第134話 やはりアジトは喫茶店
『じゃあちょっと待ってね。色々準備が有るから』
そう言ってアメリアの姿が消えた。誠は不安になってバイザーを外してカプセルから身を乗り出した。
部屋を飛び出していくアメリアの後姿が見えた。そして起き上がった誠に気づいてニヤニヤと笑いながら近づいてくるのは小夏だった。
「誠の兄貴、かっこよかったよ。気に入ってもらえたでしょ?アタシのデザイン。ちょっと工夫してみたシルクハットがなんとも個性的でよかったよね?」
小夏はそう言って笑うが、誠は引きつり笑いを返すことしかできなかった。
「あはははは……そうだね……良かったね……」
自分でも明らかに中学生に向けて世辞を言っていることに誠は情けなさを感じていた。
「それにしても映画を撮るのって本当に面白いわね。やっぱり新藤さんはこの関係の仕事に戻った方が良いんじゃないの?こんな楽しい仕事他に無いじゃない……ああ、新藤さんには釣りが有ったのよね。釣りより楽しいことは無いのよね」
同じくカプセルから起きてきた春子が画面の修正をしている監督に声をかけた。
「いやあ、いろいろとしがらみがありましてね、あの世界も。それに司法局との契約の条項の中にいろいろと制限がありまして……なかなか。それに釣りに比べたらこんなことはただの時間の無駄です。釣りこそ一生を賭けるに足る趣味です」
そう言って照れ笑いを浮かべると新藤は再び手元のモニターに目を移した。新藤はどこまでも釣り師だった。
「おう、ワシの出番か?」
アメリアが戻ってきたがその後ろには禿頭を叩いている明石の姿があった。
「でも喫茶店のマスターって似合いすぎますよね、明石さんは」
先ほどのハンター。その正体は機械帝国の脅威を知って戦う喫茶店のマスター。そんなありきたりな設定だが誠はなぜか納得していた。
「なんじゃワレは。ワシは味とか分からんぞ。コーヒーなんぞインスタントしか飲まんからな。むしろ茶と言えば嵯峨の親父の領分じゃろが」
戻ってきたアメリアの言葉を軽くいなすと明石はアメリアが指し示すカプセルに大きすぎる体をねじ込んだ。
「はいはい、小夏!!サラ出番よ!」
鋭いアメリアの言葉に小夏とサラも首をすくめながらカプセルに寝転がる。誠も体を横たえて再びバイザーをかけた。
視界が開けると中には渋い木目調の調度品を並べた喫茶店の風景があった。
『もう少し明るい雰囲気の方が小夏ちゃんには合うんだけどなあ』
そんなことを思いながら誠は喫茶店のカウンターに腰をかけていた。自分の格好を見ると数年前の大学時代を感じさせるさわやかなシャツを着ているのがわかった。こういう役はさわやかな青年が似合うと思っているのでとりあえず笑みでも浮かべようとするがどこかぎこちなくなる自分を感じだ。
『ああ、誠ちゃん似合うわね。いつもこういうかっこうすれば良いのに。いつも野暮ったいパーカー着て……どうせバーゲンで買った安物でしょ?あの四大公家の末席のかえでちゃんの『許婚』なんだから、ねだればブランド物のジャケットくらい買ってくれるわよ、きっと』
アメリアがいつもの誠の残念なまでに野暮ったい姿を思い出させるように言った。
『そうよね。いつかは言おうと思っていたんだけど、神前君は何年着てるの?あのパーカー。ところどころシミが浮いてるわよ』
そう春子に言われると誠もただ苦笑いを浮かべるしかなかった。確かにあのパーカーは高校時代から着ているのでもう6年以上着ていることになる。次の給料で温かいダウンジャケットでも買おうと誠は心に誓った。
「しかし……なんでワシが……」
カウンターの中にはエプロン姿の明石が立っていた。二メートルを超える巨漢が小さいカップを拭いている光景は明らかにシュールだったが、誠は黙っていることに決めた。




