第190話 法術師のミイラ
「そうね、それが制御できる力ならと言う限定がつきますけど。そしてようやく先ほどのミイラに話が戻るわけです」
紅茶のカップを置く茜。彼女はラーナから携帯端末を受け取った。
「これを見ていただけます?」
そう言って茜は3Dモニターを展開した。そこには鎖につながれ、頭に袋をかけられた半裸の男が立っていた。良く見ればその男の後頭部から太いコードが延びている。さらに体中に電極のようなものが部屋の四方へと伸びていた。
「一瞬ですから、見逃さないように」
緊張感のある茜の声。しばらくぐったりと吊り下げられていた男が痙攣を起こした。そしてすぐに周囲が赤く染まり、次の瞬間には男が釣り下がっていた場所には細いなにかがぶら下がっていた。
「人工的に法術暴走を起こさせたか……」
カウラの一言に誠は動くことができなかった。目の前にあるのは作り物だと思いたかった。だが、目の前の画像では顔を見れないように加工された白衣の人影が中央の何かを触りながらお互い手元の計測機器をいじっている様子が映った。
「こんな実験が……」
「映像は東和陸軍技術部の提供ですが……」
「馬鹿、これに映ってるのはオメエの親父じゃねえか!東和陸軍が秘密裏に米軍と取引して手に入れたんだろ?極秘事項ちゅうの極秘資料だ。米軍もまさかこんな非人道的なことを『自由と民主主義』を看板にしている国がやってるなんて言えねえからな」
そのかなめの言葉に誠は呆然とした。目の前の3D画像の中の白衣の人々が何かに握られているとでも言うようにもがき始める。腕は不自然に曲がり、首がポロリと落ち、胴がちぎれて鮮血が画面を覆った。
そしてそこには黒い煙を上げながら次第に立ち上がろうとする先ほどの男、その顔は嵯峨惟基以外の誰でもなかった。
「アメリカ陸軍の実験部隊のデータの伝聞の伝聞ってことからってことは証拠性はゼロってことか。でもまあそれを知った上でもこれをマスコミにでも見せたらそれなりに大変なことになりそうだな」
停止した画像に映る嵯峨の表情にかなめは苦笑いを浮かべてつぶやいた。
「でもこれは人工的に暴走を引き起こしたわけで……」
「同じ条件が日常生活や任務中などに発生しないと言う保障はおありになるの?」
茜の言葉に誠は黙り込んだ。
「おい、なにやってんの?」
誠が振り向くとそこにいつの間にか嵯峨がいた。茜が厳しい視線をラーナに投げるが、きっちり鍵を閉めたと言うようにラーナが首を振る。そんなラーナの肩を叩くと嵯峨は歩み寄ってきた。
「なんだこれ?……東和陸軍か。あいつ等からの情報は証拠に使えねえよ。司法関係者にとっては証拠性の無い情報は単なるデマだ、騙され……」
「でもお父様!」
目の前の自分のかつての姿に嵯峨は苦笑いを浮かべた。
「あの、法術暴走の……」
「気にすんなよ。禿るぞ。それに俺等は司法官吏だ。証拠にならねえものはすべてデマ。そう考えるようにしておくもんだ。法術暴走なんて言うのは地球人で言えば癌と一緒だ誰にでも起きる可能性がある病気みたいなもんだ。そんなものの心配をしていたら日常生活なんて送れもしないね」
誠に取り合うつもりも無いというようにそれだけ言い残すと、嵯峨はいつの間にか開いていたドアに向かった。そこにはアメリアの心配そうな顔があった。
「ああ、そうだ。茜よ。その報告書のことで秀美さんが重要な話があるんだそうな。第一会議室が空いてるからそこを使え」
第一会議室。司法局実働部隊の隊舎で一番セキュリティーのしっかりした罰書。そこを使うと言うことはそれなりの機密性の求められる会合であることを示していた
「分かりましたわ。ラーナ、行きましょう」
そう言うと茜は目の前の画像を消して立ち上がった。
「ずいぶんと中途半端な話になっちまったな」
かなめの言葉に出口で立っていた嵯峨が目を向けた。
「要は気合だぜ。意識が勝ってれば暴走は起こらねえよ。実験台として何度も法術暴走を繰り返した俺の経験則だ、それなりに信用できるだろ?」
そう言ってそのまま嵯峨は隊長室へと向かった。
「ちょっと新藤さんが時間をくれってことだから今日の撮影はさっきので終わりよ」
入れ違いにアメリアが顔を出してきた。その顔を見てかなめは握りこぶしを固めた。
「殴って良いか?カウラ、あいつ殴って良いか?」
アメリアをにらむかなめ。そして立ち上がろうとするかなめをカウラは目で制した。誠もなんだかいつもの日常に率い戻されたように苦笑いを浮かべた。
「カルビナ巡査!早くしろ」
アメリアを押しのけて顔を出した安城の言葉で茜が手を早めた。
「あのう、西園寺さん……」
「分かったよ!とっとと寮に戻るぞ」
そう言ってかなめは後頭部に手を当てながら立ち上がってそのままアメリア達のところへ向かった。
「隊長のお墨付きだ。さっきのことは気にするな」
自分の言葉が何の慰めにもなっていないことを分かりながらカウラは言葉の無い誠の肩を叩いた。




