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第十二話 御機嫌と不機嫌④

 俺はコートを抱えたまま、息を切らせてすっかり暗くなった街を走り回った。

 学校、真心の家など、訪れた事のある場所をしらみつぶしに当たってみたが、どこへ行っても目立つはずの金髪は見つからない。

 元から祈里の体だと言う事もあり、体力そのものが男性のそれと違うのを痛感せざるを得なかった。

 直ぐに息は切れるわ、走るたびに胸が揺れて痛いわ、普段はいているローファーも長時間走るのには向いておらず、踵の所に靴擦れが出来ているであろう痛みを感じた。


 全部メズルフのせいだ。


「あんのアホ天使……真面目にどこに行きやがったんだ……」


 呟いてみるが返事はない。きっとアイツが側にいたら『あー!! またアホって言った!!』とか言って来るんだろうなと、思考がよぎる。けれども、今ここにその賑やかな天使がギャーギャー喚いてくれるはずもなく、シーンと静まり返った町並みに寂しさを感じてしまう。


「ったく……空飛ばれたんじゃこの辺りには居ねぇかもしれない……これ以上は祈里の体への負担も大きそうだし、帰るしかないか」


 言い訳じみた独り言が口からついて出る。


 俺はその言葉を吐いた自分こそ気持ち悪いなと思った。


 あの時の揺れた瞳を本当に放置していい訳が無い。本当は答えなんて祈里に言われる前から分かってはいた。どうしても、先延ばしにしたかったんだ、あいつとちゃんと話すってことを。思わせぶりな態度を取らないほうが良いっていうならしっかりと話をつけるべきだったんだ。


 さっさと家出天使を見つけて誤解を解かない限り、俺の心の中のもやもやが晴れることは無いだろう。


「……もう、少しだけ……」


 俺は、靴擦れに痛む足を一歩、また一歩と動かして再び宛てもなく歩き出した。所々で響く住宅地の生活音に紛れて、メズルフの甲高い声がどこかに落ちてやいないか、と耳を澄ませながらゆっくりとゆっくりと歩き続ける。


 そうこうしているうちに、いつの間にか家の付近までやってきていたのだろう。顔を上げると見慣れた公園がそこにあった。俺は足の痛みに限界を感じ、ベンチを目指して公園に足を一歩踏み入れた。目指すベンチは入り口の反対側にある。そこで一休みしよう。

 けれども、ベンチへ行くには公園のど真ん中に聳え立つ山の遊具を迂回する必要があった。


(今日ばかりはこの山が邪魔すぎる)


 高い山を睨みつけ、俺はそこでようやく気が付いたのだ。


 公園のど真ん中に聳える遊具の山の頂上に、探していた金髪がちょこんと体育座りをしている事に。顔は膝に突っ伏した状態で、寒いからか自身の体を抱きかかえるようにしながら縮まっている。


(あ……んのやろう……こんな近くに居やがったのかよ……)


 思わず大きなため息がこぼれ出た。


 それと同時に心の底から安堵した。


 俺は足を引きずるように山を登る。いつも態度だけは大きいそいつは、今は小さくちんまりと座っていた。メズルフは自分で自分の肩を抱いていて、世界のすべてを拒絶するような雰囲気を出していた。


 顔を伏せていても誰かが来たことは分かったのだろう。メズルフは俺の気配に驚いたようにビクッと肩を震わせてから、より強固に自分を抱きかかえてしまった。ぎゅっと握られた手には力が入っているのが見える。


「……風邪、引くぞ」


 ずっと手に持っていたコートをメズルフの、肩にそっと掛けた。俺がずっと抱きかかえる形で持っていたコートはきっとメズルフを温めてくれるはずだ。コートを掛けられたメズルフは微動だにしなかったが、コートを振り払ったりはしなかった。拒絶されるかと思っていたので少しほっとする。


 拒絶されている訳でないと勝手に解釈したうえで俺はメズルフの正面にしゃがみ込んだ。正面にしゃがんでも、メズルフの顔は膝に埋もれて表情の一つもうかがえない。


「その……俺が悪かった」


 どうしたら良いのか分からずに俺は、一先ず謝る事にした。


 あの時、俺にメズルフを傷つける意図はなかった。けれども、間違いなく、俺はメズルフを傷つけた。俺だけがあのデートに対するメズルフの想いを知っていたのにも関わらず、目の前の女の子に対する配慮は無かったに等しい。結果メズルフを悲しませ、それは謝罪に値する。そう思って俺は謝ったつもりだった。


「口先だけで謝られても嬉しくありません」


 けれども、俺の気持ちは届かずに、ピシャリとしたメズルフの声が返ってくる。

 そう言われても、俺としては本当の事を言ったまでだった。


 謝るべきだと思って謝った。

 風邪をひかないようにコートも渡した。

 となれば後することは一つだけ。


「ん。じゃあ、俺帰るわ」

「ええっ!? 帰っちゃうんですか!? 馬鹿なんですか!? 何しに来たんですか!?」


 俺の言葉に驚いてメズルフは顔を上げた。俺が目の前にしゃがんでいると思っていなかったのかばっちりと目が合ってメズルフは数回目を泳がせる。その眼は夜になって暗がりだというのに、泣きはらしたのが丸わかりなほどに赤く充血している。


「何しに来たって、何処かのアホ天使様が、一人でシクシク泣いてたら可哀そうだと思ったんだよ」


 メズルフを見ながら鼻でふふんと笑ってやると、メズルフは腕でぐりぐりと目の周りをこすってから背筋を正す。


「だ、だ、誰も泣いてなんかいませんし? 誰も楽に迎えに来てくれだなんて言ってもいませんし?」


 泣いている事を悟られないように今更取り繕っているメズルフは、やっぱりアホだ。俺は何でこいつのためにここまで歩き回っていたんだろうか。なんだかドッと疲れを感じる。


「……元気そうだし、やっぱ帰るわ」

「ちょ、ちょっと!? 今のどこが元気なんですか!? もうちょっと心配しやがれです!!」


 唇を尖らせて俺に抗議してくるメズルフに対して若干腹が立った。俺の足はもう、ボロボロだし正直言うとお腹もすいた。それでも帰らずに探し回って、ようやく見つけたんだ。それを心配しろだなんて言って来る。何にも分かっちゃいねぇ。


「……心配……したっての」

「へ?」


 思わず漏れた本音に、メズルフはキョトンとした目でこちらを見上げた。上目遣いの青い瞳がぱちくりと瞬きをするので俺は慌ててそっぽを向いた。


「なっ! ……なんでもねぇよ、ばーか」

「……」

「……今日の夕飯、ハンバーグだから」

「……」

「冷める前に帰って来いよ」

「……」


 何も言わないままのメズルフを置いて、俺は山を降りようと背を向けた。すると、俺の羽織っているコートの背中に引っ張られたような弱い感覚を感じた。振り向くと、メズルフが俺のコートを指で摘んで引っ張っている。ほんのりと顔を赤らめて目を合わせないその姿に思わず可愛いなと思ってしまった。


「あの……待ってください」

「何だよ」

「どうせ他に行く場所ありませんし」

「は?」

「……その、前回ハンバーグ食べ損ねてますし?」

「??」


 煮え切らない、歯切れの悪い言い方をするメズルフは何かを言いたそうにモジモジとしている。


「だから何なんだよ?」

「だぁもう! 察しの悪い! 一緒に帰るって言ってるんです!」


 俯き加減でほっぺたを膨らませたメズルフはバツの悪そうな顔をしている。その顔を見て俺はつい笑ってしまった。


「フフッ! なんだよそれ?」

「……その代わりとびきり美味しいハンバーグ作ってくださいね!」

「まぁ任せとけって!」


 俺とメズルフはこうして、仲直りするでもなく、喧嘩するでもなく、誤解を解くでもなく。

 ただただ、一緒に隣を歩くという選択をして一緒に家路につくのだった。


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