第十二話 御機嫌と不機嫌③
俺と祈里はとぼとぼとリビングに戻った。
「参ったなぁ。メズルフは最初から人の言葉を聞かない奴なんだけど……」
あの反応。本人は否定しているけど、やっぱり……
(そうだと思うよ。メズルフちゃんはきっと、楽の事、好きなんだね)
心の声に対して祈里が回答をくれる。思ったことに返答が来るだなんて違和感しかなかったが、俺としてはそれよりも違和感を覚えたワードがあった。
「……メズルフ……ちゃん?」
(へ? 変かな?)
「あの憎たらしい口しか聞けないクソ天使にそんな可愛い敬称を求めて無いって言うか……小学生じゃあるまいし」
(でも、あの子……心なしか、幼い感じがしない?)
「言ってること無茶苦茶だし、感情で行動するしな……さっきだって……イテテ……」
俺は殴られた腹を摩る。本気の本気だったボディーブローの所為で、お腹に青い痣が出来ている。
「なんて事してくれるんだよアイツ。祈里の体に傷をつけるなんて……」
(ほらほら、そう言う言い方をするからメズルフちゃんが怒っちゃうんだよ?)
「関係ねぇよ」
(ふぅん?)
俺はリビングへ行くとさっさとラブ☆エンを付けた。朝夢中になってプレイして分かったことがある。
このゲームは面白い。男同士ということ以外は普通の恋愛趣味レーションゲームと同じ、いや、それ以上に魅力的なストーリー、凝ったビジュアルに、どれをとっても普通に面白かったのだ。
天使を助けたらその天使はなぜか自分のことをよく知っていて、困っているときに手を貸してくれるようになる。天使は主人公を見守る親のような優しさで主人公の孤独を溶かしていき、徐々に心が通じていく。それなのに、天界が天使の行動を異常とみなし排斥しようと刺客が送り込まれ、天使を庇った主人公が目の前で死んでしまったのだ。
今朝からずっと、俺はその天使と主人公の行く末が気になってしょうがなかった。
「さて、続きをプレイっと」
(楽、結構そのゲーム楽しんでるよね)
「……そうか?」
(そのゲームをするよりも、メズルフちゃんを探しに行った方が良いんじゃないの?)
呆れと怒りの混じった声が脳内に響いた。これは状況的にも物理的にも頭が痛い。俺はメズルフを迎えにいくつもりなんて毛頭なかったからだ。
「はぁ!? ……なんで俺が……」
(だって、あの子の事本当に解ってあげれるのって楽だけだよ。『クラスにいる方の楽』はあの子が天使だって知らないんだから)
「だとしたら何だよ。もし仮にメズルフが俺の事を好きだとしても……その気持ちには答えられない」
そう、俺には祈里という想い人がいるのだ。
彼氏彼女の関係になるのがメズルフの望みなら、それは叶えてあげられないというものだ。
だから、あいつに対して優しい行動は出来ればしないほうがいいと思ったんだ。
(……探しに行ったら思わせぶりな態度って事になるの?)
「俺はそう思う、かな」
脈がある、と思わせてしまうのはそれこそメズルフにとって酷無ことなんじゃ無いだろうかというのが俺の考えだった。
(……でもさ、寂しい時誰かが側にいてくれるか、居てくれないかって私、大きいと思うの。ほら、私はいつもこの家で独りぼっちだからさ。)
寂しい声に思わずハッとした。今までは大体メズルフが一緒にいたからそこまで感じなかった。
「……独り……」
俺はあたりを見わたした。家族3人が暮らしても窮屈じゃなさそうな広い家。そこに祈里は一人で暮らしている。
「祈里の両親ってあまり帰ってこないのか? 今だけじゃなくて?」
(うん、一年間の内、半分以上海外で過ごす事が多いかな)
祈里は寂しそうな声でそう言った。知らなかった祈里の一面を垣間見た気がしてなんだか、寂しい気分にもなる。
(うぅん……ごめん、楽。ちょっと、疲れちゃったみたい)
「へ? 突然どうしたんだ、祈里?」
(実は……話しかけるのも、体を動かすのも……力がいるの)
「力ってなんだ?」
(うん。巫女の力って言うのかな? ……ふあぁ……眠くなっちゃった……)
「巫女の力? そんな話俺初めて聞いたぞ?」
(言ってなかったっけ……うち、お爺ちゃん神社の神主で……ばぁちゃんは……ふあぁぁ……メズルフちゃんの事……頼んだ……よ? ……むにゃむにゃ……)
「おーい、祈里??」
(…………)
「寝ちゃった?」
(……)
「寝ちゃったな、こりゃ」
それ以降、祈里の声はプツンと聞こえなくなってしまった。
寂しい時、誰かが側にいてくれたら……か。
「し、しらねぇよ。あのバカ天使が勝手に出て行ったんだっての」
そう言って俺はらぶ⭐︎えんのコントローラーを握り直した。
するとどうだろうか。ちょうど主人公の大学生が天使の腕の中で息絶えようとしている。刺客の天使を命がけで大学生が守ったシーンだ。今朝は遅刻ギリギリでここでやめざるを得なかったんだ。続きが気になっていても仕方がないことだろう?と、俺は祈里に言い訳を言うように心の中でそう呟いた。
『なぁ、レズベルド……俺、お前に会えて、本当によかった』
『喋っちゃダメだよ! 傷が、血が!!』
『俺はもう、ここまでみたいだ。だから、聞いてくれ、レズベルド』
『い、いやだよ! 死んじゃ嫌だ!』
『俺はお前に出会うまで、ずっと孤独だったんだ。お前に出会えて……本当に……良かった。だから、最後のお願いを聞いてくれないか?』
『うんっ! な、なんでも、なんでも言って!』
『俺が息絶えるまでは、せめて、一緒に、居て……ほしい…』
『な、何言ってるの!? ずっと、ずっと! これからもずっと一緒だよ!! 僕は君が孤独だったのを知っていた。君が転生する前、僕は君に救われたんだ。君は僕を覚えていないけど、僕はずっと、ずっと君と一緒だ!!
』
『ありが……とう……あいして……』
『し……死なないで!』
『…………」
「 ……おねがいだ、目を開けて!! う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
『こうして、天使レズベルドを救うため君は自らの命を犠牲にした』
『二人の運命はちょっとした選択で別のものになっただろう』
『DEAD END』
無情にも、俺の待ち望んでいたシナリオのラストはバッドエンドのシナリオだったらしい。ものものしい雰囲気の背景に白いDEADENDの文字が揺らめいて、俺は手に持っていたコントローラーをぶん投げた。
「な、なんでだ!? いい感じで好感度ゲージも上がっていたのに!!」
ぶん投げたコントローラーが床に落ち、そのはずみでボタンが押されて次の画面へと変わると、そこには天使から吹き出しが出ている。
『攻略のヒント:僕のこと、独りにしちゃダメだよ? こんなんでも、寂しがりなんだからね!』
「寂しがり……? この天使がか? わかんねぇもんだな……」
ゲームの中では大人びた親のような存在の天使レズベルド。この吹き出しを見る限り、どこかで選択肢を間違えたのだろう。
「独りにしないで、か」
(寂しい時、誰かが側にいてくれるか、居てくれないかって、大きいと思うの)
ふいに先ほどの祈里の言葉が画面の文字と重なってしまった。
ふと窓を見るともう、ずいぶんと日が落ちている。
アホ天使が帰ってくる気配は全く無い。
「……だぁぁ!! もう、どいつもこいつも!! しかたがねぇな!!」
祈里の言葉が頭をかすめ、俺は机を半ば叩くようにしながら立ち上がった。夕暮れ時は終わりを迎えようとしている。暗くなってしまえば、夜風はぐんとその温度を落してしまうだろう。
俺は軽く上にジャケットを羽織り、ついでにもう1つコートを手にした。
「……祈里が言い出したんだからな? ちょっとだけ、祈里のコート借りるぜ?」
俺は俺の中で寝ているだろう祈里にそう呟いて、玄関の扉へ向かうのだった。




