第十ハ話 修学旅行と足りない一人④
俺たちはその後顔を白くして、舞妓さん特有のカツラをかぶり、着物を着付けしてもらった。
三者三様の舞妓さんが出来上がり、俺が言うのもなんだけどとても綺麗だった。
(これだったら絶対に、前楽の心もときめいてあっという間に世界崩壊を免れるよな!)
俺は半ば自分に言い聞かせるように鏡を見つめた。思えばそれは短絡的だったと言わざるを得ない結果となった。
「おーい、随分遅かったじゃねぇか!」
合流して第一声がこれだったのだ。
「ごめんごめん。思いのほか待たせちゃったわね」
「乙女の身だしなみには時間がかかる者なんですよ!」
「ったく、しょうがねぇなぁ」
前楽は着物を着付けしてもらっただけ。対して俺たちは着物選びに時間をかけた上で化粧もカツラももちろん着物の着付けもおこなった。かれこれ1時間ほど前楽はここで待っていたと言う。待たされた不満からか心がときめかなかった。ときめかなかったので正道の天秤の針は動かない。
俺は流石にこのままでは引き下がることができなかった。最後のチャンスなのだ。
「あ、あの楽。その、着物、似合ってるかな?」
おずおずと恥じらう感じで前楽に尋ねてみると先ほどまでの怒っていたような拗ねていたような表情は和らいだ。
「おう、もちろん似合ってるぞ!」
「そ、そっか。良かった」
前楽の言葉はとても肯定的で、俺はそれ以上どうアタックしたら良いかわからず困ってしまう。メズルフも真心も意気揚々としている中、俺は徐々に背中に嫌な汗をかき始めた。まずいのだ。このままでは。
世界が本当に崩壊をしてしまう!!
引き攣った笑顔を浮かべたまま固まっているとメズルフが勢いよく手を上げた。
「次は写真撮影みたいなんですよ! 」
「いいね! 四人で記念撮影!」
「記念撮影か。どんなポーズで撮る?」
「一人一人とった後に四人で撮りましょ?」
「了解ですっ! って。祈里さん? どうかしましたか?」
固まったままの俺をみて唯一事情を知っているアホ天使がキョトンと聞いてくる。こいつに頼ることはできそうにない。
こうなったら、四人で撮影中に何とか祈里を好きになってもらわなくちゃいけない!だが、みんなでワイワイしていて果たして俺は祈里に夢中になってくれるだろうか?
いや、きっと難しい。
だとしたら、俺はこうするしか無い!
「い、いやその。私、楽と写真が撮りたくて」
これっきゃない。そう思った。すると、楽は驚きと照れが混ざった表情で俺の方をじっと見てきた。
「い、祈里? その、二人でってことか?」
「う、うん! お、思い出に!」
ありったけの勇気を振り絞った俺に対して前楽は思いっきり戸惑っている。一方で真心はハッハーンというなぜか納得した顔をしてみせた。
「ペアで写真ね! じゃあそれも撮りましょ?メズルフ、私と撮ってくれる?」
「はい、喜んで!」
「では、こちらに案内いたしますね」
「よろしくお願いします!」
真心はそっと俺と目配せしたあと、メズルフと奥の部屋へと移動していった。真心は本当に鋭くて気の利く良い奴だな、なんて普段よりも綺麗な背中を見送った。
さて、真心が作ってくれたチャンス逃すわけにはいかない。
「お二人はこちらのスタジオにどうぞ」
「は、はぃ!」
緊張で少し上ずった声が出てしまい、恥ずかしさが増してしまった。だが、緊張しているのはどうやら俺だけじゃなかった。
「い、い、いこうぜ」
「うん」
ひきつった笑顔の前楽はいつも以上にドモって顔は真っ赤になっている。これは天秤の針の大幅アップに期待ができそうだ。
「今日撮影を務めさせていただくカメラマンです。よろしくお願いいたします!」
先ほどの店員さんとは別の男性カメラマンとアシスタントさんが部屋に入ってきて俺たちに一礼してくれた。アシスタントさんが壁際にあるバックスクリーンを広げると京都らしい町並みの風景や、きれいなグラデーションの背景などが出てきて、俺たちはじっとそれを見続けていた。すると、アシスタントさんが数秒こちらを眺め、考えた末に取り出した背景はピンクのキラキラした背景だった。
(これって、恋人用の背景なんじゃ)
アシスタントさんは完全に勘違いをしている。俺たちはまだお付き合いはしていないのだ。
案の定、前楽はその背景の意図に気が付かない訳もなく俺に視線で助けを求めているような気もしたが、いい雰囲気を作ってもらうために俺はその視線は無視することにした。
「では、早速ですがそちらの背景の前に並んでください。お二人とも。もっとくっついてください」
「く、くっつく!?」
「写真に収まらないので、そうです。そうです」
そうですそうです、の間にパシャリとフラッシュが光るのが見えた。たくさん撮って後で選別するのだろう。
「では次は男の子が女の子の肩に手を添えてください」
「ええ!?」
「ら、楽いちいち驚かないで?」
「わ、わりぃ」
戸惑いながら前楽は俺の肩にポンと手を添えた。心臓の音がそこから伝わってきそうなほどのドキドキを感じた。きっとこれなら行けるだろう。いや、きっと行ける!!かちりという音が来い!今すぐ来い!!
しかし、待てども待てども俺の待ち望んだ音は聞こえてくることはなかった。
「じゃぁ、これで撮影は終わりです」
「え?! もう!?」
「いえいえ、次は4人で撮りますよ!」
「あ、そう、ですね」
意気揚々としたカメラマンさんの言葉に俺は今日二度目の落胆を覚えるのだった。
その後、俺たちは4人で写真撮影をした後、個々での写真を撮影し、最終的にどの写真を現像するかで盛り上がりかなりの時間をその舞妓体験のお店で過ごした。
お店を出ることには昼の12時は過ぎていた。
「それにしても、祈里さんって写真写り悪いですね!」
「言わないで……」
正道の天秤がメモリを引き上げなかったショックからか俺の表情はすべてひきつった笑顔になってしまっていた。せっかく前楽と二人きりで撮った写真でさえも緊張で表情がこわばってしまっていたからどうしようもなかった。
「そうだ、せっかく現像した写真のデータ、スマホにも転送してもらえたんだから今のうちに渡しておくね?」
「おお!サンキューな!」
真心がそういうとみんなはワイワイとスマホを出し始めた。俺もみんなの空気を壊すわけにいかなかったので、スマホを取り出してみんなと写真を交換した。
「あれ?メズルフは?」
「まってください。ポケットにスマホ引っかかっちゃって」
「引っかかる?」
どういうことか分からず、俺はメズルフのポケットを覗くと、どうやらスマホケースにストラップを付けたようで、そのストラップが大きすぎてポケットに引っかかってるようだった。
「うーんっ!あ、取れました!」
そこからにょきっと顔を出したのはいつしか、前楽がメズルフに作ってあげたリムベール様人形だった。
「あ、あれ?お前これ持ち歩いてるのか?」
「はい! いつだって、私はリムベール様と一緒がいいのです」
「そ、そっか。その人形気に入ってくれてるようで良かった」
「宝物です。ずっと大事にしますからね」
そんなほほえましいやり取りの末、俺は待ちに待っていたあの音を耳にするのだった。




