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第十九話 重なる思いと二度目のまじない②

 前回ぶりの境内は、前回通りに荒れている。

 神社の敷地内だと言うのに、そこら中にゴミが散乱していて、飲み掛けの酒のカップやら、落書きやら。備品は壊され、鳥居にはナイフか何かで相合傘が彫られていた。


「何ですか……この有様は!?」


 この実態を今初めて目の当たりにした天使は全てを軽蔑するかのように顔を歪めた。口に手を当てたのは臭いが立ち込めていたからだけではないだろう。


「ひでぇな……ここが例の神社なんだろう?」

「……うん」

「まぁ、良いや。二人はちょっと待ってろ。朝日が拝めそうな所探してくるわ」


 前楽はゆっくりと神社の奥へと歩いていった。境内の荒れようは人間の悪い部分を凝縮したかのようで、前楽だって見ていて気持ちのいい物じゃないだろうし、メズルフに至っては言葉を失うほどショックを受けてるようだった。

 前楽の姿が完全に見えなくなった頃、メズルフは辛そうな表情で俺を向いた。


「ソノラ様……」

「ん? ソノラ様? この間、清水寺で聞いた神様の名前だっけ?」




「はい、その通りです。ソノラ様は実は人によって崇められて誕生した土地神で、恋愛を司る神の一人なんです。ここ数年で突然力をつけたんですが……こんなひどい状態だなんて」


 メズルフは明らかに青ざめている。俺は首を傾げた。確かソノラ様という神様はリムベール様と敵対関係にある神様でメズルフからすれば仇のようなものなんじゃないかと思っている。けれどもメズルフは敵対している神様の神社が汚れていることに絶句しているようで理解ができなかった。


「えっと、どうしたんだ?」

「どうもこうもありません。この神社はソノラ様が誕生した本来ならとても神聖な場所。こんな有様になっていただなんて想像もしてませんでした」

「敵ながら同情したって事?」

「まぁ、そんな所です……」

「ふぅん?」


 メズルフは複雑な表情で辺りを見渡している。俺が同じ立場だったら敵なら気に止む事なんて無いんじゃないだろうかと思ってしまうんだが、メズルフはそうは思わなかったらしい。


「おぉい! こっちに朝日が見えそうな所あったぞ!」


 前楽の声がして俺は手を振り替えした。正直、今天界の事情に思いを馳せている場合ではないのだ。おまじないを成功させて前楽を崖下に誘わなければならないのだ。


「分かったー! 今行くね!」


 俺は遠くにいる前楽にも届く声で返事をした。


 あと数分もしたら、朝日が登る直前に地震が起きる。

 俺は、前回の祈里と同じように、朝日に向かって祈るだけ。

 そしたら、前楽が地震が起きた時に俺、と言うか祈里を助けるだろう。


 正道の天秤はなんとか黄色に部分で留まってくれている。前楽を殺す……いや、俺が死ぬなら今しかない。


 いよいよだ。


 手に汗をかいているのを感じながら前楽の声がした方へと歩き出す。後ろからメズルフもゆっくりついて来ているのを感じた。中央の建物をぐるりと周りながら歩くとすぐに開けた場所が現れた。


「ほら、ここなら朝日が見えるだろ!」

「うん、丁度良さそうだね……」


 俺はぎこちない笑みを浮かべながら前楽をみた。前楽は俺のぎこちない笑みに対しても、優しく笑い返してくれる。俺自身の顔に安堵する日が来るとは夢にも思っていなかった。


 今から、この男が崖下に落ちる。

 その男が、例え俺だとしても、見届けるしかないのだ。


(……本当にそれで良いの?)


 修学旅行初日の朝、祈里に訊かれた言葉が脳裏を過ぎる。本当は、本当は、俺だって……


「祈里? どうしたんだ? 泣いてるのか?」

「へ?」


 気がつけば、頬を涙が伝っていた。


「……」


 メズルフは一歩下がった所から、俺の事を心配そうに見守っている。


「楽、…()()()()()()()ありがとう」

「!?」


 ほんの数秒だった。その言葉は祈里の体から発せられたらにも関わらず、俺が発した言葉じゃ無かった


(祈里!?)


 俺は体が急に動かなくなって、状況を理解した。意識がひきこま、る


「そして、ごめんなさい」


 モニターしかない空間に突如として意識は引き込まれた。

 映し出された映像には前楽の手を引いて崖から離れていく祈里の姿だった。そのさらに奥にはメズルフが目を大きく見開いている。


「ち、ちょっと!どこへいくんですか!?」


 メズルフの問いに答えずに、祈里は前楽の手を引いて走り続ける。

 俺はこの3日間、祈里が出てこなかった理由を悟る。この時のために、力を蓄えていたのだ。俺から体の主導権を取り戻し、前楽を崖下に落とすのを阻止する為に。


「私、楽がいない世界で生き延びたって何も嬉しくない!! もしかしたら、世界だって滅びないかもしれないじゃない! 何もしないで運命を受け入れるなんて私には出来ない!」


 それは祈里の悲痛な叫び。

 内に秘め続けた祈里の本音だった。


「祈里?」

「ごめん。何の事か分からないよね。でも、私が守るから。何があっても!!」


 モニター越しに伝わる祈里の言葉に、俺は心が締めつけられる。


(………ありがとうな)


 俺だって本当は、死にたくないんだ。


 祈里がとっさに走り出したとき、メズルフが異変に気がついて手を伸ばしたが散らばった空き缶につまづいて転倒した。メズルフの制止を運良くすり抜けた前楽の手を引く祈里は、崖から神社の本堂に続く道を走りだす。


「ここを抜けたら……もう、大丈夫……!!」


 息を切らしながら必死で走る祈里からは強い想いが伝わってくる。


 楽を助けたい。

 一人にしないで。

 一緒に生きたいの。


 一途な気持ちばかりが俺を取り巻いていく。


(でも……でもな、祈里。これじゃぁ世界が崩壊……)


「しないかもしれないじゃない!!」


 祈里とは思えないほど感情的な叫びだった。叫びを聞いた前楽は、思わず祈里の手を振り払い足を止めた。本当に何が起こっているのかわからないという顔で祈里を見つめる。祈里もハッとなって今目の前にいる俺に気まずそうに向き合った。


「祈里……?」

「ごめん、楽。今だけは私を信じて……お願い……。メズルフちゃんには後で謝るから。楽がここにいちゃだめなの!」

「どう言う事……?」

「時間がないの! 私のこと……信じて……お願いだよ……」


 祈里は目に涙を溜めながら楽に手を差し出した。差し出された手を握るべきかどうかで前楽は数秒躊躇していたがすぐに色白の祈里の手を包み込むように繋いだ。


「わかった。俺、祈里を信じるよ」

(だめだ!! このまま祈里の言うとおりに動いたらこの世界ごと崩壊しちゃうんだ!)


 思わず俺だって叫んでいた。この一ヶ月、祈里を守りたいの一心で頑張ってきたんだ。


(お願いだ、祈里。最後の願いなんだ。祈里だけは生きててほしいんだ)

「私は、楽に生きててほしい。ただそれだけなの」


 静かに、呟くように、懺悔するように祈りは呟く。遠くから甲高いメズルフの声が聞こえてきた。その声を耳にするや否や、祈里は前楽の手を引いて再び走り出す。


 俺が死ねば世界は救われ祈里は死なないが、祈里の願いは砕かれると言うことになるだろう。

 一方、祈里が俺を生かせば、世界が崩壊し、俺どころか世界も崩壊する。祈里はメズルフの言葉を信じないという、勝ち目の薄い賭けに出ている。通常の判断が困難なほど祈里が思い詰めてしまっていたと言うことなのかもしれなかった。


「もう少しで出口だよ!」


 モニターには先ほど俺たちが潜った鳥居が映し出された。


 その時だった。


 足元が急に浮いたかのような感覚。この感覚は覚えがある。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 突然地面が揺れ始める。そう、俺が転落死する直接的な原因の大地震だ。今、崖淵にはきっと大きな亀裂が入っている頃だろう。だが、目の前には前楽が突然の地震に驚いて頭を守る姿勢をとっている。


 つまり、前楽が死ななかったことに他ならない。


(まずい……このままじゃ……本当に世界が崩壊しちまう!)


「ああああああ!!! じ、じ、地震ですううう!!!」


 素っ頓狂なメズルフの声が奥の方でした。きっと地震が起こって大きな矛盾が生じた事を嘆いた一言なのだろうが、この叫びに前楽が反応した。


「やばい!! メズルフが崖のところに取り残されちまう!!」

「楽!? 行っちゃダメ!!」

「だけど、もし落ちたりしたら大変だろ!? 祈里はここにいてくれ!」

「ダメ!! お願い!! ダメなの!!」


 前楽の力に祈里が叶うはずなく、正義の心にあふれた前楽はメズルフを助けに崖の方へ走っていく。

 その後ろを全力で祈里が追いかける。


「きゃあああああああああああああああああああ」

「!?!」

「メズルフちゃん!?」


 何が起こったのか、俺にも、祈里にも前楽にも分からなかった。全速力で崖のところまで行くとメズルフが腰を抜かして崖の向こうを指差していた。本来なら朝日が拝めるほどのひらけた場所。地震によってヒビが入って、本来俺たちがいた場所はものの見事に崩れ落ちていた。


「う、うわ!! 本当に祈里の言うとおりに移動してなかったら俺死んでたかも!」


 前楽はメズルフが叫んだ理由を崖の崩落だと思い顔を青くした。しかし、メズルフはワナワナと小刻みに震え指を空に突きつけたままだ。


「ま、まって……あれ、何!?」


 祈里はメズルフの指差し方向をじっと見つめて2歩下がる。俺も「アレ」と言われてまだ薄暗い空を凝視した。


 薄暗いというには暗すぎる空。むしろ、さっきよりも暗くなったような気がして俺はさらに目を細めた。空に丸くて黒い大きなものがあることに気がついてゾッとした。


「空に……空に……穴が空いてる………」


 黒く、丸い物が空に浮かんでいるのではなく、まるでぽっかりと穴が空いたような漆黒の空間がそこにはあった。月ほどに小さかったその丸はみるみるうちに大きくなっていくのがここからでも分かる。


「……うそ。本当に、世界が崩壊……することなんて」

「あるんです。世界はちょっとした歪みで穴が空いてしまう。祈里さん、あなたが選んだ選択肢は最悪ですよ」

「そん……な……」


 突然視点が低くなりガクンと言う衝撃があった。膝から崩れ落ちてしまったんだろうか。

 目の前の黒い穴はそんな俺たちのことを嘲笑うかのようにどんどんと大きく成長していくばかりだ。


 余りの非現実的な光景に漫画ならヒーローがやってきてこのピンチを救ってくれるのかな、なんてありもしない事を考えてしまう。


「リムベール様、ごめんなさい。ごめんなさい」


 小さな声でメズルフが呟くのを見て、いよいよ取り返しがつかないと悟る。


「神様……今こそどうかお助けください……!!」


 震える祈里の声が虚しく暗い空気に吸い込まれる。


 こうして俺のタイムリープ転生は幕を閉じる……のか!??




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