地属性の魔法書を読みたい
ミゲルはゆっくりと浮かび、旋回しながら三十センチほど移動したあと、着地する。
「どうだった?」
彼は感想を聞いた。
「すごかった。最高」
クロエはうっとりとした顔で答える。
「おお、お前も魔法のよさがわかるのか!」
ミゲルは仲間を見つけたと喜ぶが、彼女は聞いていない。
一族の悲願と言われた魔法への足がかりが生まれた感激にひたっている。
「……何だか話を聞いてないみたいだな。まあいいや」
彼はスルーされていることに気づいたが、自分もよくスルーしているだろうと思って気にしなかった。
(そういうところも俺とそっくりだなー)
と仲間意識を強くしただけである。
「あ、ごめんなさい」
ただしクロエはミゲルと違って、現実に帰ってくるのが速かった。
我に返った彼女は彼を放置していたと気づいて謝る。
「いや、いいんだよ。魔法を体感できたのは幸せだしね!」
気持ちはわかるから気にするなと彼は大いにはげます。
「え、ええ」
ミゲルに共感されたクロエは、正直複雑な気分だった。
理解されたのはうれしく思う反面、ミゲルの言動を思い返せば自然と反省したくなってしまう。
ふたりの間には温度差が生まれているのだが、ミゲルは気にせず言った。
「他にはどんな魔法があるんだ? 見せてもらっていい?」
「ちょっ、ちょっと待ってね」
クロエはあわてる。
隠すような魔法を彼女は使えるわけではなく、単純に彼のテンションと勢いについていけないのだ。
彼女の制止を聞いたミゲルは止まったものの、ワクワクしている視線を彼女に向けている。
(どうしよう。断りづらいなあ)
無邪気な小動物を見ているようで、クロエは苦笑してしまう。
「いいけど……それなら魔法書を読んでみる? 地属性の魔法書、一応四位階まで寮に持ってきているから」
どうせならと彼女はもっとよさそうな案を出してみる。
【遊翔/フロート】を使いこなせない彼女では、よりレベルの高い魔法を彼に見せることは難しいのだ。
その点、魔法書はただ彼に貸し出すだけですむ。
「えっ!? いいのか!?」
ミゲルは目を見開く。
彼にとって魔法書は簡単に見せてもらえないものだった。
実のところそうとはかぎらないのだが、気づけるだけの知識がまだ彼にはない。
「うん、いいよ?」
クロエは不思議そうに答える。
「ありがとう! 君はきっと女神様だ!」
ミゲルは大喜びで礼を言った。
「そういうこと言わない」
クロエはちょっと顔をしかめて注意する。
「うん?」
彼はきょとんとしたので、
「ミゲルくんにそんな気はないのかもしれないけど、女の子に女神様とか言わないの!」
彼女はすこし語気を強めてくり返し言った。
「あ、うん」
彼は彼女の勢いに負けて、よくわからないままうなずいた。
「よろしい」
クロエはひとまず満足する。
「あの、魔法書……」
ミゲルはちょっと遠慮がちに言った。
「それはいいわよ。とは言え、男子を女子寮に入れるのは規則で禁止されているから、外で待ってもらうことになるけど」
「もちろん!」
クロエの回答に彼はその場ですこしジャンプして、喜びを表現する。
ああ、女子寮にはまったく興味がないのだなとよくわかる反応だった。
「じゃあさっそく行く?」
おそらくミゲルは魔法書のことで頭がいっぱいになっただろうと判断し、クロエは彼に提案する。
ミゲルが全力で首を縦にふったのは言うまでもないだろう。




