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第十話 とある天使と高校生②

「おかしいですね……」


 トイレに着いた途端、正道の天秤を出せとせがまれ、俺は言われるがままに手のひらを合わせたのだが……


「先ほど針が動く音が鳴ったと思ったのは気の所為だったのでしょうか?」

「いや俺も聞こえた。でも、これは……」


 そう、手のひらの天秤は一番端を差している。それすなわちこの間1メモリだけ上がった分が下がってしまったと言う事に他ならなかった。


「……なんとなぁく……」

「へ?」

「なんとなく、読めてきたぞ!?」


 一回目の針の音、それは楽の気を引こうと、外人の愛の違いとかどうしようもない発言をしていたのを覚えている。何か理由があるとすれば、『俺(祈里)が前楽とメズルフがくっつくのを必死で止めた』と言う事だ。


「あんとき、俺が楽の方をじっと見ていたんだ。つまり、楽からは……」


 上目づかいで見えているって事だ。


 ……馬鹿な俺め!!俺が必死で止めに入ってる時に、祈里の上目遣い可愛いなとかそんな事を思っていたに違いない!!いや、好きだけどさ!!上目遣い!!!!


「勝手に納得していないで、説明をしてくださいよ!!」

「あー、わりぃわりぃ……。実はな? 昨日一度針が動いてるんだ」

「なっ!? そんな大事な事、なんで言わないんですか!?」

「知らねぇよ!! あれよあれよと言う間にお前がアイツと付き合うとか意味の分からない事になるから言いそびれたんだよ!!」

「じゃぁ、ちょっと待ってください!? 今、赤くなったって事は……針は一回良い方向へ進み、そして元に戻ったって事ですか!?」

「ああ。そうだよ。その通りだよ!!」


 俺は口をへの字に曲げながらそう言うが、メズルフはまるで納得していないような顔をしている。


「でも、何故さっきので針が動いたのでしょうか?」

「きっとな、お前の表情が好みだったんだよ」

「ふぇっ!?!?」

「綺麗なまつ毛してるし、不貞腐れたときのほっぺの柔らかそうな感じとか、可愛かったし綺麗だなって思った」

「ちょ、ちょっと!? ちょっと待ってください!? 何急にべた褒めしてるんですか!?」

「あぁ? 思った事を言っただけだぞ」

「馬鹿なんですか!? そんなこと言われたら……」

「言われたら?」


 メズルフは両手でほっぺたを隠しながらわたわたとしている。心なしか頬が赤くて流石の俺でもピンときた。


「まぁ、俺が思ってるって事は、教室にいる方の俺もそう思ってるって事だろうな」

「ふ。ふえぇぇぇっ!?」


 ますます紅潮する頬に俺は思わずニヤリとした。女の子が照れる様子は『控えめに言って最高』。それがビジュアル的にはとてもかわいい天使なら尚の事。

 けれども、そんな悦に浸っている場合でもないのだ。

 俺は自分の心を落ち着かせる意味と、褒められて頬を紅潮させているアホ天使を正気に戻すため、大きな大きなため息を一つつく。

 そろそろ夢から覚めて現実を見てもらわなくては困るのだ。


「つーまーりー!」

「ふえ!? あ、つまり!?」

「針が赤い方に動いたんだ」

「赤い方……」

「ああ。お前をかわいいと思ったら『赤い方』に進んだんだ」


 紛れもない事実だった。俺の言わんとしていることが伝わったのか、メズルフの表情がどんどんと怒気の混ざったものになる。


「それを私のせいにしようって言うんですか!?」

「いや、別にお前の所為とか言いたいんじゃなくて、このままじゃ世界が崩壊するって言いたいの! 今回の事で確信した。俺とメズルフは付き合うべきではないんだ!!」


 そう言い放つとメズルフの青い瞳が潤んだ。


「……そんなに、私が楽さんと付き合うのが嫌なんですか?」

「は?」

「そんな小芝居までうっていただいたようですが……私が楽さんと付き合うのを許容したのがそんなに癪でしたか!?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、言っている意味が解んねぇ」

「惚けないでください!! 私、解っちゃったんですから!!」


 いつものふざけた様子とはまるで違う、本気で怒っている女の子がそこには居る。

 天使や人間の垣根を越えて、どちらかと言うと軽蔑した目で俺を見てくる。


「さっきの音、楽が捏造したんでしょ?」

「……!?」

「最初から正道の天秤なんて動いていなかった。そうなんですよね?」

「ちっ、ちげーよ!!!」

「今はスマホでも何でも効果音の一つや二つ鳴らすの簡単ですからね?」

「そんな事をしている暇があったか!?」

「タイマーだってできるじゃないですか!! そんな陳腐な言い訳しないでください!!」


 ダメだ、メズルフは何故か俺が音を捏造することで付き合うのを阻もうとしていると思い込んでいる!

 困惑する俺を余所に興奮しきったメズルフは畳みかけるように俺に怒鳴る。


「少しくらい良いじゃないですか!! 私だって、私だって誰かに愛されたい!! 愛ってどんな感じなのか知りたいし、付き合うって事もやってみたいんですよ! どうせ今しかできない!!」


 それは、メズルフの本音なのだろう。

 天使として生きていて、人間界で過ごすチャンスを得て。

 きっと、メズルフは恋愛と言うものに元から興味があったのだ。

 あるいは誰かと付き合う事を天界から眺め、夢見ていたのかもしれない。

 天使として産まれ、これからも生きるメズルフにとっては今しかないチャンス。


 ……いや、それ自体は良いんだよ!!人間として恋愛を楽しむことを反対しているんじゃないんだ。

 俺は大きな問題点があると言っているだけなんだ!!


「……俺じゃなくても良いだろう!?」

「……ダメです」

「はぁ!?」


 そこだけは即答だった。


「あ、いや! 別にあなたが好きとか言う意味ではなくて!! 付き合ってくれる人なんてそうそう現れないからですからね!!」

「そう言う事、ね」

「そう言う事です!!」


 何故か鼻息荒く、メズルフは顔を赤くして語気を強めた。なんなんだ、まったく。


「それに、もう、ここまで運命が傾いちゃったらどうしようもありませんよ。どうせ、世界は崩壊します。そしたら、きっとリムベール様が私たちをもう一回タイムリープさせてくれますよ!」

「……本当にそうか?」

「なっ!?」

「だって、お前の神様めっちゃ弱ってたじゃねぇか!」

「……!!!」


 メズルフの瞳が再び揺れる。

 今日は地雷を踏む日だな、と我ながら心の中で呆れてしまった。


「……悪い」

「楽……私にだって……言ってほしくない事の一つや二つ……あるんですよ?」


 メズルフが俺に背を向けトイレの出口へと向かっていく。

 哀愁漂う背中に本当に言わなきゃよかったと後悔した。


「あの……」


 なんて声をかけようか迷っていると、スタスタとメズルフの背中が遠ざかっていく。

 立ち尽くしてそのメズルフを見ていると出口付近でくるりとこちらを向いた。


「あ! そうだ!! 今日、楽とデートしてきます。くれぐれも邪魔をしないでくださいよ?!」

「!?」

「私たちの恋路を邪魔してかっさらう気なんでしょ!?」

「おまえ……やっぱり本当にあの楽の事好きなんじゃ……?」

「え!? あ、い、いや!! ち、ちがいますけどー!? 社会経験を積んでおきたいので!! 誰が楽なんか好きになるもんですか!」

「……はいはい」

「そう言う事なので、デートの邪魔はしないでください!! いいですね!?」

「よくねぇよ!! 楽と付き合うのは危険だから止めろって」

「あー!! また、そう言う事言う!! 良いんですか? 楽、あなたするべきことがあるんじゃないですか?」

「あぁ!? するべきこと……? なんだよ?」

「善行ですよ、善行! 一つでも二つでも人に喜ばれること、しておいてくださいね!!」

「いや!! お前が世界を崩壊させたら善行なんて関係ねぇ!!」

「果たしてそうですか? 世界のループが起こるのは、死んだあと。そもそも、船に乗れさえしないかもしれませんよ? そうしたら、まぁ、溶岩地獄か……針の山地獄……あのあたりでしょうかね?」

「なっ!? 待て、世界が崩壊してもあの世界はあるって事か!?」

「さぁ? 世界が『楽が死ぬ前に』崩壊するとは限りませんからね!!」

「……そ、そうか。俺が死んだ後に世界が崩壊する可能性もあるのか……そこで死んだあと……善行がすっからかんだったら……」


 あの、見たまんまの地獄に突き落とされる……?! え、それって結構ヤバいんじゃないか!?


「せいぜい頑張ってくださーい!」


 そう言ってメズルフはそそくさとトイレを後にした。


「まずいな、あのアホ天使、リムベール様が何度も何度も転生させてくれると思ってやがる。失敗しても次があるとしか考えてなさそうだ」


 俺はもう一度正道の天秤を見て見る。やはり針は赤いまんまだった。


「これは……どうしても祈里として楽を攻略するしかない……よなぁ!?」


 元はと言えば俺がまいた種と言うべきか。責任を果たせずにこのまま時が過ぎればどうなるのだろうか?ゲームのようにBADENDの末にリセットボタンが用意されていればいいんだ。


 でも、どうしてだろうか。


 そんなスイッチはもう二度と現れないような気がして俺はその場で床を見つめるのだった。

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