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第十五話 中間テストと家庭訪問③

 朝の教室にはまだ誰も来ていなかった。

 先に行ったはずのメズルフも今は当番の仕事でもしているのか姿は見えず、俺はとりあえず自席に座った。


「はぁぁ……やっちゃったなぁ……」


 思わず独り言が出てしまう。

 祈里のことを悲しませてしまったという事実に俺は自己嫌悪に陥っていた。重たい脚を引きずってとりあえず学校に来たものの、気持ちは海の底に沈んだようなものだった。


 思えば祈里は、感情的に怒ったりしない。だから正直、俺の何気ない一言で、祈里の悲しい気持ちが伝わってくるほど彼女を傷つけてしまうだなんて思ってもみなかった。


 祈里はどうやら俺の思っていることを知ることができるようだが、俺から祈里の思っていることが伝わってくることはほぼない。伝わってきたのはほんの数回で、祈里でも止められないほど強い感情だけだった。そして、今日感じた悲しみはとてもはっきりと感じ取れたのだ。


 つまり、それだけ彼女を深く傷つけたのだ。


「はぁぁぁ」

「祈里? どうしたの?」

「わっ!」


 気がつくと真っ正面に真心の顔があり、俺は驚いた。こんなに近くに顔が寄るまで真心の存在に気がついていなかったなんて、よほどボーっとしていたのだろう。


「さっきから、ため息ばっかり。おはようも返してくれないなんて」

「え!? ごめん、気がつかなかったの。おはよ、真心」

「うん、おはよう」

「…………」

「話してみれば? まだ誰も来てないし」

「え?」

「あるんでしょ? 悩み」


 肩を竦めて真心は笑った。八重歯が見えるその笑顔に俺の張り詰めていた心は少し緩んだ。俺の中にいる祈里と喧嘩した、だなんて他の誰にも相談できる内容ではない。けれど、真心には相談したくなっている自分がいる。


「……うん」


 俺は数秒迷ったが、話せる範囲で真心に話を聞いてもらうことにした。


「実は、心ない一言を言って、傷つけちゃった人がいて」

「傷つけた? メズルフを?」

「いや」

「じゃぁ、楽?」

「違う」

「あら、この二人じゃないなんて珍しいのね」

「……」


 真心はきょとんとした顔で俺をみた。俺も祈里を傷つけたとは言えずに黙ってしまう。言いにくい雰囲気を察してくれたのか、真心はそれ以上の詮索はしてこなかった。


「まぁ、誰でもいいんだけどさ? 傷つけたって落ち込むくらいなら間違いを認めて謝るのが筋じゃない? 誠心誠意さ」

「そう、だよね……」

「謝るときは、どうして相手が傷ついたのか、相手がどうして欲しかったのかをしっかり考えるのが大事だよ。口先だけで謝られても相手は余計傷つくだけでしょ? だから、ちゃんと反省して誠意を持って謝れば、許してくれるんじゃない?」


 至極真っ当な意見だと思った。でも、単純で真っ直ぐな答え。

 俺はもっと詳しく話が聞きたくなった。


「ねぇ、真心? 誠意………‥ってどう見せればいいのかな?」

「あら? 今日はずいぶん弱ってるのね。祈里はそういうの得意だと思ってた」

「え?」

「祈里、いつだって相手のことを考えて寄り添ってるじゃない。いつも通りのあなたでいいの。自信持って!」

「真心…………」

「失敗なんて誰にだってあるよ。うまく解決できるといいね!」


 もう一度、ちらりと八重歯の見える笑顔。

 俺は祈里にだけ見せる屈託のない笑顔に勇気づけられた。


「うん! 頑張ってみる。ありがとう!」

「うんうん。ちょっとは元気出たみたいかな? よかったよかった」


 真心はそういうと満足そうに笑ってくれた。俺もいつしか笑っていた。

 誠心誠意……次、祈里に会えるまでに俺は自分に出来る事をとにかくやってみようと心に誓うのだった。


 ◇


 その日、俺は久しぶりに授業を真面目に聞いた。

 真心から言われた誠心誠意について、考えてみた結果だった。


 もし、この間俺と祈里が入れ替わったときにいたときのような場所に祈里はいつもいるのかもしれない。そこでは自分の意思で体一つ動かすことはできなかった。こうしたい、ああしたい。そういう事がまるでできない辛さを俺は知らない。きっと、大変なんだろうなくらいにしか思っていなかった。


 大変な中、俺たちにご飯を作ってくれたり協力してくれているんだ。

 いつしか当たり前になっていて、感謝の気持ちを忘れてしまっていたのかもしれない。

 それなのに、勉強を教えて欲しい。ましてや前回の祈里と比較するなんて……俺は本当にダメなやつだ。


「せめて、勉強くらい自分でしなきゃ」


 思わず独り言がぽろりとでた。


「どうしたんです? 熱でも出ました?」


 授業中だからなのか小声でメズルフが茶化してきた。


「今、真剣に勉強中。ほっといて」

「今度テストがあるからですか?」

「まぁ、それもある」

「それも? それ以外に何があるんです?」

「ほっといて」

「むぅ、なんかピリピリしててやな感じです」

「もう、こっちは真剣なの」

「……ま、程々に頑張ってください」

「……」


 応援しているのかしていないのか、つまらなさそうにメズルフはそういうと机に伏せてしまった。

 こいつ、昼寝をする気だ。俺も、眠たいのに……。もういっそ諦めて寝ちゃおうか?


「……いや、誠意。誠意が大事だ。まずはこの授業くらいしっかりと頑張ろう」


 俺は眠い目を擦りながら、勉強に向き合うのだった。


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