信じられない
「ひょひょーい!」
魔法書が並んでいる様に興奮して、ミゲルは思わず奇声をあげる。
昨日一度来た程度では自制できなかったのだ。
「しー!」
魔法書が並んでいる様に思わず奇声をあげたミゲルは、横にいたライネに注意される。
近くからも無言の抗議の視線が彼に刺さった。
「あ、ごめんなさい」
ミゲルはハッと我に返って謝る。
「勉強熱心というよりは、ただの魔法好きか? いや、ただのだと語弊がありそうだな」
彼の様子を観察しているライネはつぶやく。
単なる魔法好きが持つ熱量をはるかに超えている、というのが彼女の印象だ。
「貪欲というのも何かが違うか?」
彼にぴったりの表現がなかなか見つからないとライネが思っている間に、ミゲルは順番に魔法書を読破していく。
「読むペースが速くないか?」
思わずライネは彼に話しかけてしまう。
「え、何がですか?」
三冊ほど読んだミゲルは不思議そうに聞き返す。
「いや、何でもない」
彼にとって自然なら、と思ってライネは引き下がる。
ミゲルは夢中になって十冊の本を読みあさったところで、一度手を止めた。
ライネが休むのかと思ったとき、
「よし、ちょっと外に出て試してみよう」
と彼は言った。
「いきなり試すのか?」
ライネは思わず、きちんと小声で聞く。
「ええ。試してみたい欲求を抑えられなくなってきたので。もっとたくさん読みあさるのもいいですけど、使ってみたくて」
うずうずしているミゲルが早口で回答する。
「ああ、わかった。引き留めて悪かった」
オモチャに夢中になっている幼児を彼の表情に見てしまい、ライネは罪悪感を抱いて詫びた。
「よかったら私も見てもかまわないか?」
「それはかまいません。気づいたことがあれば教えてほしいですし」
とミゲルは快諾する。
ライネだったら自分に足りないものを教えてくれると期待しての発言だ。
「ああ。そんなことがあるのか怪しいけどな」
ライネの答えはぼそっとしていて、彼の耳には届かない。
彼女からすれば彼はかなりの特異点で、自分の助言はいらないのではないかと疑問があるのだ。
ミゲルは外に出て周囲を見回し、あいてる場所へと移動する。
「この辺で大丈夫ですかね?」
「周囲に迷惑をかけさえしなければ、わりと自由だったりするぞ」
と彼の問いにライネは答えた。
「練習用のスペースにはかぎりがあるからな」
「意外ですね」
おおらかさにミゲルは目を丸くする。
彼の知識だとたいてい決まりが厳しく、生徒会がうるさいと決まっているのだが。
「お前も言ったようにここは魔法を学ぶところだ。魔法を学ぼうって姿勢は歓迎されるのさ。あくまでも迷惑をかけたり、物品を壊さないかぎりだが」
大事なことなのか、ライネはもう一度くり返す。
「とてもすばらしい場所ですね! 来てよかった!!」
ミゲルは腕まくりをしながら目を輝かせた。
近くを通りかかった生徒は気にせず無視する。
「じゃあさっそくやってみますね」
「おい、ここでか?」
ライネがすこしあわてた声を出したのは図書館を出口付近だからなのだが、ミゲルは意に介さなかった。
「《黄昏を駆けるもの、夜の闇を愛でるもの、この地に来たりて禍々しい力をふるえ》【闇牙風/ダークロウ】」
そして彼は先ほど魔法書を読んだ五位階の闇魔法を唱えた。
黒い牙の刃が突風のように上空を吹き抜けていく。
「うんうん、無事にできたな」
ミゲルは自分の成果を満足そうに見上げるが、ライネはぽかんと口を開ける。
「まさか……五位階をいきなり習得したのか? そんな馬鹿な」
彼女は目の前で起こったことが信じられなかった。




