第十四話 必死な攻略とおまじない①
今日の俺は私服に身を包んで、最寄りの駅の背の高い時計の前でただただ立っていた。
慣れないワンピースに身を包み、髪の毛にも可愛らしいリボンを付けている。
俺は男性の時だったら絶対に着ないであろう、ふわふわした格好に落ち着かずにいる土曜日の朝。
「どうしてこうなっちまったんだ……」
「ぷぷっ。似合ってますよ? 祈里さん? なんなら元の体に戻っても着てみればいいじゃありませんか?」
「こんのクソ天使……人ごとだとと思って!」
実はここにいるのは俺だけではない。メズルフもまた、可愛らしい格好をしてここに立っている。
普段着ない、アクティブな格好、黒いパーカーに赤いミニスカート。髪も片側にだけ結ってサイドポニーにしている。
「それにしても、白いワンピースと制服しか見たことなかったから斬新だな」
「そうですか? この間祈里さんの部屋の雑誌にあったファッション。可愛いでしょ?」
「そうだな。服はかわいい」
「そこ! 本人も込みで褒めてくださいよ」
メズルフが俺の言葉に口を尖らせて見せる。こいつを褒めてもろくなことにならないのは目に見えているのに褒める訳がなかった。
「良いよな、お前のその天使服。思い通りに変形するんだろ?」
「まぁ、体の一部のようなものなので」
「……って事は……変幻自在な皮? つまり裸と同じって事?」
「違います!」
「じゃぁ、動物の毛皮的な?」
「皮から離れてください! 動物だって裸じゃないですか!? これは服です。歴とした、私の意思で変えられる『服』です!」
「あはははっ! 悪い悪い! そうムキになるなよ」
「もぅ、揶揄わないでくださいよ!」
たわいもない会話が弾む。すると、時計が突然ポーンポーンと音を立てた。12時の時報だった。俺たちと前楽は11時半にここで待ち合わせをしていたので前楽は既に30分の遅刻である。
「それにしても……遅いな」
「前回は来ませんでしたからね。今回もすっぽかされたのかもしれませんよ?」
俺とメズルフが最寄りの駅で待っているその理由はこの間の出来事の直後の出来事に由来する。
【絶対、私のこと選んでもらうからね!】
祈里が前楽に言った言葉を、俺は心の中で反芻していた。
もし、万が一にでもメズルフを選ばれる訳にはいかないと思った俺は意を決して前楽にある提案をしたのだ。
「ね、明日空いてる? もし良ければ、この間オープンした駅前のカフェに一緒に行かない?」
「あ……俺もそこ、行ってみたかったんだ。良いよ?」
驚いた顔をした前楽だったがちょっと照れた様子で了承してくれた。これで俺は俺との初デートという大きな第一歩を踏み出したことになる。まぁ、こう言い出したのには勝算があったからこそ。なんせ、俺は俺があのカフェに興味があった事をよく知っていた。俺が俺だという利点を利用した完璧な作戦だった。
それなのに、それなのに、だ!
「えー!! カフェですか! 私も行きたい!!」
どこぞやかのアホ天使の能天気な声が横から……否。俺と前楽の間の席から聞こえてきた。
口をとがらせて、俺と前楽を交互に見つめてくる。
前楽に断る理由がなければ話は当然のようにこう、ころがっていく。
「じゃぁ、3人で一緒に行くか」
「え!?」
「良いですね! 私、一回でいいからカフェって行ってみたかったんです!」
「それじゃ決まりな? 明日の11時半でいいか?」
「……え、ええぇ!?」
「どうしたんだ?」
「な、何でもない、よ……」
「じゃあ決まりな!」
「わ、わかった」
こうして、前楽にアピールしようと思って誘ったデート作戦はなぜか3人でカフェランチになってしまったのだ。
これではアピールも何もない。いい雰囲気のカフェで俺と前楽の関係もいい雰囲気に持っていこうという企みは失敗に終わったのだ。
「わりぃ! 遅くなった!!」
俺が回想にふけっている間に前楽が息を切らせて走ってきた。俺とメズルフを見るや否や、少し顔を赤らめるので気持ちが悪かった。きっとこいつの事だ、俺……もとい、祈里とメズルフの私服姿に胸を高鳴らせているんだろう。はぁ……俺が元の体に戻ったら顔に出す癖だけは直したい。
「本当に遅いですよ! 待ち合わせの時間くらい守ってください!」
そんな前楽の様子など気にしないメズルフの罵声が駅前の広場に響いた。待ちゆく人々が俺たちの方をチラチラと見ているのが分かる。
「だからー謝ってるじゃねぇか」
「遅れてきた罰として、私たちにパフェを奢ってください」
「なっ?!」
ニヤニヤとメズルフが笑ってみせる。二人分のパフェ代だなんて俺のお小遣いからではかなり厳しい出費なはずだ。相手のお財布事情を知っている身としては、ちょっと可哀想な気もするので、ここは前楽の味方につくことにする。
「メズルフ、それは流石に楽に悪いよ。楽、奢らなくてもいいからね?」
まぁ、俺の財布はいつだって肥えることはない。
漫画だのゲームだの欲しいものだけはたくさんあるから、いつだってお金なんて貯めなかったし、兄妹も多い分小遣いも多い方でもない。
「祈里はやさしいな」
「な! それでは私は優しくないみたいな言い方じゃありませんか!」
「優しくはないだろ」
「そうだよね。優しくは無いよね」
「ひどいです、二人とも〜!」
「あははっ!」
「ふふふっ!」
ひとしきりこんなやりとりをしてから、俺は時計を見た。もう、約束の時間から1時間が経過して12時半。
「そろそろ喫茶店に向かおうよ」
「そうですね。お腹もすっごいすきました。だれかさんのせいですね」
「そう言うところが優しく無いって言ってんだよ」
こんなせせり合いは俺たち三人が喫茶店に到着するまで止むことはなかった。




