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第十六話 旅行計画と事前調査⑤

「それじゃ、またね!」

「いやぁ、なんだかんだでゲーム楽しかったな!」

「そうですね! 行き先も舞子体験に決まってよかったです」

「あーあ、オタロード行きたかったのにな」

「ほらほら、決まったんだから文句言わないの」

「はぁい」


帰り支度をする前楽や真心とのたわいもない会話は、夕陽に照らされて赤みを帯びた頬をさらに和ませる。みんなでゲームを楽しむような、なんてことのない1日が最近ではとても大事な宝物のように感じていた。


こんな日がずっと続けば良いんだけどな。


なんて考えていると、ひょっこりと黒縁メガネさんがこっちを向いて首を傾げた。


「あれ? 祈里なんか表情暗くない?」

「え!? い、いやそんな事ないよ!?」

「そう? ならいいんだけど」


真心は本当に鋭い。俺はぎくっとしながらも顔面に笑顔を作って見せると納得したのか真心は肩をすくめながらのぞかせた顔を引っ込めてくれた。


修学旅行が楽しみな反面、世界の崩壊も一歩また一歩と近づいている。

そして、世界の崩壊と共に死ぬか、世界を崩壊させずに死ぬか。どっちみち俺に未来などない事はさらに俺の気を重くしていた。


「そうだ! そうだよ、忘れるところだった!」


突然手をポンと叩きながら真心は良い笑顔をこっちに見せた。


「なんだ?」

「うちらさ、スマホで連絡取れるようにしようよ」

「確かに、その方が便利ですよね!」

「え、れ、連絡?」


明らかに照れて目を泳がせている前楽に俺はため息を漏らしそうになる。カッコ悪いから連絡交換なんかでオドオドしないでくれよ俺!と言いたくなるがここは我慢。

前回の人生では祈里と付き合っていたから連絡は互いにできるようにしてあったが、ここでは初めてのことだ。俺も最初ドキドキしたからとても気持ちはわかるが、ひよられて連絡先を交換しないのも困る。


「楽、私と連絡交換するの嫌?」


俺はめいいっぱいの上目遣いで前楽にスマホを突き出して先手を打った。すると、慌てた前楽が首をブンブンと横に振ってまんまと俺の作戦に乗ってくれた。


「い、嫌じゃねぇし! む、むしろ嬉しいよ」

「よかった、じゃぁ、決まりだね!」


俺は更にカチッという天秤の音が聞けることを期待していたのだが、残念ながらその音は聞こえてはこなかった。ちょっとだけ残念な気持ちになっていると、そんな俺よりももっと残念そうな顔をしているメズルフがおずおずと手を挙げた。


「あ、あの」

「?」

「私、その。スマホ持っていなくて」

「え!? そうなの!?」

「あー、そう、だったね」


ここに来て、すっかり忘れていたが、メズルフはスマホを持っていないのだ。

もちろん天使なのだから当然と言えば当然なのだが、今時留学生がスマホを持っていないことを不審に思われるのではないかと背中に嫌な汗が出たのを感じずにはいられなかった。けれどもそんな俺の心配を他所に、真心はがさごそと自分の鞄を漁り始めた。


「しょうがないなぁ」

「しょうが、ない?」

「はい、コレ。貸してあげるよ!」

「いいんですか!?」


そういって真心は手にしていたのとは別のスマホを取り出したのだった。


「え!? 真心ってまさかの2台持ちなの!?」

「あ、あはは。 実はね。こっちのは借りてるっていったほうが正しいんだけど、1週間くらいなら貸してあげるよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!!」


借りているとは一体どういうことなんだろう、とは思ってみたもののこれ以上詮索するのもなんだか気が引ける。アホ天使はそんなこと気に求めずに喜んでいるみたいだし、ここは素直に借りておこう。


「真心、ありがとう」

「いえいえ〜♪ 後でちゃんと返してね」

「はい! もちろんです!」

「これで、4人連絡が取れるな!」

「うんうん。ささっ、日が暮れそうだし早く登録しよう?」


そういって真心が連絡用のアプリを開いた。それに倣って俺も前楽も同じアプリを開く。


「コレ、どう使ったら良いですか?」

「うん? パスコードの設定してないはずだけど」

「ちょっと見せてみて?」


メズルフが困っていたので俺は使い方を教えるべく、スマホの画面を覗き込んだ。真心の第二のスマホには有名なSNSの画面が開きっぱなしになっていた。どうやら、真心が好きな「LOVE☆エンジェル」の公式アカウントのようだった。


「あ、それじゃなくて連絡は違うアプリでするんだ、ってコレ?? ちょっと待って? はぁ!?」


俺は真心のスマホの画面を見て、十秒ほど意味がわからず固まった。人は混乱すると語彙力が著しく乏しくなるらしい。


「え? まって、真心、これ? は?」

「え、祈里?? どうしたの?」

「だ、だって。このログインしているアカウント、LOVE☆エンジェルの公式アカウントだよね!? どうして真心が公式アカウントなの!?」

「何寝ぼけたこと言ってるのさ。一緒に漫画書いてるじゃない」

「え、、、うそ?」

「???」


俺と真心の会話を不思議そうな顔でメズルフと前楽が覗き込んだ。


「なんの話だ?」

「楽、これ見て?」

「らぶえんじぇる? って、この間メズルフがハマりすぎて学校来なくなったゲームじゃねぇか」

「そこじゃないよ。アカウント!!」

「アカウント、、、はぁ!?!?」

「だから、何寝ぼけたこと言ってるの?」

「すごっ、え? フォロワー数、、、10万人!?」

「そりゃそうよ。 LOVE☆エンジェルの原作者、ウチだもん」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

「ゲームは提携している会社さんが作ったものだけどね」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」

「そのスマホは仕事の連絡用に借りてるのよ」


偉人は思わぬ程身近にいるものである。

真心はフォロワー10万人越えの漫画家という事実に俺は軽く眩暈を覚え絶句していると、ほっぺをぷぅと膨らませた真心がメズルフの持っているスマホのSNSをさっと閉じて連絡用アプリを開いた。


「ほらほら、そんなことより連絡交換!」

「お、おう、サンキュな」

「これでいつでもお互いに連絡できるね」

「はい! とっても嬉しいです! 修学旅行ますます楽しみですね!」

「そう、だね! めいいっぱい楽しもうね!」

「うんうん、やっぱり祈里には笑顔でいてもらわなきゃ」

「え?」

「ここのところ浮かない顔の時が多いからさ」

「そうだった?? 気を使わせてごめん、でも本当に大丈夫だし何でもないから!」

「何か悩みがあんなら俺らが相談に乗るから言えよ?」


優しい言葉。真心と前楽の、優しい言葉。

屈託のない笑顔を見せる二人に、一瞬泣きそうな気持ちを覚えて下を向いてしまった。


「あ、あのさ」

「ん?」

「私……修学旅行とっても楽しみなんだ! 今からどきどきしちゃってる。最高の思い出、作りたいな!」


俺は出来る限りの笑顔で顔を上げた。正面には真心と楽、そしてメズルフが温かい笑顔が返ってきている。


カチッと言う音が何処からか鳴り響いたが、気にする人は誰もいなかった。


「ああ! もちろんだ!」

「ウチ、舞子体験も楽しみになってきたわ」

「絶対良い思い出作りましょうね!」


「……うん!!」


力強く俺は笑う。

力を込めないと笑えない程の不安を抱えて。


修学旅行まであと数日しか残っていないのだった。

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