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第十話 とある天使と高校生①

 俺が朝日に目を細めながらBLゲーム『ラブ☆エン』のパッケージを見ていると、とある一文が気になった。


 ※このゲームは貴方の行動次第で運命が変わっていくマルチエンディングストーリーとなっております。


 よくあるシュミレーションゲームの謡い文句だ。けれども、なんとなく今の俺と被る部分があって、続きの文章を読んでみる事にする。


 ※貴方が選択した未来によって、キャラクターたちの運命はどんどん変わっていきます。このままだと、実験施設に閉じ込められ、研究対象となってしまう天使、レズベルトを救いつつ彼のハートをキャッチする事があなたにはできるでしょうか!?


「って、この天使、思いのほか過酷な運命背負ってた!!!」


 更に、説明文は続く。


 ※天使レズベルドの他にも、病気を患っている同級生、学校の期待を一身に受けるサッカー部の部長、近所のカフェで働くお兄さんなどそれぞれに悩みを抱える美男子が勢ぞろい!好みの人を救って仲良くなっちゃおう!


「……これって、そもそもはそう言うゲームなのか……」


 周りの人を助けながら……好きな人も攻略して……。

 それが、シュミレーション出来れば……現実世界で何かの役に立つだろうか?

 今の俺はただ楽に告白を受けて、元の運命に戻すと言う事だけではなく、死んだあと地獄に落ちないために善行を積むというミッションがある事を忘れてはならない。いや、できればたくさん善行を積んで死なないという運命を辿りたい。


 チラリ、俺は時計を見ると朝起きたのが割と早かったのかまだ6時50分。

 授業が開始される8時半までまだ1時間40分もあるのだ。

 制服に着替えて、宿題をやろうと思っていたが……


 祈里、わりぃ。今日はぎりぎりまでこのゲームをしてみる事にする!!


 そう意気込んだ俺は先ほど切ったゲームのスイッチを再度付け直すのだった。



 ◇◇


 キーンコーンカーンコーン


 聞きなれた朝のチャイムを俺は走りながら耳にすることになる。


(ヤバイ! 遅刻だ!! ラブ☆エンに気を取られてついつい時間を忘れてしまうなんて!!)


 階段を走り抜け、右に曲がると……あった!我が教室!!我が後ろの方のドア!!!!


 --ガラガラッ!!


 俺はドアに手を掛けると勢いよく横に引いた。教壇から俺の方を物珍しそうに担任の今田がじろりと見る。


「セーフ……?」

「どこをどう見たらセーフに見えるんだ。アウトだぞ?」

「はぁ……やっぱり、ダメですか……?」


 少し上目遣いで今田を見ると、今田は困ったような顔をした。


「まぁ、お前が遅刻だなんて初めてだしな。今日の所は許してやろう」

「先生、ありがとうございます!」


 お? 今なんか良い感じに事が進んだぞ?と首を傾げつつ、はぁはぁと肩で息を切らせて俺はドカッと自席に座った。


 相変わらず仲良しこよしの机である前楽とメズルフが怪しげな表情でこっちを見ている。そりゃぁ、そうだろうな。祈里が遅刻をする姿なんて俺は一回たりとも見たことがない。ドカッと椅子に座ったのもよくなかっただろう。女の子らしさのかけらもない行動に前楽は一瞬目線を逸らした。


「おはよう、二人共」


 それでも、俺は息を整えつつ二人に挨拶をした。


「おはよう、祈里。祈里が遅刻だなんて珍しいな」

「私が家を出た時には、もう起きているようだったのに何をしていたんですか?」


 二人が口々に聞いてきて俺は困った顔で笑うしかできなかった。


「に、二度寝しちゃったみたいで……あはは」


 適当な言い訳でここは難を逃れよう。


「ふーん、まぁそう言う事もあるよな。俺は結構あるし」


 楽はそう言って納得してくれているようだったがメズルフの視線は痛い。

 俺は話題を変えようと少しだけ考えた。何を話題にすればいいのか困っていると、脳裏にあの言葉が浮かんできた。


 ※貴方が選択した未来によって、キャラクターたちの運命はどんどん変わっていきます


 そうか、今のこの瞬間を恋愛ゲームに置き換えて考えるんだ。今メズルフと楽が付き合っていて、別れさせて、俺と付き合えって言いたいんだから……まずは二人の様子を伺ってみるかな?

 えっとじゃぁ……そうだよ! こいつら今日から二人で登校することにしたんだった。


「そう言えば、今朝はどうだった? 二人で登校したんだよね?」


 不自然にならないように俺は日常会話のようにそう聞いた。

 すると、その会話を待っていましたかのようにメズルフは目を輝かせる。


「ふふっ!よくぞ聞いてくださいました!!」


 おおっと、いきなりアホ天使のテンションが上がった。これはもしかして楽しくて自慢したくてしょうがないテンションなのではないか!? だとすると、相当ヤバい。取り付く島が無くなってしまえば、元の運命に戻ることは敵わなくなってしまう。


 そうなればどうなる?


 俺がもし善行をたくさん積んで生き延びられることが出来たとして、彼女は祈里ではない。メズルフという最悪の悪夢となってしまうのだ。

 それだけは絶対に避けなくてはならない!!


「楽さん、寝坊して、結局私ひとりで登校したんですよ!? もう、30分待ち合わせした公園前で待ちぼうけ!! ギリギリのギリギリまで待ったのに!!!」


 その言葉を聞いて俺はメズルフに心の底から謝った。悪い、メズルフ。それが俺だ。


「わりぃ! メズルフ! それが俺って奴だ!」


 同じ言葉を口にしてはいるが、対する前楽は悪気無さそうにけらけらと笑う。


「もう、信じられません!! 初めて一緒に登校をするって話だったのに、すっぽかされるとは思いもよりませんでした!!」

「だから、悪いって! 謝ってるじゃないか」


 少し困った顔で前楽は言うが、どう考えてお俺が悪いのは明白な事実だった。


「祈里さんが入ってくる1分前くらいに楽は到着。早起きしてワクワクしていた私がばかみたいじゃないですか!」


 メズルフはぷんすかと怒った顔で楽を睨んだ。

 思いのほか、可愛いな。と、本業天使のむくれ顔を俺はじっと見つめた。

 それは前楽も同じようで、二人して間に座る天使ちゃんを眺める。


 その時だった。


 --カタン


 また、手のひらの中で音がしたのを俺は感じた。

 メズルフも気が付いたのか、目を数回シパシパとさせて俺の顔を覗き込む。


「……!?」


 メズルフが良い笑顔だ。針が動いたことに気が付いたのだろう。

 そう言えば、メズルフには針が動いたこと言ってなかったな。

 今の音が赤いゾーンを抜けたのか、はたまた元に戻って一番端っこへ行ったのか。

 俺はなんとなく嫌な予感がして目を細める。


「あ、あの。祈里さん。ホームルーム終わったら、ちょっと一緒にトイレに行きませんこと?」


 なんとなく緊張しているような固い口調でメズルフが俺を見る。


「いいよ。丁度、行きたかったから」


 俺は一先ずその確認がしたくて、メズルフの誘いを受けるのだった。

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