第173話 晩御飯と言うことで
『それじゃあここまででいいわ。後は新藤さんの腕で何とかしてもらえるでしょ?それより晩飯にしましょうよ』
その一言で画面が消えた。誠は起き上がって周りを見回した。周りの人々は手を伸ばしたり首を回したりしながら立ち上がった。
「そう言えば、皆さんにお弁当を作ってきたのよ。この前はおはぎを作りすぎちゃったみたいなんで、今回は適当な量を用意しましたから」
そう言うと春子は着物の袖を握りながら部屋の隅に走った。
「いつもすいませんね。お礼は?」
嵯峨はアメリアに対するのとは違って春子に対しては空気を読んだ対応をした。
『ありがとうございます!』
嵯峨の合図に一同が春子に頭を下げた。
「いえいえ、今日はルカさんも手伝ってくれましたから」
そう言って照れ笑いを浮かべるルカ・ヘス中尉の手でまた重箱が広げられた。
「おいしそうだね!」
「師匠も一緒に盛り付けやってたじゃないですか!」
小夏はつまみ食いをしようとするサラの手を叩いた。
「へえ、サラも手伝ったのか。これおいしそうだな」
そう言って紙皿を配っていたパーラから皿を受け取ったランが手を伸ばした。
「じゃあとんかつを行くぜ」
「ランちゃんそれとんかつじゃ無いよ!」
同じく皿を受け取った小夏がいなりずしを皿に乗せながら、衣の付いたどう見てもとんかつにしか見えないものをつかんでいるランに言った。
「おい、どー見たってとんかつ……ああ、あれか」
ランはそう言うと皿に乗せたとんかつをそのまま会議室のたたんだテーブルに置いた。
「もしかしてイノシシ?」
誠の言葉に春子は大きく頷いた。
「かえでの趣味って奴か……アイツも最近人手不足の猟友会にはコネクションが出来てるからな。春子さん、かえでの奴、何キロくらい持ち込んだんですか?」
嵯峨はそう言うとランがようやく決意が付いたように皿を取り上げるのを見ながらイノシシのとんかつをつかんだ。
「だいたい今回は20kgくらいじゃないかしら。なんでも数頭捕れたうちの一番おいしそうなロース肉だけ選んでいただいたんですって。本当に助かるわね」
春子は嬉しそうにそう言って笑った。
「好きだよねかえでさんも。狩猟って銃の管理とかで結構お金がかかるって話ですからね。さすが甲武貴族。趣味のレベルも違うわけですね」
誠はそう言うととんかつに箸を伸ばした。春子に合わせて小夏もとんかつに箸を向けた。
かえでは狩が得意なのは有名な話だった。非番の時には猟友会のオレンジ色のベストを着て副官の渡辺リン大尉を従えて豊川の町のはずれの農村へ向かった。近年の耕作地の放棄と山林の管理不足からイノシシがこの豊川でも問題になっていた。
春子の『月島屋』には時々かえでが狩った猪を持ち込むことがあった。先月も今年の初物と言うことで実働部隊主催の牡丹鍋の会を開いて誠はそこでイノシシの肉を食べたのを思い出した。
「どうですか?かなめさん」
野菜に嫌いなものが多いかなめは早速ソースをリアナから貰ってイノシシのとんかつを頬張っていた。
「ちょっと硬いけどいいんじゃねえか?野生動物は狩った後の処理が大事なんだが、かえではそう言うことは上手くやるんだよな。まあ、甲武の場合自然動物なんて居ないから貴重な獲物を大切に扱う傾向にあるからな」
そう言ってかなめは今度は重箱の稲荷寿司に手を伸ばす。誠もそれを見てとんかつに箸をつけた。
「野菜も食わないと駄目だよー」
相変わらずの間の抜けた声で嵯峨が蕪の煮付けに手を伸ばした。それは明らかに春子の手作りのようで、優しげな笑みを浮かべながら彼女は嵯峨に目を向けた。
「お茶!持ってきたわよ」
そう言いながらポットと茶碗などをアメリアが運んできた。ついでにこちらの様子を伺いに来たかえでとリンがモノほしそうに重箱を囲む誠達を覗いていた。
「おう、かえで。旨いぞ。食えよ」
嵯峨のその声と、柔らかに笑う春子の姿を見てかえでとリンも部屋に入って来た。
「はい、お皿」
そう言って小夏が紙皿を二人に渡した。
「お姉さま、このカツはおいしいですか?お姉さまと『許婚』である神前曹長の事を思いながら仕留めたんです……ああ、僕も神前曹長の立派なモノに仕留めてもらいたい……」
そう言ってかなめと誠を見つめて微笑むかえでだが、かなめは無視を決め込んだ。誠はと言えばこういう時は愛想笑いを浮かべるのが一番だと学習していた。
「引き締まっていて味が濃いな。豚のカツも良いがイノシシのにもそれなりの味があるぞ」
カウラの言葉に頷くとかえでは箸をイノシシカツに伸ばした。
「それにしても本当にできるんですか?映画。なんか、あっちこっち破綻していて見るに堪えないものが出来上がりそうなんですけど」
そう言った誠をアメリアが怒気をはらんだ目でにらみつけた。
「いえ!そんなアメリアさんを疑っているわけじゃ……だって僕が出た場面でも相当変ですよ。第一どうせみんな演技なんてしてないじゃないですか!」
「地が出て暴走してるだけってことだろ?」
そう言ったのはサラに自分の分の稲荷寿司ととんかつを運ばせて頬張っている新藤だった。
「そこが面白いんじゃないか。うちの売りは個性だからな。いろいろと変わった連中が出てくる方がうちの宣伝にはなるだろ?」
そう言いながら新藤は休むことなくモニターに目を走らせていた。




