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第十五話 中間テストと家庭訪問④

 その日の夜、下校した後も俺は、できもしない勉強にまだひたすらに向き合っていた。

 真心のいう誠心誠意がどう言う意味なのかは正直ちゃんとは理解していないけど、それでも祈里の立場や気持ちを考えずになんでも頼ってしまっていた自分を変えたかった。だから、まずは前楽と交わしてしまった約束を祈里に頼らずに頑張ってみようと思ったのだ。


「とは言ったものの……」


 補習対象は5教科。全部の科目で赤点を免れなければならない。

 何も勉強をしてこなかった俺が、何も勉強をしてない俺に教えられることなんて何もない。けれども、俺には他の人にはないアドバンテージがある。


「たしか、ここがテストに出てたな……答えは正直覚えてないけど、使う公式は確かこれだ」


 全科目覚えている限りのテスト範囲をメモしていく。暗記科目はうっすらとだけ記憶が残ってるから軽い復習でなんとかなるだろう。ただ……その場で計算して回答を出していくタイプの問題は今から練習するしかなかった。


「勉強会まであと3日……どうにかするしかないな」


 今日の授業は基本的な公式が頭に入っていなかったのでほぼほぼわからなかった。だが俺は知っている。今日の授業は絶対にテストに出ていた場所だ。


「あれぇ? こんな時間まで勉強だなんてどうしたんですか?」

「わぁ!!」


 ひょっこりと机の角から金髪が生えてきて俺は素っ頓狂な声をあげてしまう。


「び、びっくりさせるなよ!」

「楽が勝手にびっくりしただけです。で、どうしたんです? テスト勉強ってそんなに大事なんですか?」

「大事に決まってるだろ……これ、赤点取ったらおまじないに行けなくなるんだぞ?」

「……え?」

「しかも俺だけじゃない。あっちの俺にも勉強を教えてやらないと、世界崩壊コースまっしぐらってわけだ」

「ええええ?!」


 天使様は初めてこの事実に気がついたらしい。そういえば、設定上メズルフは留学生のはずだ。留学生の場合試験ってどう言う扱いになるんだろうとふと頭によぎった。そもそも、こいつの留学生設定はどうしてまかり通っているんだ?


「なぁ、メズルフは本当に試験大丈夫なのか?」

「なにがです?」

「いや、だから。赤点取ったらまずいんだって」


 その言葉を聞いてメズルフはクツクツと笑い始めた。


「ふふっ、ふふふっ!!」

「何笑ってんだよ」

「い、いや。楽って本当にバカだなぁって」

「はぁ!?」

「天使たる私が人間の試験の一つや二つ、全問正解できないはずがないでしょ?」

「………その自信はどこから来るんだ?」

「あっ!? 信じてない!?」

「当たり前だろ? お前勉強なんて何一つできなさそうな顔してるじゃねぇか」

「酷っ!! 私のこの完璧な美少女フェイスに何を言うんですか!」

「そう言うところが何も考えてなさそうなんだよ!」

「ぐむむむっ!! いちいちカンに障りますね! もういいですよー。私はちょっと出てくるので存分に勉強しててくださいー!」


 口ぶりを尖らせたメズルフはそんなことを言ってきた。俺が時計を見ると時刻は午後の9時を過ぎている。


「こんな時間にどこにいくんだ?」

「ちょっと天界に」


リムベール様が失踪した翌日からメズルフは消えてしまったリムベール様に何が起こったのか探るためにちょこちょこ天界へ帰っていた。回答を聞いた俺の表情はきっと曇っていた事だろう。


「無理すんなよ?」

「……誰に向かって言ってるんです。私はあの転生の神様リムベール様の天使なんですよ?」


 寂しそうにメズルフが笑うと天界装備の純白のドレスと真っ白な羽、そして天使の輪っか現れる。


「絶対にリムベール様に何があったか、突き止めるまで私は諦めません」

「ああ。気をつけて行ってこいよ?」

「はい。朝までには帰ってきますので」

「行ってらっしゃい」

「いってきます」


 窓を静かに開けると、メズルフは空へと飛び立った。


 あの日、リムベール様が消えてしまったあの日から、突然いなくなってしまった最愛の人に何が起こったのかを知りたいと言って、いろいろな人に聞き込みをしているらしい。けれども、今のところ有力な手がかりは掴めていないそうで朝にしょぼくれて帰ってくることも多々あった。


 空へと消えていく純白の天使を見送った後、窓をそっと閉めた。

 振り向くと時かけの問題。何度も何度も挑戦しても未だ一度も正解に辿りついていないそれを俺は睨みつけた。


「俺も、俺のできることを頑張るか!」


 後たった3日でどこまで頑張れるかはわからないけど、できるだけ頑張ろう。

 静かな初夏の夜、優しい風を感じながら教科書に向き合う。シャーペンのカリカリという音は夜遅くまで途絶えなかった。


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