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第十一話 思い出の品と墨の香り②

 真心に半分引っ張られるように、俺は真心の家に到着した。


「お、おじゃまします」

「相変わらず礼儀正しいね。私の家だからいいのに。さ、入って入って」


 そう言われて俺は、祈里風に靴を整えてから真心を見る。


「先に私の部屋に入ってて?」

「……え?」

「お茶取ってくるね」


 そう言われて、俺は玄関で置いてけぼりを食らった。

 仕方がないのでゆっくりゆっくりと家の中に足を踏み入れて行く。

 真心の家はどちらかと言うと新興住宅と言う感じのおしゃれな雰囲気漂う家だった。

 祈里の家もおしゃれだが、真心の家は所々に生活感が垣間見えるところが少しだけ違う。

 グチャグチャな家に住んでいた俺は、そう言うところに懐かしさを感じてしまった。

 家族に会ったら……俺立ち直れないかもしれないな。なんて、センチメンタルな感情に浸っていると奥の方から足音が聞こえてきて顔を上げる。


「あれ? まだ、ここに居たの?」


 真心がお盆にお茶が入ったコップを二つ携えて戻ってきた。


「勝手に上がるのは悪いかなって思って」

「何今更遠慮してるのさ? ほら、行こう?」


 我ながら機転の利いた言い訳だ。真心はまるで疑いもせずに部屋へ向かって歩き出した。このまま何事もなくこの手伝いとやらを切り抜けられればいいけど……。

 俺は真心の後ろをついて、部屋までたどり着いた。


 ドアを開けると6畳ほどの部屋があった。真心の個室と言う事だろうが、何がすごいかって、マンガがびっしりと壁一面の本棚に所狭しと並べられていて、壁一面にはいろんなマンガや見たこともないBLのポスターが張ってある。


見上げたほどのオタク部屋。その内の一つ、一番大きなポスターにはラブ☆エンのキャラクターたちが勢ぞろいで笑っていた。


 真心はどうやらあのラブ☆エンの大ファンらしい。よく見ると、そこら中にぬいぐるみだの、缶バッチだの、いろんなグッズが置いてあった。


「ここ、ベタ塗って?」

「え!? え!?」


 突然真心が一枚の原稿用紙を差し出した。


「……いつもの。お願いだよ、時間がないの! 」

「いつも……やってるのって……まさか!?」

「そういうお惚けは今良いからさぁ、明日には入稿しなきゃいけないの! お願い! 手伝って!」

「そ、そう言われても……」

「……??」


俺は何をどうしたらいいか分からない。そもそもベタってなんだ?

おずおずと真心から差し出された原稿用紙を受け取った。


そこには、雑誌で見るのと同じようなレベルの絵が描かれている。

思わず『これ、真心が書いたのか!?』と聞きそうになるがぐっとこらえる。状況から考えると、きっと真心がこの漫画を描いている事だけは間違いなさそうだ。


きっと、祈里が真心の漫画を手伝っているのだろう。

しかし俺は美術の成績は“2”なのだどう考えてもこれは手を付けてはいけない作業に違いない。


「ねぇ、手伝ってくれないの?」


真心は不満そうに俺を睨んだ。そりゃそうだ。祈里は平然とやっていた事なのだろうが、俺は何をすればいいかさえ分かってないのだ。もう、こうなっては仕方がない……聞きたくはないが、聞くしかなさそうだ。


「何をどうすればいい……?」

「えっ!?」


目を見開いて俺を見る真心の眼。ああ、まずい。流石にまずい!!

原稿用紙をチラリと見ると所々に罰点が書いてある。


「その……この罰点になってるところを塗ればいいの?」

「……そうだけど。」

「解った、やってみる」


平静を装って俺は聞いたつもりだったが、もう、決定的にダメかもしれない。

真心の視線は俺から離れることは無い。

対する俺は、ベタ塗りという物さえよく分からないが、きっと漫画だから黒く塗ればいいんだろ?

と、必要な道具を探した。筆ペン、マーカー……目の前の筆入れを見るといろんな種類のいろんなペンが出てきて俺は手を止める。何を使えばいいか分からない。そんな様子を真心はじっと見つめている。


「……祈里……?」

「へ?!」

「やっぱり……。分からないんでしょ?何を使えばいいのか。覚えてないんでしょ?」

「それは、その……」


言葉に言い淀む。その通りだからこそ言い返せなかった。


「あのさ。もういいよ。白状しなよ?」

「……」


一歩、また一歩と近づいてくる真心はものすごく怖かった。眼光鋭く、目が見開かれ、蛇に睨まれた蛙の気持ちがよく分かった。


「私の眼はごまかせないよ。……あなた、祈里の偽物ね?」


もう、俺に逃げ場など無かった。




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