第104話 撮影が始まる
機動部隊の『詰め所』と呼ばれる事務作業の机に誠が倒れ伏したのは別に日課の8キロマラソンに疲れたからではなかった。隊に入ってすぐは20キロ走って平気だったのでたった8キロで済むなら体力自慢の誠にとってたいしたことでは無かった。
実動部隊隊員には特に任務が無い限り毎日8キロのランニングが課せられている。元々高校時代に野球部のエースだった誠からすれば軽いランニング程度のものだったが、今日のそれは明らかにつらすぎた。昨日アメリアとかなめと話し合ってどうなったのか分からないが、カウラがニコニコしながら誠の隣を走った。サイボーグであるためランニングに参加しないかなめは走り終えた誠にスポーツ飲料の缶を差し出してきた。
「誠ちゃん!」
そして突っ伏せる誠に笑顔のアメリアがいつの間にか背中に立っていて、彼の頭を軽く叩いた。
「なんですか?クラウゼ少佐まで……」
面倒くさそうに頭を上げる誠だが、一瞬でアメリアの表情が変わったのを見てびっくりして立ち上がった。カウラはその光景を見ながらただ困ったような笑みを浮かべていた。
「何よその顔。まあ良いわ。ちょっと来てくれない?」
そう言って誠は連れ出された。廊下を進み、アメリアはいつもは倉庫になっている部屋をノックした。
「神前が来たのか?」
中からの声の主は意外にも嵯峨だった。そのままアメリアはドアを開けて中に入った。倉庫扱いだったこの部屋にはカプセルのようなものが並んでいた。その中の一つから嵯峨が顔を出している。その頭にはヘルメットのようなものをかぶっていた。
「隊長も覚悟決めてくださいよ。一応この話は隊長が去年のあの時映画の話を断っていれば無かった話なんですから」
アメリアはそう言って明らかに嫌がっている嵯峨を説得しようとした。
「分かったよ、やれば良いんだろ?」
そう言って嵯峨が明らかに自棄になってカプセルに横たわった。それを見て安心したようにカウラはカプセルの縁に立った。
誠が目を凝らすと他にカウラとなぜか小夏までカプセルの中で顔に奇妙なマスクのようなものをつけて横になっていた。
「なんです?これ。変な形のカプセル……これで撮影をしようって言うんですか?」
呆れたように誠が自分向けと思われるカプセルを指差した。
「地球から秘密裏に取り寄せた撮影機材よ!セットなんて作る予算も無いからバーチャルで全部やろうと言うわけ。すべてはこの設備から脳を通してバーチャルの世界で演技をする。セットも演技力もいらない便利な機械。最近の地球は進んでるわね、感心しちゃうわ。いまだに二十世紀末を地で行く東和じゃ考えられないもの」
そう言ってアメリアは誠にそのカプセルに横たわることを強制しようとした。昨日かなめに聞かされた撮影方法を思い出して納得するがいま一つぴんとこなかった。




