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第十ハ話 修学旅行と足りない一人③

 一日目の清水寺参拝がが終わると俺らはその日近くにある老舗旅館に宿泊して、あっという間に二日目の朝がやってきた。


「ふわ~……」

「あれ?よく眠れなかったの?」

「う、うん。慣れない場所だったから、かな」

「祈里ちゃん大丈夫?」

「だ、大丈夫。平気だよこれくらい」


 大部屋にクラスの女子が7人。


 真心が心配して声かけてくれると、女子という生き物は結束が強いらしい、普段あまり話さないクラスメートの面々が次々に心配してくれて俺は逆に縮こまった。


 それもそのはずで、大して知りもしない女子達に紛れて心だけ男の俺は、ここにいてはいけない背徳感にかられ続けて眠れなかったのだ。こういう時いつも助けてくれるのは祈里なのだが……。


(祈里……?)

(……)


 そう、バスに乗り込む前に話をして以来、祈里は俺の呼びかけに一切返事をしてくれなかった。正直に言うと祈里と一緒に修学旅行を楽しみたい気持ちもあった俺としては、一人足りない気持ちでさみしく感じていた。


 それ以上にお風呂や毎朝の朝食を作ってくれていた祈里がここにきて一切表に出てくれなくなり、大変だった。俺は真心に大浴場に誘われたときに半ば逃げるようにして断った。さすがに入ってはいけないと俺の理性が訴えかけたからだ。


「行けばよかったのに、今ならだれからも咎められませんよ?」


 なんて、後でこそっとアホ天使がからかってきたのもまた癪に障った。


 そんなこんなで寝不足の朝、和食の朝食をみんなと食べた後はお待ちかねの時間、グループに分かれての自由行動だった。みんな準備が終わると、いつもダラダラしている生徒でさえすぐに玄関前に集合し、先生の話をじっと聞いていた。1日目とはうって変わって、時間や行動の制限などの指定はほぼない。以前提出した行動予定表に沿ってみんなは思い思い行きたいところに行くので、先生の話が終わるのを今か今かと待っていた。


「それじゃ、はしゃぎ過ぎないように、しっかりと交通ルールを守って観光を楽しんでください!本日宿泊するホテルには17時までに到着すること!」

「はーい!」

「それでは自由行動、開始!」


 人生最後の一日が始まりを告げた。


 ◇


「ど、ど、どうしよう!?」

「やべぇな、結構時間がおしてる……予約時間まであと何分だ?」

「あと、10分足らずって所です」

「皆落ち着こう?ほら、検索してみるから」


 俺とメズルフ、前楽と真心の4人チームは第一の目的地である舞妓体験のできる店にさっそく向かっていたのだがさっそくトラブルが起こっていた。皆が皆スマホのナビを頼りに行けば道になんて迷うはずがないとをたかをくくっていて、ろくに道を調べていなかったために降りるバス停を間違える大ミスをやらかしたのだ。一つ向こうのバス停で慌てて降りた俺たちはそれこそスマホのナビにどう移動するのが最短なのか、教えを乞うていた。


「次の戻りのバスを待つよりも徒歩の方が早いかも?」


 俺は検索結果を3人に見せる。地図アプリは見知らぬ街を縫うように目的地を知らせてくれていた。


「本当だ! 徒歩で大体15分前後みたいね」

「まだ走れば予約時間にも間に合います!」

「仕方ない。走ろう! 祈里、そのままナビ頼むな」

「うん、わかった」


 俺は文明の利器をフルに活用して、3人を誘導しつつ走ることになった。


 走る事10分、俺たち4人は肩で息をしつつ、なんとか目的の店に到着し、受付に駆け込んだ。


「はぁ……はぁ……すみません! 予約していた辻井です」

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 息を切らせた4人を見ると店員さんは笑顔で迎えてくれた。


「はぁ……はぁ……」


 祈里の体は本当に走るのに向いていない。走っても走っても前に進まないしすぐに息が苦しくなる。何より胸が揺れて邪魔だった。


「あー!間に合いました!一時はどうなることかと思いましたね!」

「ぜーはー……ぜーはー……」

「あ、まこまこ死んでます」

「引きこもりのっ……漫画家に……突然全力疾走……求めちゃダメ……はー……はー……」


 真心を見るに祈里よりも体力が無さそうだ。受付横のベンチを回るなりペタンと座り込んでしまった。


「予約されていました4名様こちらへいらしてください」

「あ、はい」

「まこまこ!行きますよ!」

「ま、待って……もう少しだけ座らせて……」

「ダメだよ、ほら。行くよ?」

「うわぁん……」


 俺とメズルフは真心の腕を片方ずつ引っ張る形で立たせ、奥の方に歩いて行った店員さんを慌てて追いかけた。


 廊下の突き当たりに男女の更衣室が分かれており、そこで前楽とはひとまずお別れだ。


「じゃ!またな!」

「はい。私たちの舞子姿楽しみにしていてくださいね♪」

「おぅ!」


 俺としても最後のチャンスだ。舞子体験で祈里の可愛い姿を目をさらにして焼き付けておいてもらわなければ!それに、俺は俺でとっても楽しみにしている。祈里の舞子姿は絶対に可愛いに決まっているからな!


 期待に胸を膨らませながら奥の部屋へと進みドアを開けると、そこは俺が今まで一度も見たことがない風景が広がっていた。


「こちらから着物を選んでください」

「わぁ! すごい綺麗です!」


 衣裳部屋に通された俺たちは見たことの色とりどりの着物に心を躍らせる。さっきまでヘトヘトだった真心でさえ急に背筋が伸び、目を輝かせてハンガーにかかっている着物を一枚一枚見定め始めた。メズルフはそわそわと着物を見てみたり、帯やかんざしなどの小物を見に行ったりとせわしなかった。


「ねぇ、二人はどれにするの?」


 男の俺としては着物だなんて初めてで、どう選ぼうか悩みあぐねて二人にそう聞いた。


「まだ全然決めてません。どんなのが似合うかもわからないんですよね」


 困った顔で笑うメズルフは俺と似たような心境のようだった。メズルフの気持ちを察してか、真心は鮮やかな緑の着物を一つメズルフの肩に合わせ首を横に振った。


「違うか……あ、メズルフ、コレとかどう? あ、でもこっちのも素敵かも! 帯は同系色を基調として、差し色に……かんざしはコレなんて素敵よ?」


 あれこれ着物を持ってきて着せ替え人形のごとくメズルフに当ててみている。メズルフは真心の勢いに少し戸惑って二歩下がった。


「ちょ、ちょっとまこまこ! ブティックの店員さんみたいになってます!」

「あ、ごめんごめん! メズルフは綺麗な顔立ちしてるから着物探すの楽しくなっちゃって」

「そう言う真心は……? もう決まったの?」

「実はウチも決めかねてるのよね。自分が着るとなると話が違うっていうか」

「じゃぁ……こんなのはどうかな?」


 俺は真心に明るい橙色の着物を見せると真心は驚いたように目を二、三瞬きする。


「ウチがこんな明るい色……ちょっと、恥ずかしいわよ。隠キャには辛いって言うか……」

「そうかなぁ? 似合うと思うんだけど」


 どうやら思っていたタイプの着物ではなかったらしい。服選びってなかなか難しいもんだなと頭をポリポリと掻いた。まぁ、俺も自分が着る着物はまだ選んでいないので人の事にかまってる場合でもないんだがな。


「それじゃぁ、こんなのはどうですか? まこまこは私の着物、祈里さんはまこまこの着物、そして私が祈里さんの着物を選ぶんです!」

「あはは、それ楽しそう!」

「え!?」


 俺は楽しそうに思えて間髪入れずに肯定したが、真心からは驚きの声が上がった。そして、もう一度俺が見せた明るい着物を見て数秒考え、最終的に首は縦に振ってくれた。


「ま、まぁ二人がそれでいいなら……でも祈里? もう少しだけ色のトーンは落ち着いたのにしてね」

「うん、わかった」

「きっといい思い出になりますね!」

「そうだね。こういうのも悪くないね」

「それでは早速選んでいきましょう!」

「おー!」


 俺が元の姿だったら絶対にできないであろう楽しみ方に少し胸をときめかせながら真心に似合いそうな着物探しに夢中になった。綺麗な黒髪に黒縁眼鏡の真心は本人は恥ずかしがっていたけれど明るめの色が似合うと俺は思った。けれども、本人が嫌なものはさすがに選びたくなかったので、明るい赤から暗い赤にグラデーションになっている着物を俺は選んだ。


「どうです?選べましたか?」

「ええ、きっとメズルフに似合うわ?」

「私も選んだよ! これ、きれいでしょ?」

「……!! これ、すっごく良いね! とっても気に入ったわ。ありがとう祈里!」

「喜んでもらえて良かった」


 俺は真心の反応に心底ホッとした。選んだ着物が気に入らないものだったらどうしようかと危惧していたが、どうやら本当に気に入ってもらえたようだ。


「私はメズルフにね、こんな感じ。どうかな?」


 そういって取り出したのは紺色をベースに、白い花が散りばめられた着物だった。そこに白い帯をおき、帯締めに赤を選んだようだった。


「大人っぽいですね! 早く来てみたいです!!」

「あとは、祈里の着物ね。メズルフ、どれにしたのかしら?」

「ふっふっふー!さっき、端っこの方にあったとっておきの着物を見つけちゃったんです!」


 そういってメズルフは自分の背中に隠していた着物をじゃじゃーんとセルフ効果音と共に差し出してきた。差し出された着物のきらびやかさに俺の目がチカチカする。正直にいうとこれを切るのはかなり勇気がいるだろう。

 だが、それよりも気になることがあった。その違和感は俺だけでなく真心も感じたようで俺たちは首を傾げた。


「あ、あれ?」

「これって……」

「どうですか!?ものすごく派手で綺麗でしょう!見本の写真を見るとどうやら肩を出す感じらしいんです」

「あのお客様?」


 意気揚々と語るメズルフに店員さんが申し訳なさそうに声をかけてきた。


「大変申し訳ありませんが、こちらは花魁体験の衣装でして……修学旅行舞妓体験の衣装は一番の奥の棚は対象外となっております」

「……やっぱり」

「そうだよね、ほかの着物とはちょっと違う感じしたもんね」

「そ、そんなぁ! 一生懸命選んだのにー!」


 地上体験中のメズルフには着物の差を理解するのは難しかったようで、その後、真心と一緒に着物を選びなおしてくれた。真心のアドバイスもあってか、祈里に似合いそうな綺麗な着物を選んでくれることになったのだった。


 いやぁ、ド派手な衣装を着なくて済んで良かった、本当に。




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