第十二話 御機嫌と不機嫌①
渡された原稿用紙10枚を丁寧に丁寧に色を塗っていく祈里の手を俺はただただ動かさないように眺める。
ただ色を塗るという作業なのに、本当に繊細な筆遣いで俺は出来上がって行く原稿の綺麗さに感心した。
夕日が上ったころ、すべての原稿用紙のベタ塗りは完成する。
「はい、これで全部だよ」
祈里が塗ってくれた原稿用紙を真心はまじまじと見つめる。
「おお! 相変わらず丁寧な仕事! やっぱり偽物説は違ったのかなぁ」
頭をぼりぼりと掻きながら真心がそんな事を言う。そりゃぁさっきまでは偽物だったので、ぐぅの音も出ないのだが、野暮なこと言ってまた変に疑われるのは嫌だった。
「マンガの読み過ぎ。現実的に考えてよ」
「あははっ、ウチとしては宇宙人に乗っ取られちゃった説とか一押しだったんだけど」
あながち間違えではないな。乗っ取ったのがクラスメートだっただけだ。そう考えると真心は勘が鋭い方と言えるんだけど、まぁ、今はそんな事はどうでも良い。人助けならぬ真心助けをしたのは他でもない、感謝されたいからだ! 感謝されて、善行を積むを積んで、六文銭を獲得したいのだ!!
これだけ聞くと俺ってすごく嫌な奴だな……。とも我ながら思う。
それでも、確認だけはしておきたい。そもそも喜んでもらえたのだろうか?
「……ねぇ、助かった?」
「え?」
「困ってるみたいだったからさ。その……助かった?」
「あははっ!! もちろんだよ。ありがとう、祈里!! 感謝してる!」
「良かった!」
「機材が揃えることが出来たらペンタブとかタブレットで描くんだけどウチの親、買ってくれないんだ。だからさ、またきっとお願いすると思う」
「解った。その時は頑張るね」
「うん! よろしく!」
一先ず感謝はしてもらえているみたいだ。これが、どうお金としてカウントされるのかは全く分からなかったが、とりあえず今日の目標は達成と言う事になるだろう。
「それじゃ、私はこれをパソコンにスキャンして仕上げの加工に入るね!」
「うん、頑張って」
真心は祈里が丁寧に塗った原稿用紙をスキャンをする為と言って真心の部屋を去った。どうやらスキャナーは別の部屋にあるらしい。
(へ? なんだろうこれ? お金?)
心の中から祈里がそんなことを呟いた。
人から感謝されることによって三途の川を渡るための通貨、『六文銭』が祈里には見えているのかもしれなかった。やはり人から感謝されることで、発生するのだろう。一体今のでいくらくらいになったんだ?
(3円……だね)
祈里からの回答は俺の心に吹雪を巻き起こす。
マジかよ。3円?たったの!?
確か無事に三途の川を渡り切るだけで300円だという話だったはずだ。毎日あと3週間。
……あれ? 毎日善行を積んでも300円に届かないんじゃないか!? っていうか、このレベルの感謝を100回繰り返してようやく三途の川が渡れるの!?
俺はその事実に絶望した。
(ごめん、楽。ガッカリしているところ悪いんだけどね?)
な、なんだ? まだ何かあるのか!? ただでさえ地獄行が確定しそうな内容なのに、さらに悪い話なんてあるのかよと、俺はこれ以上のバッドニュースに身構えた。
(このお金……私に吸収されちゃったみたい……)
ここで言う私、それすなわち……祈里に、だ。
って事は……この善行は俺、『辻井楽』ではなくて……
(私への感謝って事に……なっちゃった……のかな? ははっ……)
うそだああああああああああああああああ!!!!!
俺に対しての感謝じゃなければ意味なんて無いんだ!!
でも、よくよく考えたら、なんとなく納得できる節はあった。
だって、俺自身何もしてない……。
まず、真心は祈里に対してお願い事をしている。
それでいて、ベタ塗りの作業自体も祈里自身がやっている。
もちろん、真心が感謝をしたのも祈里に対してだ。
と言う事はつまり……最悪な状況だった。
善行を積むべきは祈里の体にいる『俺』ではない。
今、現在メズルフと一緒にデートを楽しんでいる真っ最中なハズの『前楽』なのだ。
まずい、これは非常にまずいぞ。
アイツはのほほんとデートを楽しんでいるだけで絶対に善行など自分から行うタイプの人間ではないのだ!!やばい、やばいぞ……このままでは俺、地獄の業火に‥‥…焼かれる!!
「祈里、ただいまー! 確認してきたけどばっちりだったよ! って、えええ!? どうしたの祈里!?そんな、魂の抜けたような……何があったの?!」
真心が扉を開けた先にいたのは真っ白に燃え尽きた祈里に違いなかった。




