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第八話 救世主とマル秘事項④

 意気揚々と、部屋へ入った前楽が一瞬で凍り付いたのを俺は見た。

 流石に、どうなっているのか一応確認しておくべきかと思って同じく凍り付いている、メズルフの事をちょっと右にずらして俺はドアを全開にする。


 そこはめくるめく男色の世界。

 綺麗なお顔の天使(♂)と大学生(♂)が頬を赤らめて接吻を交わしていた。

 その表情は扇情的でお互いが愛し合っているのは一目瞭然だ。

 なんなら大学生の着ているYシャツは半ばはだけていてそこに天使が手を入れている。


 ああ。うん。こういうのだよね。俺らがしていたゲームって。

 あれ?軽めの物って言ってませんでしたか、真心さん。

 と真心を見るも、急に入ってきた前楽をこちらも同じく凍り付いた表情で見ていた。

 もちろん、前楽も相変わらず自分が何を見せられているのか混乱しきって硬直している。


 どうしてくれるんだ、この雰囲気を。

 静まり返る事数秒。

 先に沈黙を破ったのは真心だった。


「……ちょ、ちょっと!? メズルフ!? なんで楽を呼んだのよ!?」


 慌てた真心の声が響いた。当然の反応だろうな。青ざめていた顔は一周周って赤くなり、怒っているのか照れているのか分からない。口調から察するにメズルフへの怒りで9割だろうが。怒られて飛び跳ねたアホ天使は首をぶんぶんと横に振っている。


「ご、ごめんなさい! 間違って、つい『楽』って呼んじゃって……!!」

「あんたね~!」


 申し訳なさそうにメズルフが真心に両手を合わせて謝った。今のも危ない発言だったと、俺は内心冷や冷やしているが、偶々会話が成り立っている。逆に今口を挟まないほうが良さそうだ。


 二人の様子に徐々に前楽は状況を理解し始める。まず、自分がなぜ立ち入り禁止にされていたのか。そして、何故メズルフが真心に泣きついたのかも。


「あ、あのさ。もしかして、さっきはこのゲームの事で泣いてたのか?」

「へ? そうですけど?」

「じゃぁ、俺がこの間キツイ態度をとったから、傷ついたって話は……?」


 そう、この男の中でメズルフは傷ついた可哀そうな留学生。


 その話に合わせて欲しい所なんだが、メズルフに俺のテレパシーが届く方法なんて存在しない。何の説明もなしに真心と楽を連れてきたのはやはり無理があったよなぁ。

 だって、ほら、目の前のアホは俺の表情を確認することなくヘラヘラと笑っている。


「ないない! 全然! あの程度で傷つくわけないじゃないですかぁ!!」

「いや、少しは傷つけ。むしろ強引に告白させようとしたことは反省して!?」

「おい、真心? これはどういう事だ?」


 次に前楽は真心に睨みを利かせた。真心は肩をビクッと震わせる。


「し、知らないわよ!! 私は祈里が『この天使が塩対応の楽に似てるから』躍起になってるって聞いたから、てっきりそう思ってたのよ!! ね、祈里?」

「ええっ!?」


 前楽はぐるりと180度体をこちらに向けて俺を睨む。何故こうなる、何故こうなるんだ!?


「祈里が元凶か!?」

「げ、元凶!? いや、嘘は言ってない!! メズルフはこのゲームの天使が楽に似てるから攻略しようって言って聞かなかったんだよ!!」

「待て、なんでこの男同士でラブラブしている奴と俺が似てるんだ!?」

「そこは、ほら。真心が貸してくれた恋愛ゲームがたまたまBLだったって言うか……」

「ちょっと、祈里! 何ばらしてるのよ!?」

「あ、ごめん!!」

「そうですよ! 『祈里さん』にプレイしてもらおうと思って借りたのに!! なんで私が躍起になってたんですか!?」

「それは知らねぇよ!!」

「祈里どういう事なんだ?」

「ねぇ、祈里? どうしてくれるの!?」

「ちょっと、祈里さん!?」 


 3人が声を合わせて俺に迫ってきたとき俺の堪忍袋の緒がプツリと切れた。


「うるさあああああああああい!!!」


 渾身の大声が部屋に響くと、前楽も真心もメズルフも目を見開いて押し黙る。


 聞いたことのない祈里の大声に前楽も真心も驚愕しているようだった。

 つい、大声を上げてしまったが、祈里はそんな事をする子じゃない!


「一回、落ち着こう?お菓子、出すよ?」


 精一杯の笑顔で俺は皆にそう言う。取り繕った笑顔は相変わらず歪んでいるだろう。祈里のような可愛い笑顔は祈里にしか作れない。


「ねぇ、祈里?」

「な、何? 真心?」

「最近、変だよね?」


 真心の一言に俺の心臓が飛び跳ねる。


「真心もそう思うか? 変だよな、最近」

「そんな事ないよ? 変なこと言わないでよ」

「いいや。変だ。まるで別人になったんじゃねぇかってくらい」

「べ、別人!?」


 これは困った。前楽と真心の疑心の目が俺に向いている。

 祈里の中にいるのが俺だなんてバレたら……もう、この場で世界が崩壊するかもしれない。

 冷や汗が、頬を伝ったのを俺は感じた。


「二人共何言ってるんですか? じゃぁ、ここに居る祈里さんはいったい何だって言うんですか?」


 メズルフのケタケタとした笑い声が響いた。小ばかにしたようなその笑いに、前楽と真心は我に返ったような顔をする。


「まさか、祈里さんの中に誰かが入れ替わったとか言い出すんじゃないでしょうね? ゲームの世界じゃあるまいし」

「……まぁそうだよな。急に変わったからって……物語の世界じゃあるまいし」

「ゲームのし過ぎかな? 祈里も、私も、ね。変なこと言ってごめんね?」

「あ、あはは。びっくりしちゃったよ、うん」


 俺はメズルフをキョトンとした顔で見た。

 それに気が付いたメズルフは珍しくウインクなんて返してくれる。


「さぁ、おかし食べましょうよ!! みんなで食べれば美味しいですよ!」

「そう……だな」

「ええ。食べましょう!」

「で、何あるの?」

「ポテチとえびせんだよ!」

「いいね! じゃぁ、それ食べながら、ラブ☆エンの続きしようか!」

「待て、それは俺のいない時に勝手にやれよ! 食欲失せるわ!」

「そんなこと言って、これを機に目覚めちゃうかもしれませんよ!?」

「目覚めねぇから!!」


 たわいもない日常会話に戻って行く事に俺は心底胸をなで下ろした。

 まさか、俺があのアホ天使に助けられる日が来るとは……ね。


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