第九話 打算的戦略と筆談ノート③
心地よい朝日に包まれて俺は目を覚ます。
どうやら、突っ伏したままキッチンで寝ていたようだ。夕方から寝続けて、朝まで目を起こさなかったのだろうか?書いた交換ノートはどうなっただろうと、体を起こすとそこには交換ノートは無かった。
俺は首を傾げる。確かにノートの上に突っ伏したと思ったが?
慌ててあたりを探すと丁寧にも俺の真横には朝ごはんと、そのお盆の隣にノートとペンが綺麗に並んでい置いてあった。ノートが無くなっていたのは、祈里の仕業だな。しっかり者の祈里らしい配置に思わずくすりと笑ってしまう。
早速、俺はその朝ごはんを手繰り寄せると、朝ごはんの香りを肺いっぱいに吸い込んだ。
今日の朝ご飯は、豆腐のみそ汁とごはんそれから鮭に小松菜。祈里お手製の、朝の定番メニューだった。
「おいしそう。いただきます」
手の平を合わせ食事と作ってくれた祈里に感謝の意を表した後、俺はご飯を堪能した。
俺が祈里の体を乗っ取ってしまってからもう1週間が経過している。それなのに、祈里は毎日欠かさずにご飯を用意してくれているのだ。俺はその事に温かい気持ちと感謝を感じながら、今度はごはんの隣にある交換ノートを手に取った。
【俺の事どう思うって……それを直接私に言わせる気? もう、恥ずかしいなぁ。私はまだ、楽と付き合ってない世界の祈里だって事忘れないでよね】
冒頭部分は結構ご立腹の様子だった。そう言えばそうだ。俺から告白も受けて無ければ、ノートに書いたデートした記憶だってないだろうし。
『告白されてない』を繰り返し書いて来る辺り、結構気にしているんだろうな。まぁ、俺の所為で告白が失敗に終わり、ついには、メズルフと付き合う事になってしまったんだ。無理もないだろう。『告白されてない』のリピートは罪悪感を感じる物だった。
【でもね、……本当の事を言うと、私は楽に話しかけられることがそもそも嬉しかった。遊びに行けるってなったら嬉しくてその日一日は舞い上がってるくらいだったよ?】
「話しかけられて、嬉しい……。遊びに行ける時に舞い上がる……?」
知らなかった。そして、そのワードに口角が上がりっぱなしでニヤニヤとしてしまう。その顔は誰かに見せれたもんじゃない程、鼻の下が伸びていただろう。
【だからさ、私を演じるならちゃんと私になり切ってよね。それじゃないとメズルフに楽を取られたまんま終わっちゃうよ? 頑張って、楽を攻略、してみせてよね! それじゃ、またねー!】
最後は明るく締めくくられていた。
「……わかったよ、祈里。ここで俺が挫けたら祈里の未来だって変わっちゃうからな」
世界が滅亡したら、祈里が住む場所さえなくなってしまうのだ。それだけは絶対に避けたかったし、俺自身できれば生き延びたい。
「……そうだ!! あの針どうなったんだ……!?」
昨日楽と二人きりで玄関で話をしていた時に何故か手の中からカタンと言う音がした。
その音は前楽も聞いているほど大きい音だった。
俺は薄々感づいてはいたのだ。
その音が何なのか、を。
俺は慌てて手のひらを合わせて【正道の天秤】を出現させる。
昨日は疲れてそのまま眠ってしまったが、あれはきっと天秤の針が動いたに違いない。
そう思い冷や冷やした気持ちで天秤を見つめた。
「あ!!!」
この間まで振り切れていた針が赤い部分の中央程まで移動している。
「これは……やっぱりこの天秤の音だったんだ」
それでも世界破滅ゾーンから脱し切れていない。このままでもまだ駄目だと言う事だ。
「それにしてもなんであのタイミングで針が動いたんだろう?」
楽と話をしていただけだった。
確か……『メズルフが楽の事を好いているのは誤解だ』って話を懸命にしていた記憶がある。むしろそれ以外に何もしていないのにどうしてあの時に針が動いたのだろうか?
俺は天秤を消して、腕を組んで首を傾げた。
「わかんね……一人で考えても埒が明かねぇ」
一瞬メズルフに声をかけようかと思ったが、昨日の今日だ。
正直声をかけずらいと思っている。
朝は楽と一緒に学校へ行くとかも言っていた。
「はぁ……俺も学校行こうかな……」
そう言ってキッチンから移動しようとしたその時、何やら遠くの方で音がするのを聞いた。
この音は昨日聞いたばかりの音だ。
俺は音がしているリビングへと向かった。
「あ、そっか。昨日打ち切るように解散したから……」
そこには件のBLゲームが付きっぱなしになっている。
あれから誰もリビングに行かなかったからだろう。
「……俺が……俺を……攻略……?」
祈里の文章を反芻するように俺はその言葉を口に出す。
「……そうすれば、元の状態には戻る。」
世界の滅亡だってこのままじゃいけないのに、あのアホ天使は矛盾さえ起きなきゃいいと思ってやがる。けれども、先ほど見た天秤の針は赤の滅亡ラインにあるままなのだ。
「……もう、こうなったら俺がやるしか、ないんじゃないか?」
ある種の決意がみなぎった。
「……教えを乞うてみるかな、これに……」
学校へ行くため、スイッチを切ったBLゲームのパッケージを俺はまじまじと見つめるのだった。




