第十四話 必死な攻略とおまじない⑥
前楽が同じグループで参加してくれることが決まり、俺はそろそろカフェを出る準備をし始めていた。
「そろそろ、解散にしようか」
「そうだな。結構混んでるし長居するのは悪いしな」
お客さんが続々と入ってきていて、立って待っている人が増えてきた。これ以上ここにいるのは気が憚られる。
前楽が伝票を手に取ったその時、メズルフが思い切ったような声を上げた。
「あ、あの!!」
「んぁ?」
「どうしたの、メズルフ?」
若干思い詰めたような顔をしているメズルフに俺も前楽も目をパチクリとさせた。
「も、もし楽さんがよければ、なんですが」
「俺?」
嫌な予感がした。こいつ、また楽とお付き合いしたいとか言って追加のデートを申し込もうとしているのだろうか。だとすると当初の目的を忘れてしまったということだろう。そうはさせない。俺も一緒について行って、祈里の魅力に気づいてもらなわければならない。
「修学旅行の日、一緒におまじないやりませんか?」
「わ、私も一緒に!!……って……え?」
思いもよらないメズルフの提案に俺は焦って口走った言葉を後悔する。修学旅行の日のおまじない、それはすなわち俺が死んだあのおまじないのこと意外にありえない。
メズルフがそれを提案するということは、目の前にいる俺を………殺しにいくようなものだった。
心の奥底に重たい何かを感じずにはいられず、俺は何を言えば良いのか分からずに口だけパクパクとさせてメズルフを見た。
「おまじない? なんだそりゃ」
動揺を隠せない俺を尻目に、メズルフは普段通り楽しそうにおまじないの説明をし始める。
「実はですね、今ちょっと話題になってるおまじないがありまして! 修学旅行三日目の朝にホテルを抜け出しませんか?」
いやいや、この誘い方はどうなんだ!?度直帰過ぎるだろ!
案の定前楽の反応は冷ややかだった。
「はぁ? なんだよそれ。先生にバレたら怒られる奴じゃねえ?」
「もっちろん! だからこそスリルがあって楽しいと思いますし、一生に一度の修学旅行が忘れられない思い出になる事間違い無しですよ!」
「え!?」
メズルフ、今のは天使のセリフじゃねぇよ!?どっちかと言うと誘惑に誘う悪魔側のやりかたじゃね?そんなんじゃ前楽の気持ちだって傾くものも傾かないんじゃ……。
「なるほど! そう言う考え方もありだな!」
「ええっ!?」
なるほど! じゃねぇよ!? 簡単に悪の囁きに乗ってんじゃないよ、俺!!
ついつい、二人のやり取りに驚きの声を二連発で上げてしまった。
「祈里さん? どうしましたか、そんな素っ頓狂な声あげて」
「ごめん、色々思うところがあって、つい」
ツッコミどころ満載な二人の会話に声を上げずにはいられなかっただけだがな。苦笑いしながら横を向くと思っても見ないような表情のメズルフがいた。
「無理に来なくても良いですよ?」
メズルフは口元さえ笑ってはいるが、目は驚くほど笑ってなかった。前楽からはその差は分からないだろうが、明らかに俺に対しての感情が揺れる瞳には溢れていた。
初めはどうしてメズルフが突然おまじないの話をしたのか、全く分からなかった。この楽しい雰囲気の中、楽しいことをするかのように、メズルフは目の前の男を崖の下に導くつもりなのだ。
『来なくて良い』
揺れる青い瞳は前楽と俺だけがいる今を狙ってこの話題を出したかったのだろう。学校では誰が話を聞いているか分からない。他の人がおまじないをしに来る可能性も出てきてしまう。だから敢えて今を狙って、メズルフは天使の役目を果たそうとしているのかもしれない。
『私が、前楽を連れて行きます。辛い役目は私一人で充分です』
そんな声が聞こえた気がした。
メズルフと目が合って物の数秒だったと思う。
俺に微笑みかけるメズルフと、困惑している俺の様子に前楽が話しかけてきた。
「祈里? 祈里はこう言う校則破るような遊びはやっぱりしたくないよな、ごめん。俺もやっぱり辞めとこ……」
「わ、私も行く!!」
「祈里!?」
「祈里さん……?」
もし、俺の感じたメズルフの想いが正しかったとしたら、俺が行かなくちゃメズルフ一人に嫌な役を押し付けてしまうって事だろ?
それは嫌だ。
ただ単純に俺はそう思ったのだった。
「そ、そんな楽しそうなことを二人だけでやるなんてずるいよ! 一生に一回の修学旅行なんだから、私も混ぜて?」
「お、おう、そっか? それなら行こうか3人で」
「……えぇ」
心配そうな瞳でメズルフがじっとこっちを見ているのに、俺は気が付かないフリをした。
この後、軽く日常会話を楽しんだ後カフェデートは終了した。




