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第十三話 緊急事態とホームシック④

 次の日、俺とメズルフが一緒に学校に行くと前楽がもう学校に来ていた。

 こんな早くに楽がいると思っていなかった俺たちはドアを開いた瞬間驚いて立ち止まった。


「よ、よぉ」

「楽?! 今日はずいぶんと早いんだね!」

「ごめん。像を見つけることはできなかった」

「いいえ、こちらこそ、ごめんなさい。像はもういいんです探していただきありがとうございました。昨日は取り乱してしまってすみませんでした」

「あのさ、代わりにはならないだろうけどさ、これ」


 前楽が鞄から何やら紙袋を一つ取り出してメズルフに渡した。メズルフは急に渡されたその紙袋を戸惑いながらも開けて中身を確認してみている。


「こ、これって!」


 メズルフは20cmくらいはある何かを両手で大事そうに紙袋から取り出すと、俺にも見せてくれた。バラの冠をつけた金色の髪に、白いドレス、手には杖を持っている。これは昨日メズルフが言ったあの人の特徴にそっくりだった。


「リムベール様の……人形?」

「おれさ、小さい弟と妹がいてさ、たまに作るんだ。その、フェルトで人形。どうだ? ちょっとは気に入ってくれたか?」


 昨日何か企んでいる様子だったが、像を見つけられなかった時の保険とかなんとか言っていたのはきっとこれのことだったんだろう。昨日の今日で作ってきたということはきっと寝ずに作ったのかもしれない。前楽は大きなあくびを一つしてみせた。

 人形をもらったメズルフはその人形を一度大事そうに抱き抱えてからとびきりの笑顔で


「私、とっても嬉しいです!! リムベール様にそっくりです! 楽、本当にありがとう!」

「喜んでもらえたみたいでよかったよ。俺は無宗教だから神様っていうのがいまいちピンとこないけど、これでもお祈りってできるのか?」

「はい!! リムベール様を思い描けるものがあればなんでも!!」

「そっか、よかった」


 楽とメズルフは喧嘩していたということもあってか前楽からは安堵の色が窺える。メズルフは手放しで喜んでいるようだし、俺としては温かい気持ちになった。


「楽、やるね!」

「だろ?」


 俺は俺を少しだけ見直した。前楽は俺にも飾らない笑顔で微笑みかけてくれるので、なんだかくすぐったい気持ちになった。


「ねぇ、楽?」

「なんだよ祈里?」

「楽はさ、メズルフの事本当に好きなんだよね?」

「え!?」


 前楽に驚かれた俺は自分でもハッとする。唐突に聞くような質問じゃなかった。


「あ、いや、ごめん。なんでもないよ」

「…………そ、そうか」

「うん…………」


 思わず前楽も俺も気まずい空気になってしまう。メズルフ本人が目の前にいる最中で、前楽がその話をしてくれるとは思えなかった。そんな重たい空気の中、メズルフがそっと口を開いた。


「ちょうどよかった。ねぇ、楽さん。私その話をしたいんです。……お付き合いのこと」

「……え!?」

「私、楽さんに付き合って欲しいって言われて嬉しかったんです。生まれて初めてでしたし、お付き合いというものをさせてもらえる事に浮かれていました。でも、デートをしてみて分かったんです。楽さん、本当は私よりも好きな人がいらっしゃいますよね?」

「……」


 俺が見守る中、感情的にならない穏やかな声でメズルフは前楽に話しかけた。楽はメズルフの言わんとしている事が薄々わかっているのだろう。俺とも、メズルフとも目を合わせないで下を向いたまま動かなくなってしまった。

 そんな前楽にメズルフは優しい声でこう続ける。


「あなたが好きな人、それは祈里さん、ですよね?」

「ちょ、ちょっと!? メズルフ!?」

「……」

「言葉にはできないですか。では、祈里さん。今度はあなたに聞きますよ?」

「え?」

「あなたは、楽さんのことをどう思っていますか?」

「え!?」

「……!!」


 メズルフの一言に前楽がこっちを向いた。その言葉の続きを、聞きたいという思いが視線を通して伝わってくる。


(楽……代わって!)


 祈里の声が頭に響いたと思った瞬間に、俺の意識は急に暗くなっていく。


 気がつけば俺は大きなディスプレイをのある暗い空間にいるような錯覚を起こした。

 ディスプレイにはさっきまで俺がいた場所が映し出され、俺が見ていた景色が投影されている。


(こ、ここは!?)


 声を出そうとしても全く出ない。それどころか、俺は自分の体さえも確認できなかった。ディスプレイの中の景色が急に動き出す。俺はなす術なくその映像を眺めた。


 その映像はしっかりと前楽を捉えている。これは……祈里と俺が入れ替わったのか!?さっきの声は確かに、祈里の声だった。普段俺の中にいる祈里はこうやって俺の事を認識していたのかもしれない。


 そして、祈里に戻った祈里は口を開いた。


 自分の想いを俺に直接届けるために。


「私、楽君の事嫌いだなんて思ったこと、一回もない。それどころか、私は楽に話しかけられるだけでとっても嬉しく思ってる。席だって隣になった時は本当に嬉しかったんだよ?」

「い、祈里?」


 それは、紛れもない、祈里の声。そして、祈里本人の言葉だった。


(作戦開始って訳か)


 俺は祈里の言葉に耳を澄ませる。この状況は、祈里から言い出した作戦が滞りなく進んだ結果だった。




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