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第十七話 出発前夜と最期の団欒①

 自由行動が決まったあの日からあっという間に数日過ぎていった。

 やれる事はとても少なく、焦燥感だけが募っていく。

 カレンダーの日付を確認するまでもない。


 修学旅行の出発日は明日に迫っていた。


「そのしけた面やめてもらえます?」


 夕食の机を共に囲むメズルフはため息と共に辛辣な言葉をかけてきた。こいつに気遣いというものは鼻から期待しているわけではないが、もう少し優しい言葉をかけてくれやしないだろうかと反発心が芽生えてしまう。


「あと3日で命が尽きるんだ。ハッピーでいられるかっての」

「命尽きるどころか、全人類を巻き込んで崩壊する。の間違いではないですか?」

「辛辣!!」


 敬語を使っていればなんでも良いというわけではないんだぞ。せめて少しくらい慰めてくれても良いと思うんだ。いくらなんでも。


「で、どうするつもりです?」

「どうってなにが?」

「本当に世界を崩壊させるつもりなんですか?」

「おまっ!! さっきからヤケに冷たくないか?」

「冷たくもなります。楽、あれから何をする訳でもなくただた成り行き任せに日々を過ごしてるじゃありませんか!」

「ぐむむ……俺だってそれなりにアプローチは試みたんだっての」


 気持ちだけは。と言うのが正しいかもしれない。あれから何度か遊びに誘おうとしたり、修学旅行の買い物とかを共に行かないか、と考えたが尽く時間が合わず行けなかったのだ。



「はぁ……あれ、見せてみてください」

「ん? あぁ、正道の天秤な? ほら」


 俺が両手を合わせると、まるでそこにあったかのようにスッと正道の天秤が出現した。そのメモリにぐいと近づいてメズルフは目を細めた。メモリはまだ赤いゾーンのままだったが、何となく前回見た時よりかは黄色に近づいているような気がして首を傾げた。


「思ったよりかは、進んでいますね」

「進んでる?」

「針ですよ、針。先日はカチッと音が鳴っていましたので、それ相応に成果があったのでしょう」

「先日は鳴っていた? ならない時もあるのか?」

「そりゃあるでしょう。メモリ一個分の上昇に相当しない上昇だって存在しますよ。ちょっとずつの積み重ねがここまで針を上げたということです。まぁ、あと一歩高感度が上がればギリギリ世界崩壊は免れる可能性は残っているって感じですね」

「じゃぁ、今までやってきたことって無駄じゃなかったってこと?」

「無駄? とんでもない。何もしなかったら針が振り切れたままです。あと、1メモリ弱といったところ。これなら修学旅行終わるまでになんとか行けるかもしれませんよ?」


 もう一ヶ月の付き合いだ。メズルフが落ち込んでいる俺に嘘で安堵させようなんて気を持ち合わせているはずがない事ぐらいわかる。


「だといいな」


 思わず笑みがこぼれてしまった。


「無理なら世界崩壊なんで、『だといいな』じゃ困るんですよね。死に物狂いで楽さんのハートをキャッチしていただかないと」

「いや、今更どうすれって」

「着物姿、祈里さんならきっと似合いますよ。いつもと違う服装で照れながら楽に感想を促してください。きっとイチコロだと思います」


 メズルフは良い笑顔を向けてくる。あれだけ頑なに舞子体験を推していたのにはそんな意図があったとは、想像していなかった。


「え? お前、まさかそのために舞子体験を推してたのか?」

「どうでしょうね? 私自身着物着てみたかったですし。私だってそこそこ似合うと思うんですよ?」

「じゃぁ、楽がお前に心打たれちまったらどうすんだよ」


 照れなのか、もじもじとメズルフがそう言うもんだから、俺はちょっと揶揄いたくなった。


「それは、きっとありませんよ」

「どうしてそう言い切れるんだ?」

「私金髪だし顔立ちは日本人とは程遠いので。似合わないと思いますよ」

「さっきまでそこそこ似合うって言ってたよな?」

「そう思いたいって話です」

「ふぅん? まぁ、そう……」


 そうだよな、俺は一瞬そう言いかけた。祈里に和が似合うのは間違いない。けれど、目の前にいる天使だって、黙っていればとても美麗な顔立ちなのだ。それに、なんだかメズルフが寂しそうな顔をするもんだから否定したくなくなってしまった。


「でもないと思う。マジで。メズルフにだって似合うと思う」

「え? ま、またまた。そんなこと言っても何も出ませんよ?」


 若干慌てた様子のメズルフに俺は何となく安堵した。こいつだって一人の女の子なんだよな、と少しだけ実感する。


「ま、着てみてのお楽しみだろ、そこは! 実際に着てみたらわかるって!」

「あはは、楽がそう言ってくれて、ちょっと楽しみになってきました」

「ちょっと?」

「いえ、とっても!」

「じゃぁ、楽しもうぜ! せっかくの修学旅行だ」

「そうですね! その後の事はその時になったら考えましょう」


 回りくどい言い回しに違和感を感じた俺は数回瞬きをした。


「そのあとの事って、メズルフは天界に帰るん、だよな?」

「分かりません。リムベール様が行方不明な今、私には主人がいないですから」

「あれから何度か天界に行ってるけど、何か手掛かりが見つかったりは?」


 そう聞くとメズルフは静かに首を横に振った。


「そっか」

「ええ。でも、リムベール様と敵対関係にあった神様がリムベール様が消える前日に会いに来ていたという目撃情報ががあって。天界に帰ったらその神様の身辺を探ってみようかと思っているんです」

「敵対関係? 随分物騒な響きだな」

「転生の神様というは、神様の中でも位の高い地位なのです。神の中の神として認められた者だけが得られる仕事なので、その座を狙っている神様も多くいらっしゃいます」

「神様ってのも大変なんだな」

「はい」


 沈んでいくメズルフの声。修学旅行に不安を感じているのは俺だけじゃないようだ。


「俺が言えた義理じゃないけどさ、リムベール様見つかるといいな」

「……ええ」

「ほら、そんなしけた面すんなよ」

「楽さんのしけた面が移ったんですー」

「お前なぁ。人が心配してやってるってのに」

「ふふっ。冗談ですよ」

「ま、そんな軽口が叩けるうちは大丈夫だな」

「私は最初っから大丈夫ですしー?」

「ったく、相変わらずかわいくねぇなぁ」

「あはは!嘘ですよ。ありがとうございます」

「……おぅ」


 思いの外、晴れやかな笑顔が帰ってきて俺は慌ててそっぽを向いた。この天使、本当に見た目だけは可愛いのだ。

俺はそっぽを向くついでにそのまま一歩足を踏み出した。時刻は夜十時を周っている。


「じゃ、じゃぁ、俺、そろそろ寝るな?」

「ええ。おやすみなさい。また明日!」

「メズルフも修学旅行長旅になるから今日は天界に行かないで寝ろよ」

「わかってますって」

「じゃ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 夜の挨拶を交わした俺はリビングを離れ、寝床にしている二階の祈里の部屋へと続く階段を上っていくのだった。

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