第107話 始まりの物語
そこには食事を取る小夏達が映し出されていた。
『マジ?あれ本当に旨いの?見た目は完全にアレだけど……それ以前にバーチャルで味って分かるのかな?食べてみればよかったかも』
小夏達がおいしそうに芋虫を頬張る姿に誠は背筋が寒くなった。
「じゃあ行って来るね!」
普段の食事の時と変わらず一番多い量を真っ先に食べ終えた小夏が椅子にかけてあった学生かばんを手に走り出した。
そのまま誠はカメラを移動させて小夏を映す画面を見続けた。
『私の名は南條小夏。遼東学園中等部2年生。どこにでもいる普通の中学生だったんだ』
小夏の声で流れるモノローグ。小夏は陸上選手のようなスマートな走り方ではなく、あきらかにアニメヒロインのような内またの乙女チックな走り方をした。誠は笑いをこらえながら走っている小夏を映し出す画面を見つめていた。
「おはよう!」
バス停のようなところで小夏を待つ中学生達の姿が映った。見たことが無い顔なのでおそらくは新藤の作ったモブキャラなのだろう。そこで誠は周りの景色を確認した。どう見ても豊川市の郊外のような風景が広がっている。住宅と田んぼが交じり合う風景は見慣れたもので、その細かな背景へのこだわりに新藤のやる気を強く感じた。しかし、同時に誠にはこの豊川付近には学費の高い私立中学が存在しないことも気になっていた。
『はい、カット!』
アメリアの声で画面が消えた。バイザーを外す誠の前で小夏達は起き上がった。
「兄貴、なんで食べないの?あれおいしいんだよ!」
小夏は開口一番そう言って拗ねた。
「でも、小夏ちゃん。映画開始早々あんなものを食べてるところを見せられる観客の気持ちにもなった方が良いよ……まあ仕組んだのはアメリアさんだけど」
誠はただ愛想笑いを浮かべるだけだった。小夏は芋虫を食べるポーズをした。その手つきに先ほどの芋虫の姿を重ねて誠は胃の中がぐるぐると混ぜられるような感覚がして口に手を回した。
「あのさあ、俺もう良いかな?」
そう言うと嵯峨はヘルメットを外して起き上がった。
「ああ、お疲れ様です。しばらく出番はなさそうですからしばらくは仕事をしていて大丈夫ですよ。まあ、隊長に仕事が有ればの話ですが」
アメリアにそう言われて嵯峨はカプセルから出て立ち上がって伸びをした。そして誠の方に目をやると例の芋虫を食べるポーズをして見せた。
「神前。レンジャー資格は取っといた方が後々楽だぞ……資格手当も付くし。いずれ神前にも取ってもらう予定だから。その時は覚悟しとけよ。あれと捕まえた蛇をカレー粉でまぶしたのを焼いた奴を食って二週間生き延びるんだ。それはそれは辛い試験になるんだぞ。そん時は覚悟してちゃんと食うんだぞ」
嵯峨はそれだけ言って誠の肩を叩くと部屋を出て行った。
「しばらくは小夏ちゃんだけのシーンなんだけど……」
「僕はちょっと……気分を変えたいんで」
誠は自分の顔が青ざめていることを自覚しながらアメリアに声をかけた。




