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第九話 打算的戦略と筆談ノート②

 愁いを帯びた表情に何も言えないまま俺はメズルフをじっと見た。

 言わないで欲しいと言う事は、それなりに天使だとしても俺を死に追いやるのは辛いと言う事なのかもしれない。なんて声をかければいいか迷っていると、メズルフはパッとこっちを向いた。


「それにですね?」

「それに?」


 一呼吸おいてメズルフがにこりと笑う。あぁ、いつものアホっぽい笑顔だ。安心したような不穏なような複雑な面持ちで言葉の続きを待つと、メズルフはけらけら笑いながらこう言った。


「お付き合いをするって体験、天使の私じゃできませんからね!! せっかく人間として生活させてもらってるんです。体験してみない手はないでしょう!?」

「オイ待て!! そっちが本音じゃねぇか!?」

「そんなことないですって! 本当!! 本当に!! 私は崇高な天使メズルフですよー?」

「いや、崇高な天使様は人間の生活に便乗して恋愛ごっこをしたいなんて言わねぇから!!」

「あー!! ごっことは何ですか、ごっことは!! これでも真剣に、お付き合い体験をしてみようと思ってるのに!!」

「馬鹿なのか!? その相手って……俺だからな!?!?」


 そこまで言って俺はハッとなった。そして、メズルフもハッとなったのだろう。なんだか変な空気が流れてしまい、お互い数秒黙ってしまう。


「と、と、とにかく!! 私明日からは楽と一緒に学校行くことにしたので、『祈里さん』はご自身で学校へ行ってくださいね!」

「へいへい。ご自由に」


 照れたのか、なんなのか知らないが、メズルフはそう言い残すとそそくさとその場を後にした。アイツだけは何を考えているのか最初から最後まで分からない。


「矛盾を起こさないようにするのが、私の天使としての務め、だなんて言って。結局俺を殺すために動いてるって事だろ? 酷い話だよな……このままじゃ俺は俺を見殺しにした上に……」


(地獄に落ちるのか?)


 善行を積んで死の運命を逃れるという当初の目的をまるで忘れていた。

 このままだと俺は俺を殺したうえで地獄に落ちる。


「……やべぇ」


 そもそも善行ってなんだ? 人に感謝されることとか言っていた気がする。じゃぁ、どうやって感謝されればいいんだ!?


「だぁぁぁ!! もう!! そこまで、頭まわらねぇよ。ただでさえ、あのアホ天使が俺と付き合い始めちまったのに……」


 考えなきゃいけない事が山積みで俺はまた、しんどい気持ちでいっぱいになる。今の俺の本当の味方になってくれるのはきっと祈里だけだった。


「そうだ。交換ノートに今日のことを書いておこう……」


 交換ノート。


 それは俺が寝ている間だけ活動することが許された、祈里と、俺の交換ノートだ。

 最初はメモ帳の裏に祈里が書いてくれていたメッセージ。


「祈里、俺の事、どう思う? 俺は俺の考えていることが分からなくなっちゃったんだ」


 そう、わからなくなった。俺は自分自身だと思っていた。見た目はまるで俺だし、思考回路だって似てる、というか同じだと感じることが殆どだ。それなのに、今日はメズルフに告白をした。理由が解らなかった。


「俺、アイツがメズルフに告白した時に、自分の都合の事しか思いつかなくてさ、止めることが出来なかった。本当だったら祈里ともう付き合い始めて1週間記念で一緒に喫茶店に行った日だった。一週間で記念日なんておかしいだろ?でも、祈里が『記念日を大事にするのって良い事だと思う』っていうから簡単に乾杯をしに行ったんだよ。それなのに……全然違う一日が待っていた」


 それなのに、アイツは祈里じゃなくてメズルフを選んだんだ。


「なんか、疲れたな」


 そこまで書いて俺はキッチンから外を見た。まだ夜にもなっていない、夕暮れ時の真っ赤な日差しが差し込んでくる。だんだんとその赤が夜の色と混ざり合う不思議な色の空が広がっている。


「……眠たく、なってきた」


 俺は祈里へのメッセージを書いたノートを閉じるとその上に覆いかぶさるように机に突っ伏した。

 色々な事が一度に起こりすぎて俺の頭はパンク状態。

 一度、休息をとる必要があった。


 徐々に赤い夕焼けが夜に染まる頃、俺の意識は深い深い眠りへと誘われていくのだった。



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