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第十五話 中間テストと家庭訪問②

 テストの通告をされた次の朝。俺はメズルフの声で目を覚ました。


「おはよう御座います、楽」

「んぁ。メズルフ……おはよう」


 目が覚めるといつも通り、キッチンの机に突っ伏して状態で目が覚めると、目の前には祈里お手製の朝ごはんがきれいに並んでいる。


「わぁ、今日も祈里さんが朝ごはん作ってくれたんですね!いつも感謝です♪」


 朝から並ぶ和食系朝ごはんに胃袋がぐぅとなった。そのまま、メモ帳と鉛筆を手に取る。

 きっと、さっきまで朝ごはんを作ってくれていた張本人はまだ寝ていないはずだ。


『メズルフちゃんが喜んでくれて嬉しいな』


 案の定、俺の左手が勝手に動き始め、達筆な文字が出来上がる。もちろん手を動かしているのは祈里だ。祈里が手を動かせるようになってから、朝はこうして3人で過ごす事が多くなった。祈里とメズルフの会話はメモに文字を書かないと成り立たないので、いつしか俺は左手を茶碗を添えないで朝ごはんを食べる術を習得していた。


「祈里さんは絶対に良いお嫁さんになりますよ! 楽なんかには勿体無いです」

「おい、人の事サラッとディスるのやめろや」

『そうだよ、メズルフちゃん。楽には楽の良い所たくさんあるでしょ?』


 え、何それ聞きたい。と心の中で呟くと脳内に祈里のふふっと言う笑い声が響いてきた。


「無いですよー。ナイナイ」

「お前なぁ」


 ケラケラと笑うメズルフは目の前のご飯をペロリと完食した。


「すみません、私今日日直なので早めに行きます!」

「あぁ、そうだったな。行ってらっしゃい。」

『気をつけてね!』

「ありがとうです♫ いってきます!」


 メズルフは時計を気にしながらバタバタと走って行ってしまった。

 二人きりになった俺は、祈里に頼みたい事があったことを思い出した。


「あ、あのさ祈里?」

『なに、楽?』

「お願いがあるんだ」

『お願い?』

「その……テスト勉強を教えて欲しくて……向こうの楽に勉強を教えてあげる約束しちゃったんだ。俺のテストも受けて欲しい」

『えぇっ!?』

「え?」


 驚いたような困惑したような声が返ってきて、むしろ俺は少し驚いた。祈里はなんでも俺のことをお見通しだと思っていた節があったから、テスト勉強も当然教えてくれると思っていた。


『楽……前も一回言ったことがあるんだけど、力を使うのは本当に疲れるし大変なんだよ? 長時間、テスト勉強にこの力を使う事はできないよ」

「それは聞いてたけど、このテストに俺もあっちの楽も合格しないと補修になっちゃっておまじないにいけないんだよ。そしたら世界が崩壊しちまうんだ」

『そうだとしたら尚のこと、自分でちゃんと勉強しなきゃいけないんじゃないかな? 勉強を教えるには自分がきちんと理解してないと教えられないよ?』

「……!!」


 子供を諭すような声だった。断られると思っていなかった上に、駄々を捏ねる子供を宥めるような扱いを受け、俺は若干のつまらない気持ちが湧き出ていた。だから、本当つい、こんな言葉が飛び出た。


「前の祈里は教えてくれたのに」

『!?』


 その瞬間、俺の中の祈里から悲しいという感情がじわっと溢れてきた。初めて自分が言った言葉が相手を傷つけたことを察したが時すでに遅かった。


『…‥』

「あ、ご、ごめん!!」


 即座に謝ったが手遅れだったようで、悲しいという感情がどんどんと濃くなっていくのを感じ俺は自分の言葉を後悔した。それでも、祈里は大きな声を荒げたりはせず、静かにこぼすようにこう言った。


『……前の私なんか知らないよ』

「…………」

『楽は何もわかってないよ。ある日突然、勝手に動く体に閉じ込められて、誰とも話もできない、動けないのがどれだけ寂しくて不安だったかなんて。色々、私だって……私だって頑張ってるのに……」

「祈里……」

「普通に過ごして、普通に授業を聞いてたら確かに勉強を教えることだってできたかもしれないよ?でもね、授業だって全部は聞けてないし、勉強だってできてない。……手伝ってあげたくてもできないよ』


 言われてみればそうだった。祈里はずっと俺の体の中にいて、朝に力を使って昼は寝ていることが多い。授業をまともに受けて毎日勉強をしていた前回とは状況が違いすぎる。


『……楽は私に頼りすぎ。テスト勉強の件は手伝わないから。じゃぁね」

「あ、ちょっと待って!」

『…………』



 ぷつりと通信が途切れるように祈里の声は聞こえなくなってしまった。

 祈里を傷つけてしまった後悔と、テストという課題が俺に重たくのしかかる朝だった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 「崖の下に導くのは自分だけで良い」と笑うメズルフちゃんと、それを放っておけなくて「一緒について行く」と笑う楽さん、二人の姿が切なくて胸に刺さりました。
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