第十ハ話 修学旅行と足りない一人②
俺たちはバスに荷物を置いたまま清水寺の近くで降ろしてもらい、そこから全員で清水坂を徒歩で移動していた。仁王門が見えてくるといよいよ、みんなのテンションが上がってきたのを感じる。列になって歩く生徒の足取りは軽く、どこの会話も弾んでいるようだった。
俺だってこれぞ修学旅行!という気持ちになっていた。
「うわぁ見てください! 大きな神社! 綺麗です! こんなきれいなお城初めて見ました!!」
これは初めて清水寺を見たエセ外国人、もとい、天使の反応である。手をめいいっぱいばたつかせて落ち着かない様子できょろきょろと辺りを見渡している。すべてが目新しいのだろう。
「いや、全部間違ってる。あれは寺な。清水寺。神社でもお城でもねぇっての」
とまぁ、冷やかしに入るのは俺ではなくて前楽だ。祈里として行動している手前、必要以上の突込みができないのだが、大体自分が言いたいことは自分が言ってくれることが多いので黙って二人のやり取りを聞いていることが多くなっていた。
「あら? でも清水寺には確か敷地内に神社が建ってるはずよ? だから半分は正解かも?」
「え!? マジでか」
「確か、旅のしおりに……。あったあった。じしゅ……地主神社っていうんだって。でも今は社殿修復⼯事中で閉⾨してるらしいよ」
「ふっふーん、ってことは半分正解です!」
「いや、お前が誇らしげにするのはどう考えても違うよな!」
「まこまこは私の味方ですから!」
「そういうこと」
「ぐむむ」
女子特有の結束にたじたじになっている前楽を俺は苦笑しながら眺める。自分の人生があと2日で終わってしまうなんて露にも思っていない。とても楽しそうだった。
そんな会話を楽しみつつ歩いているうちに入り口はもう目の前だった。引率している担任の今田先生は少し広い場所まで来ると学生たちの歩みを止め声を張り上げた。
「しおりにもある通り入場料は学校でまとめて済ませてある。集合時間は16時。それまでは自由行動となる。周りの人に迷惑をかけないよう好きに見学するように。わかったか?」
「はーい!」
「じゃぁ、解散!」
解散の合図で立ち止まっていた学生たちは蜘蛛の子を散らすように各々好きな場所へと移動を始めた。
俺はというと、あと1メモリの好感度を上げるために前楽に近づきたかった。もうチャンスは今日と明日しかないのだ。俺はすぐさま前楽の元へ走っていった
「あ、あの! 楽君……」
「どうした? 祈里?」
「もしよければ、その、一緒に回りたいな、なんて」
「おう、もちろん!」
曇りない笑顔が帰ってきて、なんとなく俺は安心していた。ここで拒絶するような俺ではないだろうが、一緒にこの時を楽しみたいと心のどこかで思っていたのかもしれない。
「じゃ、いきましょうか!」
「有名なバルコニーっぽい所あるよね!」
「あぁ、舞台っていうらしいぜ。景色がすっごく良いんだとよ。行こうぜ!」
俺の背後から聞こえたのはもちろんメズルフと真心だ。俺は前楽と二人きりになってなんとか好感度を上げたいところだったのに、真心は仕方がないにしてもメズルフはそんな事全くお構いなし。最後の最後までマイペースなアホ天使に俺は釈然としない表情を見せてしまった。
「あれ!? 祈里、すっごく嫌そうな顔してるけど大丈夫か!?」
「え!? え、えっと! 大丈夫!」
「はっはーん、祈里さてはー!」
真心がずずいと俺の顔を見てきて思わず視線をそらしてしまった。別に悪いことをしているわけでも何でもないが、二人きりがいいなんて俺の口から言うのはなんだか恥ずかしい。だが、真心に言い当てられてしまうのはなんとなくもっと恥ずかしかった。
「なんでもない……っ!」
「ごめんごめん、察してあげれなくて」
「だから違うってば」
「明日はそういう時間作ってあげるから、ね?」
「なんでもないってば!」
真心のにやけ顔は俺の心臓にとても悪い。この顔はすべてを見透かしている、そんな感じがした。
「???」
「どうしたんです?」
「なんでもないよ! さ、ほら早く行こ!」
俺は場の空気に耐えられなくて3人より一足先を歩き始めるのだった。
◇
俺は一か月前に見たこの清水寺の全く同じ景色を見に舞台へと来ていた。一番有名なこの景色を写真に収めようと前楽も真心もメズルフも必死のようで画面ばかりを気にしていた。一方景色を写真に収めても未来はない俺は、祈里のために一枚だけ写真を撮った後は、代わりに目の前に広がる綺麗な景色を目に焼き付けておこうとジッと遠くを眺める。
時刻は15時半を回っていた。
「あ……」
小さく声を漏らしたメズルフの様子に俺は首を傾げた。さっきまでは真心から借りたスマホに釘付けだったのに、いったいどうしたのか俺と同じように遠くをじっと見つめ始めた。
「メズルフ、どうしたの?」
「祈里さん、すみません。ちょっとだけ席を外しますね?」
「え?」
何がどうしたのか聞き返す間もなくメズルフは修学旅行生たちをかき分けて速足で歩き始めた。
「あれ?メズルフは?」
「トイレ……かな? だとすると反対方向に行っちゃった気がする。私追いかけてくるね。もう時間もそんなにないし二人は集合場所に先行っててくれるかな?」
「分かったー!」
「りょーかい」
適当な言い訳を付けて俺は前楽と真心をおいてメズルフを追いかけることにした。
なぜなら、あの時遠くを眺めていた天使の表情は……
「泣きそうだったよな……」
俺の見間違いでなければ、どこか悲しそうな表情だったのだ。
ただでさえ混んでいる清水寺で、先に行った天使を追いかけるのは無謀だったのかもしれない。
けれども歩んでいった方向を考えると、向かった先が分かった気がして俺は足を速めた。
旅のしおりを広げながらその場所へ急いで向かった。
「……いた!」
俺の目の前には「工事中」のマーク。
もちろん立ち入り禁止区域に違いない。
「……楽……?」
ちらっとだけこっちを見たメズルフはつらそうな表情を浮かべたまま工事中のため立ち入り禁止となって高い壁でおおわれているその場所をじっと見つめ続けていた。
「ここって、さっき話題に上がってた神社だよな?」
「地主神社というそうです」
「突然どうしたんだ?」
清水寺の舞台で見せていた笑顔はどこかに引っ込んでしまったのだろう。悲しげで愁いを帯びた表情はただ事ではない何かを感じさせた。
「ソノラ様」
「ん?」
「ソノラ様の気配がしたんです!!」
「……いや、誰だよそれ!」
俺はここに来て初めて出てくるその名前に突っ込まずにはいられなかった。
「昨日、丁度リムベール様が消える直前、敵対していた神様と面会していた話はしましたよね?」
「ああ。って、まさか」
「そう、そのまさかです。リムベール様と最期に面会していたはずの神様こそがソノラ様という恋愛成就の神様なんです」
「なるほど、な」
メズルフの表情の変化にとても納得がいった。メズルフが一番必死になるのは大好きなリムベール様の事だから。
「それで、ソノラ様? はいたのか?」
「いえ、どうやら今はいないようです。工事中だからでしょうか?」
「工事中だからとかあんの?」
「だって、自分の住んでる場所に他人が土足で踏み入ってきて工事始めるんですよ?」
「確かに嫌だな」
人間からは見えていない神様だが、神様からは人間はしっかりと見えるんだろうな。そう考えると工事中にいなくなるのも分かる気がする。
「まぁ、いいないものは仕方がありません。というか、ここにいること自体驚きだったので」
「どういうことだ?家なんだろ?」
「ここは本来ソノラ様の家ではないはずですよ」
「ふーん?」
「睦日神社。ソノラ様が祭られている神社は明後日に私たちが行く睦日神社ですってば」
「……うん?」
「もしかしたら、おまじないの時に会えるかもしれませんね」
「……そんな偶然あるのか?」
「はい?」
「リムベール様に最後に会った敵対勢力、なんだろ?その神様がいる場所で俺は死んだのか?」
「ええ。まぁ、確かに偶然にしてはできすぎている気もしますが……でもだからと言って神様が人間に手を出すことはできませんし、本当にただの偶然でしょうね」
「そ、そう、なのか?」
俺はこれ以上にない違和感を心の中に抱えたが、メズルフの感覚からするとただの偶然ということになるらしい。
「まぁ、とにもかくにも楽さんの心をキャッチしてもらわないと世界は滅亡するので。明日は死ぬ気で……いえ、世界を人質に取られたつもりで楽さんに媚びてくださいね」
「これ以上にない最低な言い方しやがったな」
「ふふっ! ほら、集合時間が迫ってます!走りましょ?」
「げっ!! これ怒られるんじゃね?」
時刻はあと2分で16時となっていた。俺とメズルフは全速力で走ったにもかかわらず集合時間に3分ほど遅れ、今田先生にこっぴどく怒られたのであった。




