当然のセキュリティ
「右が男子寮、左が女子寮ね」
とクロエは黒いレンガ造りの六階建てを指さしながら言う。
「青い屋根が男子寮、赤い屋根が女子寮ってわかりやすいでしょう?」
「たしかにね」
ミゲルは言われて初めて屋根を見て、それからうなずく。
「六階建てってそんなに人数いないの?」
と彼は問いかける。
「ああ。寮住まいの人は多くないよ。通いのほうが多いかも」
「ふうん」
ミゲルは全寮制ではないことを初めて知った。
「質問があったらわたしに聞くか、それか寮監に聞くかするといいよ」
とクロエは微笑む。
「魔法書はどこに行けば読めるの?」
彼は彼女の言葉に甘えて、いま一番気になっていることを聞く。
「それなら図書館が一番だよ。いま来た方向とは逆にある、あの緑色の建物がそうだよ」
とクロエが指さした方向に目をやると、緑色の壁と白い屋根の建物が映る。
「おおー、いまからでも行けるかな?」
ミゲルはそわそわしながら問いかけた。
「うん、七時までは開いているはずだから、まだ二時間くらいはあるよね」
とクロエは答える。
「じゃあ行ってもいい?」
ミゲルは彼女に確認するという分別を見せた。
「いいよ」
彼女が笑って許可を出すと、あっという間に彼の姿が見えなくなる。
「そう言えば教科書のこととか図書館の説明しなかったな……フィアナ先生が説明したのかな?」
クロエはふと気づいて首をかしげた。
だが、ミゲルの様子を思い起こすと話しかけても無駄だろう。
「どうしようかな」
と彼女は迷う。
結論から言えばクロエの予想は正しかった。
いまミゲルは新しい魔法書を読むことで頭がいっぱいであり、他のことは右から左へ通過してしまうだろう。
図書館入り口のゲートで引っかかり、担当の職員に呼び止められてしまったのが、彼の焦燥感をあおった。
「転入生が来るとは聞いていたな。図書館の説明はまだだったのか?」
「ええ」
ミゲルはじれったく思うのを我慢し、中高年の警備員の質問に答える。
(出入り禁止にされたくない!!)
という想いが彼に礼儀を守らさせた理由だった。
「図書館は盗難対策として、魔力の登録が必要なんだよ。図書館以外の施設も必要になることがあるから、覚えておくといい」
と警備員は言ってから彼の姿を見直す。
「君が嘘をついているかどうかわからないから、今日のところはお引き取り願ってもいいかな? 制服を着ているか、先生がたが一緒だったらよかったんだけどね」
「そ、そんなぁ……」
ミゲルは入館を断られてがくっと肩を落とした。
身の証を立てられない人間は入れないという、当然のセキュリティに納得できるだけに無念だった。
「くう……」
警備員に同情がこもった視線を向けられていたミゲルは、やがて血の涙を流しそうな勢いで彼は立ち上がて決意をする。
「フィアナ先生を連れて来れば解決のはず……職員室どこかわからないけど!」
「まあ先生がたが保証してくれるなら、な」
警備員はそれなら問題ないとうなずく。
「よし、そうと決まれば」
「あ、やっぱり入館断られたんだ」
向きを変えた瞬間、クロエの姿が目に入る。
「クロエ……」
「だってあなた、説明してないのに突っ走っちゃうから。わたしも説明後回しにして悪かったけど」
驚くミゲルに彼女はバツが悪そうな笑みを向けた。
「警備員さん、フィアナ先生から転入生をよろしく頼まれたと、わたしの証言があってもダメでしょうか?」
そして彼女は警備員に話しかける。
「ちょっと待ってくれ。魔力確認、クロエ・キャンベルさんか」
入り口付近のマジックアイテムを操作した警備員は、ため息をついた。
「まあ君のことは確認できたから、特例として認めていいよ。ただ、何かあれば君の責任ってなるわけだが」
と当然の発言をする。
「大丈夫です。ミゲルくんがやるとしたら、魔法書を読むのに夢中になりすぎて、閉館時間になっても帰らないくらいでしょう」
クロエはにこりと微笑む。
「め、女神」
ミゲルは思わぬ救いの手に感激して彼女を称える。
「それは大丈夫なのか……? 違う意味でやばいのでは?」
警備員は常識的な反応をしたが、彼の味方はいまここにいなかった。




