第十三話 緊急事態とホームシック②
俺たち3人はメズルフの様子を見守りながら、泣き止むのをそっと待った。
クラスの他の子も心配そうにちらちらとこっちを見ているが、一番仲が良い俺らが囲んでいるからかそっと見守ってくれているようだった。
「り…………」
「り?」
「リムベール様が……」
「リムベール……様?」
前楽も真心も首を大きく傾げ、俺はここでリムベール様の名が出てきたことにものすごく動揺した。そりゃそうだ。普通、人間界で様付けで人を呼ぶ事なんてそうそう無い。真心と前楽の怪訝そうな顔に俺は慌てた。
「えっと、その。リムベール様っていうのはメズルフの住んでいる地域で信仰している宗教の神様なの」
そう言う他ない。リアルな神様だから間違ったことは言っていないし。それにしても、こんなところでリムベール様の話をするなんて、何を考えているんだこのアホ天使は。
「神様……?? その神様がどうしたって言うんだ?」
「いなくなっちゃったんですぅ……」
「は?」
「リムベール様がいなくなっちゃったんですぅ……」
「ど、どういう事? 神様がいなくなっちゃったの?」
「そう、なんですぅ」
ボロボロと大粒の涙が零れ落ちた。あぁ、こいつにとってはリムベール様は親のような物だもんな。その親が自分が居ない間に何処かに行ったら悲しいに決まってるよなぁ。リムベール様弱ってるって言ってたけど、どこに行ったんだろう……って……いや、待てよ?リムベール様が居なくなった!?居なくなるって、まさか……消えてしまったって事か!?
俺はもう一度メズルフを見た。ただ居なくなっただけの泣き方では無いような気がする。
「め、メズルフ。それって……その、どういう事かな」
「どういう事もなんも、言葉の意味のままです……」
俺の顔は引きつっていたかもしれない。だかしかし詳しい話をここで聞く訳にもいかないが、メズルフの泣きかたから状況を推測するのは容易だった。
絶対良い方向に事は進んでいない。
俺らが世界をこのまま崩壊させてしまったら……タイムリープ転生をさせてくれる人がいないと言う事だ。
それに俺の手の中の正道の天秤は未だに赤いゾーンのままだった。このままだといよいよマズイ。
「ねぇ、祈里! 意味が全然分からない! 説明をして!」
真心の言葉で俺は我に返った。これ以上怪しまれるわけにも行かなければ、矛盾を起こすわけにも行かない。いわゆる崖っぷちである俺はその絶望的な状況を瞬時に悟って矛盾の無い言い訳を脳みそをこねくり回して探した。
「あ、えっと……多分ね? その、メズルフが信仰で使うために持っていた『リムベール様像』の事……かなぁ?」
俺は頭をフル回転させてそう言った。そして俺はその後メズルフを二人に見えない位置で小突いた。合わせろ。そう言う意味を込めて。
「……」
「大事なものを無くした、って事か?」
「一緒に探そうか?」
「……」
真心と前楽は俺の言葉を鵜呑みにしてメズルフに問いかけるが、メズルフはボロボロと涙をこぼすばかりで答えない。必然的に質問は俺に向かって飛んでくる。
「ねぇ、それって、どんなものだったの?」
「へ?」
「だから、一緒に探すにしても特徴が分からなかったら探せないでしょ? そのリムベール様ってどんな感じだったの?」
「えっと……」
「リムベール様……リムベール様は……とても慈悲深く、優しい。どんな人でも公平に導きになる神の中の神です」
俺が答える前に、メズルフが答え始める。けれども、それは外見の話ではなくてメズルフの知っているリムベール様の話だった。
「えっと、メズルフの神様がすごいんは分かったけど……みためは?」
「外見ですか? リムベール様は美麗な顔立ちをされている若い女性の姿をしています。緩やかなウェーブがかった金髪は腰まであり、頭には薔薇を飾られていました。純白のドレスに身を包んでいて、銀色の杖をお持ちです……」
俺はもう一度メズルフを小突いた。こいつ、真心たちが探そうとしてくれている物が俺がうそぶいた像の話だと言う事に気が付いていなさそうだ。
「なくした像ってのもそんな感じなのか?」
前楽の一言でメズルフはようやく、本物のリムベール様の話ではない事に気が付いたようだ。眼をぱちくりしてからこっちを見てくるので俺はユックリ頷いた。
こいつに話が通じたのは奇跡かもしれない。
「そ、そうです。その、手のひらサイズです。いつも持ち歩いていたので、どこに落としたかは分からないです」
「そうか。……じゃぁ俺、昨日メズルフと行った場所を放課後見て見る」
「ウチも教室とかに落ちてないか探してみるからさ」
前楽と真心の優しい言葉はメズルフの心に落ち着き取り戻してくれた。俺としては存在もしない像を友人に探させるのも気が引けたが、メズルフは二人の優しい言葉のおかげで泣き止んだ。
「あ、ありがとうございます」
「えっと、リムベール様はロングウェーブに白いドレスだっけ?」
真心が自由帳を取り出してメズルフの前でさらさらと何かを書き始めた。見る見るうちに、かわいらしいというか清楚な女性のイラストが出来上がっていき驚いた。さすが、漫画を描いているだけはある。
「すごい! すごい! まこまこ、絵が上手なんですね! そうです、こんな雰囲気の女性で……もう少し垂れ眼かな?ドレスはAラインの……そうそう!」
「ほうほう、こんな感じ?」
「目はもう少し大きくて、髪飾りのバラは正面から見て右に……」
「うんうん。どうかな?」
「素晴らしいです!!!」
俺も前楽も感心しながらその絵が出来上がるのをひたすら見ていた。これは真似できる部類の技術ではないなと、真心の画力に感服する。あっという間に可愛らしい神様がノートの上に出来上がった。
「本当に上手だね」
「これで、リムベール様像があったらすぐにわかるでしょ」
「……なぁ、写真撮ってもいいか?」
驚いたことにそう言い出したのは前楽だった。
「え? 自分の絵だとか言ってSNSに上げたりしないでよ?」
「しねぇよ!! ほら、像を探すのにさ?」
「なぁんだ。てっきり私の描いたリムベール様が可愛すぎたから写真欲しいのかと思ったのに」
「まぁ、参考にさせてもらうよ」
「参考? なんの?」
「像が見つからなかった時の保険ってやつかな?」
「ふぅん?」
何やら前楽に考えがあるようで一目で自信がある顔をしているのが分かった。
顔に出過ぎだよ、顔に。本当にかっこ悪いなぁ、と半分呆れながら前楽の横顔を眺めるのだった。




