第101話 元娼婦とうぶな奴
「やっぱりウィスキーは飲むと体が火照るな……暑くないか?神前」
そう言ってかなめは上着を脱ぐと静かに誠ににじり寄った。そして上目がちに誠を見ながら髪を掻き揚げて見せた。
そしていつもは想像も出来ないような妖艶な笑みをかなめは浮かべた。誠はおどおどと視線を落として、いつものように飲みつぶれるわけには行かないと思って静かに湯のみの中のウィスキーを舐めた。
「あのさあ」
かなめが沈黙に負けて声をかけた。それでも誠はじっと視線を湯飲みに固定して動かない。正確に言えば動くことが出来ないでいた。
「オメエさあ」
再びかなめが声をかけた。誠はそのまま濡れた視線のかなめに目を向けた。
「まあ、いいや。忘れろ」
そう言うとかなめは自分の空の湯のみにウィスキーを注いだ。
「神前。オメエ、遼州人だもんな。どうせ女なんて居たことねえだろ?そうか、アメリアが以前そんな話をしていたな、神前は正真正銘の童貞だって。この国じゃ結婚できるのは相手が見合い話を持ってきたくなるような大企業のボンボンか高級官僚の優秀な子女ぐらいのもんだからな。私立高校の教師の倅にそんな話が来るわけがねえよな。それ以前によくオメエのお袋はオメエの父ちゃんと結婚したな。私立高校の教員の給料なんてたかが知れてるぞ……ああ、剣道は強いんだよな、あのおっさん。それでか」
突然のかなめの言葉に誠は声の主を見つめた。かなめはにっこりと笑い、そのままにじり寄ってきた。
「そんな……そんなわけ無いじゃないですか!一応、高校では野球部のエースを……って僕は監視されてたんですよね、産まれた時から。そんな嘘ついても意味無いですよね。そうですよ。彼女なんてできたこと無いですし、正真正銘の童貞です。父さんの同僚でも結婚してるのは父さんだけです。校長先生以外は全員独身ですよ」
誠は以前アメリアに誠の法術師としての覚醒を待つあらゆる勢力から常時監視されていることを教えられたことを思い出した。嘘をつくだけむなしいので自虐的にそう言うしか誠には出来なかった。
「オメエを見てると結局言い寄ってくる女のサインを見逃して逃げられるようなタイプにしか見えねえけどな。遼州人は男も女もみんなそうなんだ。実際、あれだけ言い寄ってるかえでにもただひたすら戸惑うばかりで肝心なところまで踏み込めねえ。まったくとんでもねえ意気地なしだ。それを遼州人だからって言うことにして逃げるなよ!そう言うところが純血の遼州人の悪いところだ」
そう言ってかなめは再び湯飲みを傾けた。静かな秋の夕べだった。
誠とかなめの目が出会った。ためらうように視線をはずそうとする誠をかなめは挑発的な視線で誘った。
「なんならアタシが教えてやろうか?かえでなんかじゃなくって。アタシが女って奴を。アタシは千人近い男に抱かれた女だ。男の喜ばせ方は良く知ってる。かえでなんかより気持ちよくなれるぜ……男に抱かれて金を貰ってた女のテクニックを知りたくはねえか?」
「え?」
突然のかなめの言葉に誠は息をのんだ。
しなだれかかってくるかなめに誠はただ体を固くして黙り込んでいた。




