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第十ハ話 修学旅行と足りない一人⑥

 修学旅行2日目ももう終わりを告げる。

 俺と前楽は真心とメズルフと待ち合わせをした河原に横並びに座って二人を待っていた。メズルフと真心に連絡をした後すぐ、前楽のスマホの充電も切れてしまい、俺らは場所を移動しようにもできない状態となっていた。


「真心とメズルフ、こないね」

「……ここを動くわけにもいかねぇだろ」

「もうちょっとだけ待ってみようか」

「ああ」


 綺麗な夕日だった。

 前楽も同じ事を想っているのかもしれない。


 俺はそっと前楽の手に俺の手を重ねた。前楽は一瞬戸惑ったように手をびくっとさせたが、俺の手を振りほどくこともなくほほを赤らめながらも夕日を見つめ続けた。

 二人きりで過ごす今を、俺も前楽も手をつないだまま何も話さずに、ただ隣に居る。そんな静寂がとても心地よかった。


 夕日が徐々に地面に吸い込まれ、やがてすっぽりと夜が広がった。街灯が灯り、少しだけ肌寒くなってきた。


「俺の上着貸そうか?」

「え?」

「祈里、手が冷たくなってきてる……」

「でも、それじゃ楽が……」

「いいからいいから」


 肩をすくめて笑う前楽は半ば強引に俺の方に上着をかぶせてきた。


「ん。ありがと」

「おう」


 俺は俺なのだから前楽も寒いに決まっている。それでもこうやって、カッコつけて祈里には優しくありたいんだよな。いつまでも、祈里にだけはカッコいい俺でありたいんだ。


「俺、ずっと言いたくて言えなかったことがあったんだ」


 前楽は突然ぽつりとそう言った。


「何?」

「俺さ、メズルフと付き合ったじゃん?」

「うん」


 何の話かと思いきや、メズルフの話で俺は少しだけ寂しい気持ちになった。祈里と二人きりなんだから、祈里の話をしようぜ、俺と思ってしまう。まぁ、今祈里はいないっぽいから良いと言えば良いんだろうが。


「あの時、本当はメズルフと付き合ったら祈里の気が引けるんじゃないかって思ったんだ」

「あぁ……ラブ☆エンでそんなシーンあったもんね」

「浅はかだよな。結局メズルフと付き合う事になったのに、全然気分が上がらなくてさ」

「気分が上がらない?」

「人生初彼女だったし、メズルフって、その、可愛い方じゃん? でも、俺の中で彼女って感じじゃなかったんだろうな。それに気が付いたらメズルフに悪いことしちゃったっていう罪悪感の方が勝っちゃったんだ。結局それで眠れなくて次の日は大寝坊。泣かせちまうし……最悪だった」

「じゃぁなんで私が好きだって言ったときそう言ってくれなかったの?」

「俺から告白しておいて、メズルフにもいろいろバレバレで……引き下がれなくって」

「……馬鹿なの?」

「……はい」


 おおよそ分かってはいた。でも改めて口にされると鏡を見ているような気分になって胃が痛くなる。これからはもう少し考えてから行動しよう。これからがある訳ではないがそう思った。


「あーあ。振られるにしてももう少しマシな言葉が聞きたかったですね」

「メズルフ!?」


 いつの間にかメズルフが背後に居て大きなため息をついて見せた。前楽は聞かれているとは思ってもみなかったのか気まずそうな顔をしている。


「でも、はっきりと楽さんの口からその言葉が聞けて良かったです。このままうやむやにされてしまうのかと思っていましたから」

「ご、ごめんなさい」

「いいですいいです。それよりも、祈里さん!?」

「は、はい!?」

「滅茶苦茶心配したんですよ!?」

「……ごめんなさい」


 俺たち二人は仁王立ちするメズルフにともに深々と頭を下げる。それは、さながら金髪美女にひざまずく二人の僕のようだろう。


「あら、これは……メズルフが女王様にでもなった感じ?」

「まこまこ! 聞いてください! 楽さんに振られました!」

「ちょ、そんなストレートに!?」

「それだけじゃなくってね?」


 俺は一度だけ前楽に微笑みかけた。前楽の口からは今はきっと言いにくいだろうから、俺の口からハッキリと真心とメズルフに明言する。


「楽とお付き合いすることになりました」


 真心とメズルフは二人とも驚いた顔をして、その後すぐに笑顔が零れ落ちた。


「なぁんだ、心配して損したわ」

「雨降って地が固まったって事ですね?」

「ま、まぁそんなところ」

「なにも修学旅行中じゃなくても良かったじゃない。自由行動のほとんどを祈里探しに使っちゃった」

「ご、ごめん! 本当に! この通り!」


 俺は3人に深々と頭を下げた。


「おい、真心、嘘つくなよ」

「あはは、ごめん!」

「え!?」

「実は……楽には祈里を探してもらって、私とメズルフはチェックポイントを回ってきたの。歴史的建造物を回らないと先生に怒られちゃうでしょ? 私たちの班のハンコはちゃんともらってきたから」

「その間に祈里さんが見つからなければ3人で探す手はずにして各々動いてたんです」

「俺はもう闇雲に走りまくったけどな」

「ご、ごめんなさい」

「もう、謝らなくていいよ」

「うん、ありがとう」

「そうだ、これ! チェックポイントめぐりができなかったお二人に手土産を買ってきたんですよ?」


 メズルフはカバンから五重塔の小さなキーホルダーを4つ取り出して渡した。4人の手にはそれぞれ金ぴかに輝くキーホルダーが乗っている。


「おそろい、だね!」

「おお! 気が利くじゃねぇか!」

「ありがとう!」

「どういたしまして!」

「それじゃ、ホテルに向かって歩きましょうか」

「祈里、立てるか?」

「水分をたくさん摂ったし、時間も経ったからもう大丈夫だよ」


 俺はゆっくりと立ち上がった。頭が若干ふわっとしたものの移動に問題は無さそうだ。


「帰ってすぐに休みましょ? 明日は朝早いんですから!」


 メズルフはおまじないの時間を気にして俺にそう言ってきたのだろう。ただ、ここに一人だけおまじないに誘っていない人物がいる事を忘れてしまっていないだろうか。


「あら? 明日も普通に8時集合よね?」

「あ……えっと」


 真心にはおまじないの話はしていない。おまじないの話をして一緒に行くことになり、万が一にも真心が一緒に崖下へ落ちてしまっても困ると思ったからだ。どう切り抜けようか、と考えていた隙に前楽の方が先に喋り出してしまっていた。


「明日の早朝におまじないをしようって話してたんだ、真心もどうだ?」

「おまじない? 高校生にもなって? 遠慮しておくわ」

「なんでですか? 子供っぽいですか?」

「子供っぽいとも思ったけど、何より私、明日の朝補修なのよね!」

「真心、赤点だったの!?」

「その前の土日、即売会で漫画売ってたからね!勉強なんて全くしなかったわ」


 誇らしげに真心が笑って、俺の心配は杞憂に終わった。補修の存在を感謝したのはきっと生まれてこのかた初めてだろう。


「ほらほら、早く行きましょ? 本格的に真っ暗になっちゃいますよ?」

「うん、行こうっか!」

「結構冷えてきたし、急ごうぜ」

「ナビはウチに任せて! モバイルバッテリー常備だから」

「さすが、真心だね」

「でしょでしょ? っていうか、二人とも充電切れるの早くない?」

「そうだよな、もう古くてよ。新しいスマホ欲しいぜ」

「今日はちゃんと充電しておく、かな」


 そんな他愛もない会話は今日もいつも通り、俺達が泊まるホテルに到着するまで続くのであった。


 ◇


 ホテルに到着した俺とメズルフはこそっとトイレに向かった。誰にも見られ無いように二人で一つの個室に入り、ぎゅうぎゅう詰めの中やること、それはもちろん、正道の天秤の確認だ。


「お付き合いできたって言ってましたね」

「ああ、針の音もカチカチと二回聞こえた、きっと間違いない」

「早く出してくださいよ」

「ああ、行くぞ」

「ええ!」


 俺が手のひらを合わせるとそこには正道の天秤が現れた。俺らは顔を突き合わせて針の先端がどこを向いているのかを確認する。


「針が……レッドゾーンを過ぎています」

「ってことは?」

「このままいけば世界崩壊、回避ということです!」

「やったぁぁぁぁ!!」


 俺とメズルフは思わずハイタッチを交わした。パチンという小気味のいい音がトイレに鳴り響いただろう。


「本当に、ギリギリだったな」

「ええ。でも、確かにやり遂げましたよね」

「ありがとな、今日まで1か月」

「え?」


 俺が柄にもなくメズルフに素直にお礼を言うものだから、メズルフはキョトンとした顔でこちらを見上げた。


「訳が分からない一か月だったけど、メズルフといれて俺、良かった」

「私もですよ。どうもありがとうございました」

「なぁ、地獄ってどんなところだ?」

「魂が浄化されるまで苦しみが続きます。苦しんで苦しんで訳が分からなくなって自我が崩壊して初めて浄化として認められるのです」

「…………そっか」

「私、上の人に掛け合って刑を軽くできないか掛け合ってみます」

「ん、その気持ちだけで十分だ。お前にもいろいろあるだろ?」

「でも……」

「リムベール様、見つかることを祈ってるよ」

「ありがとうございます……」

「それじゃ、そろそろ出るか」

「はい」


 二人でぎゅうぎゅう詰めになっていたトイレから俺たちが出ると、そこには真心がたまたまトイレに来ていたらしくバッチリと出てきたところを目撃されてしまった。


「え!?」

「ふたり、もしかしてそういう関係!?」

「ち、違います!!」

「違うよ!? それは大きな誤解だから!!」

「あらら、これは薄い本が厚くなる展開に……」

「なーりーまーせーん!!!!!」



 その後、真心にからかわれながらも最後の夜を楽しく過ごした。

 こんな最後の日も悪くないな、と思いながらふかふかのベッドで深い眠りにつくのだった。



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