第二十一話 愛の神と転生の神①
真心からのメッセージには俺の決心を新たにする力があった。
けれどもそのメッセージの後に続く文言は決定的に俺の救いとなった。
『追伸:メズルフへ。リムベール様の漫画、実はもう先週から描いてたんだ! 戻ってきたら読んでみて? メズルフさえよければ新作として公式アカウントで投稿するから!』
(リムベール様……漫画? そうか、さっきメズルフと真心が約束していたのはこの事だったんだなぁ……)
朝方の真心とメズルフだけに通じるような会話の主語を見つけた。そうか、いつの間にか真心はリムベール様の漫画を描いて……ん?
「まてよ? さっきの朝日のおまじないでソノラが呼べたってことは……もしかして、もしかすると!!」
俺はどこか、朝日が見える場所はないかと本堂の中を見渡した。どこもかしこも薄暗いが一箇所だけ朝日が漏れている場所を見つけ駆け寄った。ここにも壁に拳ほどの穴が開いている。そして、その隙間からは先ほどまで俺がいた朝日が見える崖がのぞけた。崖に残っているであろう3人の姿は手前の木々のせいもあって見えなかったが朝日だけはちゃんと見える。
「誰かが朝日を見るためにハンマーか何かで穴を開けたんだろうな……まぁ今はその愚行に感謝するしかないけど」
俺はその穴に目をやりながら先ほどソノラを呼んだ時と同じ姿勢で跪く。
朝日のまじないで神に祈りが届くのだとしたら、今思いつく中で一番いい手……それは。
「リムベール様、どうか俺に救いを」
朝日を見ながらリムベール様を呼ぶことだった。消えてしまったリムベール様を呼べる可能性は非常に少ないかもしれないが、それでもこの可能性に賭けて俺は強く願った。
けれども、願いむなしく何も変化は起きない。俺はがっくりと肩を落とした。
「だめだ……やっぱりリムベール様は消えちゃったのか」
(ねぇ、楽? もっと具体的に強くイメージできるものないかな!?)
「あれ? 祈里? 元に戻ったのか!?」
(元に戻った? なんのこと?)
「あ、いや……なんでもない」
元の祈里に戻ってきているのか、先ほどとは違いまともな反応が返ってきて俺は若干戸惑ったが、そのアドバイスはとても役に立つもので俺は細かいことを気にするのはやめた。矢の効力は強力だけど一時的なものなのかもしれない。
(それより、そうだなぁ。御神体とかがあれば……)
「御神体……って何?」
(御神体っていうのは神さまが降臨される『よりしろ』って感じかな。神様は実体がないってされてるから、代わりにご神体にお祈りするの)
「よりしろ……そうだ、正道の天秤は?! あれが一番リムベール様的アイテムだと思うんだ」
(やるだけやってみよう! 私も精一杯祈ってみる!)
俺はすぐさま正道の天秤を手を合わせて出現させ、改めて朝日を拝みながら祈りをささげた。
「リムベール様!!」
(どうか私たちに真の救いを!!)
すると、一瞬だけボヤッと正道の天秤が光ったような気がして俺はばっと顔を上げた。光ったのは朝日が反射しただけだったのか、その後もしばらく静寂が続いた。
「やっぱり……ダメなのか?」
「……そこにおるのは……楽かの?」
俺のうわごとに一度だけ聞いたことがある神様の声が返事をした。
「リムベール様!! 良かった!! 生きていたんですね!」
「神に生きるも死ぬもないがのぉ、いろいろあって存在が消えていたようじゃ。ふぉっふぉっふぉ」
「わ、笑いごとですか!?」
「いやはや、ここの地脈を利用して信仰力を上げるなんて、お主もなかなかやるのぉ」
「へ!? あ、えっと、あはは」
何のことを言っているのかさっぱり分からないだなんて口が裂けても言えなかった。きっとおまじないが叶うというのもここの地脈が良いおかげなのかもしれない。だが今はそんなことはどうでも良かった。俺はリムベール様とおしゃべりをするために祈ったわけではないのだから。
「して、メズルフはどこじゃ?」
周りにメズルフの存在がいないことを察知したリムベール様は少し声のトーンが下がったようだった。
「それが……実はあれから大変なことになっておりまして、あなたさまにお救い願いたいのです」
「ワシに救ってほしいとな。状況を説明せよ」
「はい」
俺は転生直後から今に至る話を簡潔にした。
過去一か月をやり直せるはずだったのに、祈里の体に転生し、告白に失敗して正道の天秤の針が振り切れてしまったこと。
その後いろいろ頑張って昨日までに黄色いゾーンまで戻したけれども、俺が死ぬ直前に俺の中の祈里が死を回避しようと逃げ出してしまい世界が滅亡を始めた事。
救いを求めて朝日に願った結果ソノラが現れ、メズルフに天使の輪をかぶせ、祈里の魂を欲し、その後でメズルフを使って俺を崖に突き落とそうとしている事。
かなり早口で説明したが、リムベール様は聞き終えた後、そうか、とだけ言ってしばらく黙ってしまった。
「あ、あの! リムベール様。祈里だけでも救う方法はないでしょうか。俺が崖に落ちる事は決められた運命ですが、祈里は関係ないんです! どうか、祈里だけでも救う方法を……お願いします!」
俺は誠心誠意頭を下げた。これが俺がソノラから逃げてきた一番の理由だ。何としても祈里だけは守りたかった。
(楽……)
さみしそうにつぶやく祈里の声がする。祈里も俺が死ぬと聞いてこんな気持ちだったのかもな。だからあの時、崖から逃げ出してしまった。俺も今同じことをしようとしている。だから、結局お互い様なのかもしれない。
「まず……楽よ」
「はい」
「おぬしに一つ言わねばならぬことがある」
「なんでしょう」
「祈里の体におぬしの魂を入れたのはほかでもない、ワシじゃ」
「……は!?」
ここでリムベール様からの衝撃的な告白が飛び出してくるとは思わず俺はついうっかり、素でリアクションを返してしまった。
「ごほん……え、えっとリムベール様。それは……その」
「もう一つ。おぬしは勘違いしている」
「は、はぁ……」
リムベール様は割と自分のペースで話をする人……じゃなかった神様なのかもしれない。俺は素直にリムベール様の話の続きを聞いた。
「祈里は、お主が死ぬ前からソノラに狙われておったのじゃ」
「…………はぁぁ!?!?」
思わず本日早くも二回目の素のリアクションを神様にぶちかましてしまった。何がどうなって、そんな話になるのか全く想像がつかない。俺の眉間にはしわが寄っている事だろう。
「さて、すべてを話したい所じゃが……あまり時間がなさそうじゃ」
「!?」
「端的に言わせてもらおう。楽よ、祈里の魂をソノラに渡してはならぬ。今、世界が崩壊する以上に危険な事なのじゃ」
「端的過ぎて分からないんですが……」
「そして、これはワシからの願いじゃが……メズルフもソノラから解放してやってほしい。きっとソノラの元で働くのは苦しいじゃろうて」
「それは薄々そんな気がしています」
「それじゃぁ、もう時間のようじゃ」
「え!? ちょ、ちょっと待ってください!? どうやって救えばいいんですか!?」
「そんなものワシが知るはずがないじゃろう。二人分の信仰にしてはもった方じゃ。健闘を祈っておるぞ」
「はぁぁぁぁぁ!?」
「それじゃぁのぉ……」
「り、リムベール様!?!?! 消えないで! ちょっと!? リムベール様!!」
期待した俺はバカだったのか。いや、でもゲームとかの神様のお告げって確かにこんな感じかも。だなんて、明後日な方向に思考が飛ぶ。
いやいやいや、これじゃ何の解決策になってない。俺は頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。
「あ、そうそう言い忘れておった」
「!? 何か解決策がありますか!?」
「ソノラは悪い奴じゃないんじゃよ。悪い信仰が集まってしまったんじゃ。それを開放してやれればのぉ。きっとソノラも目が覚める」
「それだけ!?!?」
「じゃぁ……の……」
今度は完全に声が途中でフェードアウトしていった。
「ソノラは悪い奴じゃないって……わざわざ戻ってきてまでいう言葉なのか!?」
神様の考えてる事はよくわからない、と頭を抱える俺なのであった。




