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第十三話 緊急事態とホームシック⑥

 

「私ね、ずっと前から……楽のことが……」


 初夏の風が白いカーテンをたなびかせて吹き抜けた。


「大好きなんだよ?」


 俺の瞳が揺れるように動く。


 俺から見た祈里は一体どんな顔をしているのだろうか。それが見えないのが悔やまれた。きっと世界で一番可愛いに違いない。


「だ、そうですよ?」

「ちょ、え!? え、えっと!?」

「私はちゃんと私の気持ちを伝えたからね?」


 ニヤニヤと笑うメズルフと、戸惑う俺、そしてきっとにっこりと笑っているであろう祈里。全てはこれでうまくいくだろう。


 そう思っていた。


「ちょっと待ってくれ、二人とも!」


 それなのに驚いたことに、前楽のストップがかかったのだ。


「ど、どうしたの?」


 心の中にいると祈里の動揺も手に取るようにわかった。これで全てうまくいくという確信が祈里の中にもあったのに、待ってときたもんだ。


「その、い、祈里のその言葉は死ぬほど嬉しい。で、でも」

「でも、どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもないよ。この間までメズルフの為に祈里は変な演技をしていたのに……急にどうしたんだよ? メズルフと二人で話し合ったってことか?」

「え?」

「デートの時に喧嘩したことは謝る。でもさ、この交際って俺とメズルフの問題だろ? 俺抜きでそっちで勝手に話を進められると、俺……当事者なのに仲間外れじゃね?」


 清々しい顔をしていたメズルフも祈里も目をパチクリとした。


「そんなつもりはないんだけど……」

「そうですよ! 仲間外れだったら今ここで楽に話してないです」

「二人で相談した後で、だよな?」

「あ……」


 俺は俺だからわかった。仲間外れっていう意味も。

 つまり前楽はこう言いたいのだろう。


「俺の気持ちは考えた?」


 だと思った。俺は自分の事なのに話に入れていないことに困惑しているのだ。俺と付き合う彼女を彼女たちが勝手に決めていたらそりゃ首も傾げたくなるか。


「私もメズルフも楽も気持ちを無視した訳じゃないんだけど……だったらさ、今からでも一緒に話し合おうよ!」

「……え!?」

「!?」

「だって、先週。私、校舎裏で楽の気持ちを聞きそびれてるもん。私とっても残念だったんだよ?」

「う……」


 告白する予定だった当日、俺は尻込みして勇気が出ず、結局逃げ帰った。それが偽の祈里である俺の殺人級の笑顔のせいだとしてもその事実は変わらない。祈里は密かにそのことを残念に思っていたのだろう。


「自分の気持ちを伝えてくれないのに、無碍にされた時だけ自分を主張するのおかしくないかな?」

「そ、それは……」

「私は自分の気持ちをちゃんと言ったし……楽、あなたはどう思っているの?」

「ちょっと待ってくれ、いきなりそんなこと言われても……それに俺メズルフと付き合いはじめたのを知ってるよな?」

「それは知ってるよ? でも今聞いてるのは私のことどう思ってるかって聞いてるの」

「……そうじゃなくてさ。俺、その話し合いに参加したかったって言ってるんだよ。あまりにもこの間と態度が違って、俺は頭がついていかない。そんな状態で好きとか嫌いとか言われても……」

「そっか……急すぎたってことかな?」


 俺はどうしようもない俺に大きなため息を一つ吐いた。素直に祈里の告白を受ければ良いだけの事なのに、この男はどうしてこうややこしくするんだ……って、俺なんだけどな。


「ねぇ、楽? じゃぁ来週まで待ってあげる。だから、決めて?」

「決めるって何を?」

「私が好きか、メズルフちゃんを好きかを、だよ」

「いや、だから俺……メズルフと付き合って……」

「もし、本当にメズルフちゃんを好きだっていうなら、諦める。だって、それが筋だし」

「な!? 祈里さん!?」


 祈里の意見にメズルフは驚く。諦めるだなんて言葉にしてそれが現実になったらもう、ゲームオーバーなのだから無理もない。俺も内心冷や冷やしながら、祈里の申し出を聞いていた。


「土日にゆっくり悩んで? 月曜日、答えを聞かせてね?」

「そんな勝手な……!」

「メズルフちゃんもそれで良いかな?」

「は、はい! わかりました。私としてもなぁなぁな状態でお付き合いするよりもしっかりと考えて欲しいですね。この間のデート、あれはデートと言えるようなものではありませんでしたし。楽さん、ちゃんとした答えでお願いしますよ?」

「う……わ、わかったよ……」

「じゃぁきまりだね!」

「決まりなのか!?」


急な提案に急な決定。前楽もメズルフも顔が引きつっているが、もう誰も祈里に逆らおうとする人はいなかった。

そして、祈里は前楽を正面に見据える。


「ねぇ、楽?」

「は、はい!?」

「絶対、私のこと選んでもらうからね!」

「なっ!?」


完璧な角度。

完璧な上目遣い。

完璧な笑顔。

最高に可愛いはずの祈里がきっと俺の目の前にいる。


その時だった。


ーーカタン。


正道の天針を動かした。


今まで見たことのないアグレッシブな祈里に俺も心が揺れ動いたらしい。

さすが、本物の祈里は違う。


そう感心していた時だった。


(ご、ごめん。もう限界! 楽、あとはお願いね! こんなに啖呵を切ったんだもの。ちゃんとアピールしてよね!)


可愛らしい祈里の声がしたかと思うと俺はぐいっと現実世界に引っ張られた。

元に戻って最初に見たものは、鼻の下がべろんべろんに伸びているだらしのない前楽の顔だった。


俺、これにアピールすることになるのか。


心の中にドッと重たいものを感じた朝だった。

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