第十一話 思い出の品と墨の香り①
その日の放課後
宣言通りメズルフと前楽はチャイムが鳴るなり、一緒に帰る準備をしている。
このまま、前楽とメズルフが親睦を深めて仲良くなって本格的に……いや、ないない!あのメズルフとなんて絶対にありえないと思うが、メズルフと恋仲と呼べる関係になってしまいでもしたら……。
偽の祈里である俺の入る余地がなくなってしまう!!
俺は内心とてもとても慌ててはいるが、何をどうしたらいいかわからずに教室を楽し気に出て良くメズルフと、前楽を見送った。
いやいや、良いのか俺!?
このまま二人を行かせてしまっても良いのか!?
俺は廊下に出て行った二人の後姿を確認すべくひょっこりと顔を覗かせた。
放課後の廊下は生徒たちで溢れている。それでも、金髪のメズルフはきっと目立つだろうと目を凝らしたが、もうどこにもいなかった。
あぁ、もう手遅れだ。まだ居たら尾行でも、と考えていたのに……今日の所は諦めるしかなさそうだ。
「あの二人の事が気になるの?」
「うわっ!」
背後から突然声をかけられて俺は軽く飛び跳ねた。
「あ、真心か!! びっくりした!!」
「ごめん、驚かすつもりはなかったんだけど……今日、祈里ずっと意識ここにあらずって感じだったから」
「え、そうだった?!」
「うん。ずーっとボーっとして話しかけてもほとんど反応なかったじゃない」
「え!? ご、ごめん」
身に覚えがないが、真心が言うんだからきっとそうなんだろう。
確かに頭の中がパンクしそうな感じになっていた。受け答えの一つや二つは逃していたかもしれない。
「流石に10回声かけても反応がない時は心配したけどね!!」
「10回も!?!?」
予想に反してかなりボーっとしていたんだな、俺。
「もし今日空いてたら、家に来ない?」
心配する目でこちらを見てくる真心に俺は少し暖かい気持ちが沸き起こる。
真心は本当に祈里を大事に思っているんだな。
「気持ちはありがたいけど……ごめん。やることあるの」
「やる事……? ……って何?」
「解んない。解んないんだけど……人に喜んでもらったり感謝をしてもらえることを探しに行かなきゃ」
「何それ……?」
呆れた顔で真心が笑う。
そりゃぁそうだよな、と俺も困った顔で笑った。
善行を積まなくちゃ俺は地獄行き。その現実を突きつけられてからは気が気でなかった。
修学旅行まであと3週間を切っている。
メズルフと前楽の恋路を邪魔できなかった以上今日の放課後は善行とやらを何としてでも積まなくては。
「喜んでもらったり感謝してもらえればいいの?」
「まぁ、そう言う事になるかな?」
善行の定義はさっぱり分からないが、そんなようなことを以前神様が言っていたような気がする。
「それは実家の修行か何か?」
「え?」
そう言われて思い出す。祈里の実家は神社の家系だった。
別にそう言う理由ではないが、ここで否定しても他に良い言い訳もないからこの話に乗ろうと思った。
「まぁ、そう言う事……だよ」
「それならさ!!」
「っ……!?」
「祈里、ごめん! ちょっと手伝って!?」
突然真心が俺の手を握り閉めてきた。藁にもすがっている人の眼だ。普段、真心の顔をドアップで見る事なんてない俺は少しドキドキしてしまった。普段黒ぶちメガネをしているせいであまり気にしたことは無かったが、真心のまつ毛はとても長かった。
「あっ!? えっ!?」
「お願い!! いつもの!! いつものだから大丈夫!」
「いつもの……?」
「もう、時間がなくて!! そうと決まればすぐに支度する! ウチの家直行ね!!」
怒涛の勢いで話をつける真心。真心は割と猪突猛進型の女の子なんだろうな。この間祈里の家に来た時もそうだった。
それにしても『いつもの』っていったい何なんだ?
俺、全く分からないんだけど、このままついて行ったらまずくないか!?
自分の机から引っぺがすように鞄を取ってきた真心は、まるで話について行けない俺の手を再び握りなおして引っ張った。
「ほらほら! 祈里早く!!」
「ちょ、ちょっと!? 待って!! 引っ張らないで」
クラスメートの女の子に手を引かれながら俺はその子の家に上がり込むことになるのだった。
いや、今は祈里だからなんもやましいことは無い。
決してないんだからな!




