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第十九話 重なる思いと二度目のまじない①

 朝日が登る前、静寂が肌に突き刺さる。


 誰も起きてやいない午前4時半に俺はそっと目を覚ました。いつもならぐっすりと眠っているだろう時間だというのに不思議と目は冴えている。物音を立てないように注意しながら、俺はそっと布団を剥ぎ、上体を起こした。


「………おはようございます」


 誰も起こさない小声だが、はっきりと聞こえた声の方を向くと、いつものおちゃらけた雰囲気など微塵も感じさせない天使様が優しく微笑んでいた。


「……行こうか」


『もう起きていたのか』『寝坊するかと思ってたぞ』『寝なかったのか?』なんて、心の中ではいくつものワードが浮かんだのに、俺はそのどれも言えずに端的に部屋の外に向かい始めた。メズルフはコレまた何も言わずにそっと俺の後ろをついて来る。


 静けさが妙に心地良かった。


 パタリ、と部屋のドアが閉まるとホテルの長い廊下が目の前に現れる。どこの部屋からも声なんか聞こえなかったがいつ誰が出てくるかも分からない。俺もメズルフも足音一つ立てずに玄関へと向かった。


 廊下の角を曲がると、そこは玄関前のロビー。俺とメズルフはここで前楽と落ち合う予定だった。早朝に出発する人向けに開いている裏口は玄関から見て逆にある細い通路へ向かった先だ。


「楽さん、来なかったらどうしましょう」


 しばらく静寂の中待っていると、静けさに耐えきれなくなったのかメズルフはそうこぼした。珍しく不安そうなメズルフを俺は鼻で笑い飛ばした。


「大丈夫だ。俺が祈里とメズルフの約束すっぽかすはずがない」

「私、1回目の学校へ行く約束を見事にすっぽかされましたけど」


 じっとりとした目が俺を睨んだ。そういえばそんなこともあったな。


「………まぁ、多分? キットダイジョウブ」

「片言になるのやめてください。余計不安になりますから」

「わりぃわりぃ」


 そんなやり取りにメズルフはふぅと息を吐いた。緊張がこっちにも伝わって来そうだった。


「二人とも、待たせたな!」

「きゃっ!!」

「わっ!?」


 俺とメズルフは突然の前楽の登場に飛び跳ねた。よりにもよって、真後ろまで忍び寄って声をかけて来たのだ。


「び、び、びっくりさせないでください!!」

「だって、二人とも凄い怖い顔してたからさ? ほら、行こうぜ!」


 俺らの気も知らないで前楽は屈託のない笑みを浮かべている。何も知らないんだから無理はない。それでも俺は、そしてきっとメズルフも、どうしようもない俺の笑顔に救われたように思えた。


「おおい! 誰かいるのか?」

「やっべ! 奥の通路から担任きたぞ!?」

「見回りかも!」

「か、隠れましょ!?」


 俺らは柱の影にサッと隠れたが、担任がコチラに歩いて来たら一瞬でバレてしまう。


 まずい。


 ここで見つかってしまっては、いままでの俺の苦労は水の泡だ。


「わ、私が囮になります! お二人は先に行ってください」

「え!?」


 メズルフはそんな事を口走ってから立ち上がる。それは、詰まる所俺が楽を連れて神社に行かなくてはならない。だが、困ったことに今度は前楽も立ち上がる。


「いやいや、それなら俺が行くよ」

「しょうがないわね、私が行ってあげるわ」


 最後の声、それは俺でも前楽でもメズルフでも無い。


「まこまこ? 何でここに?」

「あんたらが神妙な顔で部屋を抜けたからついて来たの。例のおまじないでしょ?私が先生を引きつけてあげるから、気をつけていってらっしゃいな」

「ち、ちょっと!?」

「その代わり、メズルフ? 昨日言った事考えといてね!」

「あ……わ、分かりました! 良いでしょう、任せます!」

「今の約束忘れないでね!」


 メズルフと真心が俺にはよく分からない会話をしたかと思うと、真心はニコッと笑って柱の影から出て行く。

 自分から先生の元に駆け寄って行った。


「先生ー!!」

「木古内、お前の声だったのか! 早く部屋に戻りなさい」

「私、補習組なんですけど部屋わからなくなっちゃいました」

「補修か、しょうがないな。ほら、こっちだ」

「ありがとうございます」


 真心は担任と一緒にホテルの奥へと歩いて行く。ある程度離れたところまで行ったのを確認すると俺らは目配せして動き始めた。


「今の内に急ぎましょう!」

「あぁ、分かった」

「こっちだよ!」


 こうして俺とメズルフと前楽の3人は、ホテルから抜け出すことに成功するのだった。



 俺たち3人はホテルを出てしばらく誰も喋ることなく黙々と山道を歩いていた。一応舗装されてるが、街灯はまばらで足元は見えないに等しいくらいの暗がりを3人で急いでいる。真心のおかげでホテルを抜け出すことに成功したが、誰かに見つかっては意味がない。俺以外の二人もきっと同じ気持ちで山道を早歩きで登っているに違いなかった。


 中腹に差し掛かり、俺はふと後ろを振り向くとそこには小さく俺たちが泊まっていたホテルが見えた。気づくとメズルフも後ろを振り向いていた。


「もう、こんなに登って来たんですね」

「あとどれくらいで到着するんだ?」

「大体10分って所かな? 朝日が登る前に、急ごう!」


 俺は俺を急かすと再び歩みを進める。目的地はまだ先の方にある。どんどんと近づいてくる決戦の場に俺の脈は早くなるばかりだ。


 思えばここ一ヶ月いろんなことがあった。一ヶ月前の俺に転生したはずが祈りの体に入ってしまい、矛盾を起こせば世界は滅亡。俺は善行を積めば生き返らせてもらえるという約束をしたがそんなことする余裕もなかったから、きっと地獄へ落ちるんだろう。


 前楽を崖下に落とせば世界は滅びずに済む。そうなれば、祈里だけでも守ることができるんだ。


 俺の心はいつしかその言葉だけを信じて今を突き進んできた。けれども、死を目前にすると怖いものは怖い。手にはどんどんと汗をかいていき、唇を一文字に結んでいた。


「祈里……? ホテル抜けだしたのやっぱりちょっと抵抗あったか?」

「へ?」

「すごい怖い顔してるぞ?」

「うそ? だ、大丈夫だよ! ごめん。おまじない、楽しみだね!」

「本当か?」


 心配そうな前楽の顔は転生前にここを通ったとき、祈里が緊張していて悲しい気持ちになった事を思い出させた。前楽は今あの時の俺と気持ちなのかもしれないと思い、とっさの言い訳が口をついて出る。


「真心、大丈夫かなって思ってたの……」

「あぁ、確かに。身代わりになってもらったようなもんだからな。後で何かお礼しないとな」


 俺と前楽が神妙な面持ちでそう話していると、一番先頭を歩くメズルフがブフッっと吹き出した。


「……えっと……メズルフ今なんで笑ったの?」

「へ?! い、いえ? 別に?? ふふっ……笑ってなんていませんよ?」

「いや、動揺しすぎでしょ」


 こっちを振り向いてはくれないが、明らかに笑いを堪えている声が聞こえてきた。


「まこまこにお礼は必要ないです」

「どういうことだ?」

「私が代表してまこまこにお礼をしますので。要求を一つ飲んであげたので、きっと立派なお礼となっているはずですよ」

「あぁ、別れ際に『任せます』とか言ってたやつの事?……あれ、なんだったの?」

「お、教えません! まこまこってば変なこと言い出すから……」

「ん?? 変なこと??」

「もう、この話は終わりです! ほら、鳥居が見えてきましたよ!」

「あ……」


 お礼の話題で盛り上がっていたらいつの間にか、目の前には大きな赤い鳥居が聳え立っていた。

 鳥居が墓標のように見え、一瞬立ち止まるが、止まっている場合ではない。


 俺は以前、祈里に教わった事を思い出し、鳥居の前で一礼してから敷地内に入っていくのだった。


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