第125話 臨時の助っ人の日常
「おう、元気しとったか?」
そう言いながら急須の茶葉を取り替えてきたアンに続いて明石清海中佐が部屋に入ってきた。その大柄な割にまるで借りてきた猫のようにおとなしく開いていた丸椅子に腰掛けた。
「どうじゃ、神前……だいぶ堂に入ってきたみたいやな。ホンマええこっちゃええこっちゃ」
アンが気を利かせて明石がここに残していった大きな湯飲みに茶を注いでいた。
「そんなこと無いですよ……クバルカ中佐の訓練についていくのがやっとで……最近はかえでさんまで法術格闘の訓練に参加して来るので本当にギリギリの精いっぱいと言うのが現状です」
そう言う誠の言葉には嘘は無かった。柄の悪い小学生にしか見えないランだが、言うことはすべて理にかなっていて新米の自覚のある誠にはその全てがためになるように感じていた。さらに『甲武の鬼姫』の実の娘であるかえでは法術師としては誠よりもさらに上を行き、それまで訓練に付き合ってくれていた嵯峨の娘の茜とは段違いの展開の早さを持ち味にしていて、パワー重視の技が多い誠にとっては超えなくてはならない壁と言えた。
「まあワシは人を鍛えるとか言うことは苦手じゃったからのう。それにワシはどこまで行っても地球人や。法術なんというもんとは全く縁のない人間やからそちらの方の訓練は無理や。その点、ここにはクバルカ先任やかえでや茜が居る。それにアンやいざとなったら隊長まで居るんやで?成長せんでどないすんねん。今がギリギリや?ええやんか。そのギリギリを乗り越えてこそ人は成長するもんやで。明日になってみ、昨日のギリギリが今日の楽勝や。それが訓練ちゅうもんちゃうやろか?ワシも軍に戻ってきてシュツルム・パンツァーのパイロットを始めたころはそうやった。ワシは三十になってからやったから神前よりもっと辛かったで。きばりや」
明石は大きな湯飲みを開いているリンの机に置いた。
「それよりも今の仕事は現場上がりの明石中佐の方が大変ではないんですか?調整担当って同盟軍とか政治部局とかに顔を出さなければいけないわけですから。現場にいるより後方支援の方が気苦労が絶え無くて大変でしょう」
久しぶりの上官の姿に笑顔を浮かべながらカウラが訪ねた。
「そうやねん。ワシは元々現場の方が水が合う質やってつくづく思うとる毎日や。本局は戦場の薄汚い雰囲気とは無縁で居住性はええねんけど、なんか居づらいちゅうかー……何をしたらええかわからんちゅうか……まあ今はとりあえず頭を下げるのが仕事みたいなもんやからな。それにワシはこの身体やさかい皆怖がりよるねん。ワシは坊主の息子やで。大学でも仏教を専攻した仏の道に通じた仏のような人間や。なのにみんなワシを見ると仁王様にでも会うたみたいに震えとるのが嫌でも分かるのが辛いんやわ。もっとまっすぐ顔を見て話をしてくれんとまとまる話もまとまらんで」
そう言って剃りあげた頭を叩きながら明石はいつもの豪快な笑い声を上げた。
「いつも思うんですが……私達、こんなことしていて良いんですか?」
その質問は誠の口ではなくカウラから発せられた。トレードマークのサングラスを直す明石はそのまま視線をカウラに向けた。
「なんでやねん?ワシ等なにか間違うたことしとるか?」
不思議そうにサングラスの中の目はカウラを見つめた。その切り替わりに戸惑ったカウラは誠の目を見た。
「日常的に任務と直接関係ない仕事ばかりやってて……東和軍や警察からいろいろ言われてるんじゃないかって思うんですけど」
誠がそう言うと明石は快活な笑い声を上げた。
「ああ、言うとるぞあのアホ共。田舎で農業や野球やって給料もろうとるとかな。まあそう言うとる奴のどたまぶち割るのがワシの仕事やからな。『特殊な部隊』は警察も軍も対応できないまさに『特殊な事態』に対応する即応部隊や。そんな事件、そうそう起こるわけないやろって。まあ本気では殴らんで。仕事をしとらん無駄飯食いなのは半分は事実なんやから」
「明石中佐。いくら愚連隊時代の血が騒いだと言ってもくれぐれも暴力沙汰は避けてくださいね。」
席からカウラが声をかけた。
「分かっとるわい。これはいわゆる言葉のあや言う奴や。ワシは御仏に仕える身じゃ。暴力なんてもんは嫌いやわ」
そう言い放って再び明石は笑い出した。だが手を出さなくても見たとおりの巨漢。そして勇猛で知られた甲武第三艦隊、通称『播州党』の元エースの明石ににらまれて黙り込むしかない東和軍や同盟の偉い人達の顔を想像すると誠は申し訳ない気持ちになった。




