第八話 救世主とマル秘事項⑥
「ちょ、ちょっと待って!?」
俺は流石に前楽とメズルフの間に立ち塞がった。どうしてそうなるんだ、俺は祈里の事が好きだったんじゃないのか? ちょっと気のある振りをされたらそっちに気が言ってしまうような軽い奴だったのか!?
心の中がグルグルと渦を巻いてどす黒い感情で覆われていくのを自分でも感じる。
今の俺はいったいどんな顔で前楽を睨んでいるのだろうか。
「なんだよ、祈里?」
なんだよと聞かれて俺は祈里としてなんていえばいいのか分からなかった。ただ、悔しい気持ちがぐしゃりと込み上げてきて、俺が俺に裏切られたような気がして。
「だ、だって……その……」
「……?」
「なんでも……ない……」
お前は『祈里』が好きなんじゃないのか?とは聞けない。言えない。
前楽の顔を見続けることが出来ずに、俺は地面に俯くしかできなかった。
俺が黙ったのを確認すると、前楽は改めてメズルフに向く。
告白を受けた本人は何を言われたか分かってはいるだろうが、どう答えればいいのか分からずに固まっているようだった。
「で、メズルフ。どうなんだ?」
「ふぇっ!?」
「祈里に告白をしようとしたあの日、祈里に『俺の事が好きだ』って言ってたんだよな?」
「……え、ええ」
「なら、付き合ってみないか? 日本にはあと3週間しかいないんだろ?」
「そうです……けど」
メズルフが俺の事をちらちらと見ているのが解る。
けれども俺には今、メズルフの助け舟を出せるほどの余裕も、いい案もなかった。
メズルフはたまらずに真心の方を向いたようだが、真心は肩を一度すくめただけ。
いよいよ困り果てたメズルフは、弱弱しい声を出す。
「い、祈里さんに悪いです……」
精一杯の作り笑いで、言ったセリフがこれだった。
「そんなことは無いと思うぞ」
「……!?」
振り絞ったであろうメズルフの勇気を、一瞬で前楽は否定しやがった。どうしてそんな所だけ自信満々なんだ俺の馬鹿!!
けれども、前楽は俺の想いなんてまるで関係なく話を進めて行く。
「祈里はメズルフに気を使っているんだ。お前を傷つけないように振舞ってる」
「そうなんですか?」
「ああ。気を使い過ぎて普段とかなり様子が変になってるくらいなんだ」
「……え?」
「きっと、メズルフが俺の事を好きって言ったからだ。お前は知らないかもしれないけど、祈里はもっと優しくて、おしとやかで、上品な女の子なんだ。今は無理して変に装ってるだけだ。だから……」
前楽は真剣な顔でメズルフにそう言った。ここ一週間で俺が変な理由を俺の中でそう結論付けてしまったであろうバカな奴。だけどそれでどうしてメズルフと付き合うという突拍子もない行動に出るんだ。
「え!? マジで言ってるの?」
「ああ、本気で言ってる」
ようやく真心が事の重大さに気が付いて声を上げた。こうも、堂々と告白をしたともあって、ふざけていると思っていたのだろう。けれど、俺は俺だから分かる。こいつは本気の顔だ。
真心は俺を心配そうな目で見てきたが、俺もどうしたら良いのかまるで分らない。
「え、祈里は……祈里はそれで良いの?」
「……」
俺は祈里じゃないから、本物の祈里じゃないから何も言い返せない。つじつま合わせだけでこいつと付き合おうとしている俺には、いい訳がないのだけは分かるが、何をどう言ったら分からなかったのだ。世界が崩壊するから私と付き合って?それとも、本当は祈里と付き合うはずだったんだよ?
どれも、これも、俺の都合であって、祈里の言葉じゃない。良い言葉がまるで見つからずに俺は結局押し黙って床を見つめたままになってしまった。
「良いも悪いも、俺とメズルフの事だろ」
「だけどさ! 祈里の気持ちだって考えなよ!?」
「考えた結果だよ」
「え……?」
真剣な前楽の眼。その眼差しに真心も気圧されてしまう。
すると、メズルフが一歩前に出た。
こいつが断ればすべて丸く収まる。そう、それだけのはずなんだ。だって、事情を全て知っているのはメズルフも一緒だ。けれども、なんて言って断るつもりなんだ?
俺はまじまじとメズルフを見た。
真心も、そして、前楽もメズルフの言葉を待った。
「……いいですよ」
メズルフが首を縦に振った。
「その申し出、承ります。お付き合いしましょう、楽」
「……え?」
メズルフの回答が信じられずにメズルフを見る。すると、メズルフはまっすぐに前楽を見て俺なんか見向きもしない。
嘘、だろ?
「決まりだな? じゃぁ、今から俺ら付き合ってるって事で」
「解りました。よろしくお願いします」
かなりあっさりと、告白は成立した。
完全に俺を……いや、祈里を出し抜く形で、メズルフと俺は付き合う事になったのだった。




