも気にかけて心配している様子で近づいてきたのよ!! でも、でも……それはあいつの演技だったのよぉ!! じゃなきゃ、足元に転生の陣を敷いておいて私をおびき出して無理に転生をさせたりしないでしょぉ!?」
「う、嘘です!! きっと何かの間違いです! そんな卑怯な事……」
「ね? 卑怯よねぇ? わかってくれるぅ?」
「わかりません!! リムベール様はそんな事しませんし……それに、だって、その、ほら。この話自体が作り話だって可能性もありますし! しょ、証拠は? 証拠とかあるんですか?」
メズルフはだんだんどちらが正しいことを言っているのか分からず、しどろもどろに反論するが、ソノラは噴き出して笑い始めてしまった。
「ぶっ!! あっはっはっは!!」
「何がおかしいんですか!?」
「あ・な・た」
「だ、だからなんですか?」
「違うわよぉ。あなたが証拠だっていってるのよぉ」
「へ?」
言っている意味が分からない天使は大きな丸い目をさらに大きくさせてキョトンとしている。その意味は俺にだってわからない。ただ、ソノラはとても愉快そうにメズルフを笑っている。
「あの日、私はリムベールに呼び出されたのぉ。たまに会って話をしたりする仲だったからぁ、久々に会っておしゃべりしたいななんて思ってた矢先にリムベールは私を誘ってきたのぉ。だから私、るんるんでぇ、指定された待ち合わせ建物の中でリムベールが来るのを待っていたわぁ?」
ソノラは思い出話をするようにその時の様子を語り始めた。詳細な説明はだんだんとソノラの説に色を付け、先ほど以上に真実味を帯びて感じられた。
「でもね、建物に敷いてあったカーペットの裏に転生の陣を書いて隠していたのね。リムベールは私が陣に入るのを今か今かを待っていた。リムベールが現れないので私は部屋に飾ってあった絵を見て回っていたのぉ」
メズルフに伝わるように、しっかりと目を見てソノラはメズルフを諭すような口調で続ける。メズルフは信じられない、信じたくないという顔をしているがソノラは話すことを止めなかった。
「そして、ついに私はカーペットを踏んだわぁ。その瞬間に力の流れに気が付いた私は、リムベールが陣を発動したとほぼ同時にカーペットを切り裂いたのぉ」
「そんな……」
「だからねぇ、ちょっとだけ転生の陣の力が体に流れてしまったのねぇ? 気が付いたら居たのよ。切り裂かれた魔法陣の真ん中に」
「居た? な、なにがですか?……まさか、嘘ですよね? だって、私は……リムベール様の……」
ソノラはメズルフから一切目を離さないまま言葉をつなげた。
「……いいえ、あなたよ、メズルフ」
「!!!???」
「メズルフが座っていたの」
「じゃぁ、私がリムベール様の天使だっていうのは?」
「真っ赤なウソよぉ。だって、あなたは私から生まれたの。二年前に」
「う、うそ……リムベール様は私を……」
「騙していたのねぇ、可哀そうに」
メズルフの目から光が消えた。どういう感情を抱けばいいのか分からないまま天使は力なく床に膝をつき、頭を抱える。そんなメズルフにソノラは追い打ちをかけるべく話をつづけた。
「あなただって、薄々気が付いていたのでしょう? 他の天使は生まれながらに自身の役目を全うできる能力を有している。それなのに、あなたに転生の力は一切手伝えなかったはず。魂だって見分けることができない。おかしいと思うでしょ?」
「い、いや!!」
「『出来の悪い』では片づけられない能力の差を貴女は何度も体感している。そして、あなた以外の天使がどんどんと消えていくのに、リムベールが消えた今尚、あなたはここにいる」
「そんな!! 嘘です!! 私は60年前にリムベール様に作られたって!」
「本当に? じゃぁ、記憶がある最古の日は?」
「……数年前……でも、それまで天命の輪で自我をなくしてたからだって……」
「で、リムベールの天命の輪は?」
「…………持ってはいます。けど……そこから力を感じたことはありません」
「じゃぁ、今はどう? 私があげた天命の輪をかぶって」
「愛の力が……湧き出て来ます」
「おかしいわよね?」
「…………」
それでも受け入れたくないメズルフは小さく嫌といいながら耳をふさぎこんで地面を頭に付け丸くなった。子供が親の言うことを聞きたくなくて拒絶しているようにも見えて、心がちくりとした。
「ち、ちがい、ます。私は崇高な転生の神リムベール様の……」
「それでも信じたくないのねぇ?」
「……」
「使えちゃったわよねぇ? 愛の弓矢」
「!!??」
「あれって、愛の神か天使しか使えないのよぉ」
「ああぁあぁ……」
「転生の仕事は何一つ手伝えなかったけど、愛の弓矢は私に渡されただけですべて完璧に使いこなせたわよねぇ?」
「や、やめて……」
「それはもう、決定的にあなたは愛の天使なのよ」
「い、いやああああああああああああああああああ!!!!!!」
メズルフの悲鳴に近い叫びは建物いっぱいに響き渡った。俺の肌にも痛いほどの悲しみや困惑が突き刺さる。
メズルフは、きっと、本当に、
愛の天使だったのだ。




