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第十四話 必死な攻略とおまじない⑤

「し、死ぬかと思った」


 天使すぎるウエイトレスさんに手渡された命の水……改め、お冷のおかげで喉に詰まっていたパンケーキはなんとか食道をくぐり抜けることができた。


「いやぁ。まさか喉を詰まらせてるとは思いませんでした!」

「コップに吐こうとする訳ないでしょ!?」

「だって、物凄い必死な形相だったもので」

「ウエイトレスさんが気づいてなかったら本当に危なかったんだからね!」

「本当、助かってよかったですよ、あはは!」


 へらへらと笑うメズルフに心底腹が立つ。俺は今日何度目か分からないため息をそっと吐き捨てた。


「まぁまぁ、無事でよかったよ。ここで死んだら死因パンケーキ ってなっちまうしな!」

「死因パンケーキ!!! あはははは!!」


 そうだった、コイツ俺なんだった。全く同じことを考えてやがってイラッとくる。なにより、こっちは苦しかったってことを二人してわかってない!祈里の肉体に何かあったらどうするつもりなんだ、まったく!


「ふーたーりーとーもー!?」


 俺は若干切れ気味に低い声で二人に詰め寄った。前楽はそんな俺にびっくりしたのかちょっとだけ顔が引きつったが、アホ天使様はなんのそので笑いっぱなしだった。


「ご、ごめんごめん!」

「あははっ、死因パンケーキ!!」

「メズルフ……もう!! 知らないんだからね!」

「そんなに怒らないでくださいよー! 楽のお財布も守れた事ですしね!」

「まー……そうだよね! 修学旅行も近いのにこんなところでお金使ってちゃ勿体無いもんね」

「二人とも頑張ってくれてサンキューな!」

「うん。こちらこそ、だよ。大変だったけど楽しかったよね?」

「まぁ、その……楽しかったです。楽、提案してくれてありがとうございました」


 メズルフがそう言ったその時、楽がキョロキョロとあたりを見渡した。首を傾げてからテーブルの下を覗いた楽の行動が不可解で俺は理由を尋ねた。


「どうかしたの?」

「いや、今、誰かお金を落とさなかったか?」

「お金?」

「あぁ……空耳かな? 小銭が落ちる音が聞こえたんだが」

「誰も財布なんて出してませんよ?」

「そうだな、気のせいっぽいな、気にしないでくれ」

「??」


 前楽が首を傾げながらも元の位置に座り直した。


「あー……なんの話ししてたっけ??」

「修学旅行でお土産買えるねって話し」

「ああ! そうだそうだ」

「行き先は京都でしたっけ?」

「うん、そうだよ。うちの学校は関西を周るんだ。一日目は移動後に清水寺に寄ってから一泊、二日目はグループに分かれての自由行動してから一泊、三日目は広島の原爆ドームを見て帰宅って流れだよ」


 なんせ俺は一度経験済み。すんなりと予定が頭に入っていたので、軽く説明をしてあげた。


「おお、さすが祈里! 昨日、旅行のしおりが配られたばっかりなのにもう日程記憶してるのか!」

「え!? あ、あはは、つい楽しみで……ね!」

「祈里は相変わらずきちんとしてるな!」

「そ、そうかな、あはは」


 そうだった。修学旅行から二週間前である昨日、ようやく旅行のしおりが配られたのだ。この発言が一昨日とかだったら完全にアウトだったが今回はギリギリセーフということにしておこう。むしろ若干のプラスだな。よしよし。


「祈里さん、グループって??」

「好きな友達同士、四〜六人で学校が指定した歴史的建造物や体験学習をいくつか自由に選んで組み合わせて観光するんだよ」

「そうなんですね……あの、祈里さん……私と行ってくれますか?」

「え?」

「祈里さんなら引く手数多だと思いますが……私はそこまで他のクラスメートと仲良くないので、一緒に行きたいな、なんて」


 おずおずとメズルフがそんなことを言ってくる。ちょっとだけ上目遣いなのがとてもずるいなと思った。


「そう、だね。メズルフ他の人だと心細いもしれないし……良いよ! 真心も誘おう?」

「ええ! きっと一緒に来てくれますよね?」

「真心ならきっと大丈夫……だけどこれじゃ三人だね。最低四人は必要だから……」


 実は俺は知っている。前楽は前々から男友達にこのグループ行動に誘われていることを!そして、男共とわいわいUSJで楽しいひと時を過ごすことを!!……だが、今回はそうはさせない。少しでもこいつの心を掴むんだ。世界平和のために!!


 俺はありったけの上目遣いで前楽に向き直った。


「ねぇ、楽?」

「い、いや。俺は他の人に誘われて……」


 前楽は俺たちが次に何を言ってくるか予想がついたのか、先手を打って首を横に振っている。

 が、ここでメズルフも上目遣いで前楽に向き直る。二人の女の子の上目遣いが前楽の心を揺さぶっているはずだ!!


「楽さん、一緒のグループに入ってほしいです」

「お願い、楽! 一緒に周ろ?」

「ぐ。ぐぬぬ」


 やはり、俺。上目遣いに弱いのである。効いている! 効いているぞ!!


「私、舞妓体験したいなぁ。きれいな着物に身を包んで歩くやつ」

「わぁ! きっと祈里さんのことだからめちゃくちゃ似合うと思いますよ!」

「ぐはっ!!」


 ここにいるのが俺なら絶対この言葉は刺さる!だって、祈里の着物姿、俺だってみたいもん!!!


「だ、だけど……その、もう返事しちゃったしよ?」

「楽さんのグループは現在何人ですか?」

「……5人」

「なら楽さん抜けても大丈夫ですね」

「お前は鬼か!?」

「……楽さん、その……一生のお願いです」


 静かな声でメズルフが呟くようにそう言った。いつもと違う声の抑揚にこっちまでドキッとしてしまう。


「この修学旅行が終わったら……私帰らなくちゃいけないんです」


 天界に。とは言わないし言えないだろう。メズルフは寂しげに笑っている。


「何言ってんだよ。また遊びに来いよ。俺らはいつでも待ってるから」


 留学が終わり、母国へ帰ると思っている前楽が屈託のない笑みを浮かべてメズルフにそう言った。気のせいか、天使様の目に薄らと光ったように見えたが、一瞬のことだったから気のせいかもしれない。


「……そう、ですね」

「そんな寂しそうな顔するなよ……しっかたねぇなぁ。祈里の舞妓さんも見たいしなぁ……」

「楽……?」

「いいよ、グループに入ってやるよ!」


 観念したかのような素振りのくせに、前楽の顔は逆に清々しい笑顔だ。


「やったぁ!」

「ありがとうございます!」


 俺とメズルフは軽くハイタッチを交わすのだった。



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