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第十二話 御機嫌と不機嫌⑤

 

「三つも食べると思わなかったっての! 俺の分一つだけになっちまったじゃねぇか!」

「だって、宣言通りの美味しいハンバーグだったんですもの! また、作ってくださいね!」

「ったく、しゃーねーな……今度また作ってやる。そん時は五個か六個必要だな」

「って、楽だって2~3個食べる計算ですよね!? 人の事言えないじゃないですかぁ」

「いーの! 俺、男だし?」

「今は祈里さんの体じゃないですか。祈里さんを太らせますよ?」

「う……」


 家に戻った俺らは、今はのんびりと一緒にハンバーグを食べていた。今日一日不機嫌だった天使様は今はハンバーグのおかげもあって超ご機嫌だ。鼻歌まじりにハンバーグを頬張るアホ天使様の食べっぷりに俺はさっきから見惚れていた。こんだけ美味しそうに食われたらまた作るしかねぇな、なんて内心では思っていた。


「ふわ〜ごちそうさまでした!」

「お粗末様」


 今なら冷静に話をできるかもしれない。俺はそう思って先延ばしにしていた重い口を開き始める。


「なぁ……その……話をしないか?」


 なるべくメズルフの機嫌を損ねまいと精一杯優しくそう言うと、メズルフは軽く首を縦に振った。


「いいですよ。私も、真面目に話をしなきゃいけない頃合いかなって」

「そうか、良かった」


 先ほどまで楽しそうだった天使様は観念したのか、寂しそうな顔をして笑ってみせる。俺は何を話したらいいか少し考えていると先にメズルフが口を開いた。


「私の話、ちょっと聞いてもらって良いですか?」

「いいぜ。先にどうぞ」

「その……ごめんなさい。流れに押されたとはいえあっちの楽と付き合い出して。祈里さんという想い人がいると知っていたのに……するべきではありませんでした」

「えっと……? そんな素直に謝るなんて……おまえ、偽物か!?」

「ぶっ殺しても良いですか?」

「冗談です」

「その口一回縫い付けましょうか?」

「ごめんなさい」


 マジで切れた顔をされた。今回ばかりは茶化すのは止めよう。

 でも、今の雰囲気の今なら聞きたかった事が聞けるかもしれない。怒りながらも半分笑っているメズルフに俺は向き直った。


「……メズルフはさ……本当に俺の事、好きなのか?」

「ふえ!?」


 あ。まずいド直球に聞きすぎた。見る見るうちに赤く染まるメズルフの顔に俺は失敗を感じずにはいられなかった。

 これじゃ俺、凄く自分に自信がある人みたいじゃねぇか!?と思ったが、口から出てしまった言葉と言うものは引っ込められない。メズルフは俺の言葉に顔を赤らめているし、俺は俺で自分で放った一言に赤面した。何かいい言い訳というか理由というかを探しながら口籠る。


「そ、その違うんだ。えっと……その」

「……好き……なんだと思います」

「ぐへぁ!?!?」


 あまりに直球な返事が返ってきて自分でも思っても無い声が漏れ出てしまった。薄々感じてはいたが、まさか本当に俺のことを好きだって言われるとは思ってなかった。

 俺の動揺とは裏腹に、青い綺麗な瞳がキラキラとこちらを向いた。メズルフは真剣そのものだということがひしひしと伝わってくる。本当に整った顔立ちだ。恥じらっている顔は本当に可愛いの一言だった。


しばらくそうした後、メズルフはクスクスと笑い始めた。


「ふふふっ!」

「な、なんだよ!?」

「楽の顔、真っ赤なんですもの!」

「う、うっせーよ! まさかこんな形で好きって言われるなんて思っても見なかったから、その……でも、俺……」


俺は祈里のことが好きなんだ。と言いかけたその口をメズルフが人差し指を立てて止めてくる。


「その続きは言わなくても分かっていますよ?」

「そ、そうか……」

「それに安心してください?」

「安心?」


メズルフはにっこりといたずら子っぽく笑って見せた。


「この『好き』が恋愛感情なのかどうか、それが私にはまだ、分からないんです」

「え?」

「私、リムベール様の天使として産まれて80年程しかたっていないので……恋愛ってしたことが無いんです。そもそも天使は恋愛の末に子孫を作る類の存在ではないので、私には恋愛と言うのがよく分かっていません」

「え、ちょっとまて。お前80歳なの!? 人間で言ったらおばあちゃんじゃねぇか!」

「なっ! レディーに向かって失礼この上ないですね!!」

「レディー通り越してマダム……も通り越してるか」

「本当に口を縫い付けてあげますか?」

「ごめんなさい」


 つい、メズルフだと茶化してしまうんだよな。なんだかんだで俺もメズルフの事は嫌いではないのかもしれない。それでも、俺の心の中で抱いている恋愛対象はメズルフではない。俺には心に決めた祈里と言う女の子がいる。


「……ひとつだけいいか?」

「はい?」

「あのさ、俺は確かに楽だけど、あっちの楽とは別の個体になり始めてる。俺は事情を知っているけどあっちは知らない。俺に話をつけるんじゃなくて、ちゃんとあっちの楽と話をするべきだと、思うんだけど」

「……そう、ですね」

「あっちの俺が本当にメズルフの事を好きな可能性だって……まぁ、無いと思うが」

「酷っ!! 私だって誰かに愛されてみたいし、必要とだってされたいんですよ!?」

「いや、だって。俺、祈里の事が好きだから。悪いけど、メズルフの気持ちには答えられないんだよ」

「本当にはっきり言いやがりますね。分かってるってさっき言ったじゃ無いですか! ちょっとはこっちの気持ち考えやがれです、この祈里バカ!」

「おうおう。なんとでも言ってくれ。ここだけは譲れない」

「バーカバーカ! ついでにあほー!」

「小学生かよ!」


 語彙力皆無な80歳のメズルフは唇を尖らせて、これまた小学生のように拗ねて見せるので、思わず二人で噴き出した。


「あははっ!!」

「本当、バカだなぁ!」

「お互い様じゃないですか?」

「そうだな。お互い様っちゃお互い様だ」


 なんだかんだで俺たちを包み込んでいた空気は軽くなっていく。

 これはもう、元通りで仲直りの空気だった。



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