空間を断つ斬撃
「おお、ヤバ。スリルありすぎんだろ!」
悪魔が投擲した槍をどうにか避けた天命が悪態を吐く。近くの魔物を殆ど狩りつくした私たちは第三形態へと姿を変えた悪魔と最後の戦いを繰り広げていた。
「これだけやって後8割とかバケモンか」
「硬いだけでなく、攻撃力もある。私が白黒を持ってなければ戦いにすらならなかったのではないか?」
第三形態になってからヤツとは10分ほど攻防を続けているがHPは2割しか削れていない。これは周囲の魔物を討伐したからこの減りを見せているのであって今もヤツは魔物の居場所を目で追っている。気を抜けば魔物を喰らい力を付けるだけでなくHPすらも回復するだろう。
「ゼロ、隙を作ってくれ!」
「やってみよう」
正直に言えば今のヤツと対面して隙を作るのは無理がある。唯一ヤツにダメージを与える手段が肉弾戦しかないからだ。樹王といった得物を使えれば良かったのだがそれでは隙を作るどころか私が殺られかねない。
しかし私の本職は神官だ。行動制限を可能にするデバフを幾つか習得している。そしてどういう訳か悪魔はあの異形の姿になってからデバフの判定が甘くなっていた。
「ホーリープリズン」
手始めに悪魔を囲うように光の牢獄を生み出す。そこらの魔物なら動きを封じることが出来る強度を持っているが悪魔に対しては心もとない。事実、ヤツは2本の手を使って光の柱をかみ砕いてしまった。
「ブラックアウト」
それでも連続して魔術を行使する。黒の魔術陣から漆黒が飛び出して悪魔を襲う。ヤツは避けず、手に付いた口で嚙み千切ろうとしたがブラックアウトを破壊することが出来ず判定が行われる。
「ハイカース」
ブラックアウトの結果を見る前に次のデバフを放つ。呪いが悪魔を蝕むと同時にブラックアウトの判定が終わった。結果はレジストだ。
「スタン」
第一形態に比べてデバフが効きやすくなったからといってヤツと私のレベル差が埋まるわけではなく、抵抗度は未だ高い。それでも数を撃てば一つは掛かるだろう。
「我のことを忘れるでないぞ」
デバフに気を取られた悪魔を龍角が襲う。腰が入った一撃がヤツを捉える。だが命中することはない。そして片手で拳を押さえた悪魔が2本の腕を龍角に向ける。蛇のように伸びた腕が龍角に噛みついた。しかし龍角の硬い鱗を貫くことが出来ない。
「ハイヘイトアップ!」
不知火が龍角の真反対からアーツを使う。自身のヘイトを上昇させるアーツは元から持つ不知火のヘイトの高さを生かし、悪魔の視線を奪い取った。
「パラライズ」
そこに紫電が飛び出す。一瞬、ほんの僅かな時間だがヤツの死角を紫電が駆け、命中した。強制的に判定が行われ、抵抗を打ち破る。
「天命!」
「すまん。まだだ!」
悪魔が痙攣し、隙が生まれた。強力な一撃を期待して天命の名を呼ぶが準備はまだの様だ。私が次のデバフを放とうとして声が掛かる。
「繋げよう」
龍角の手がブレる。高速で繰り出された二連撃が悪魔の胴を捉え、大きく吹き飛ばした。
「私もいる」
春ハルさんの傍に佇む魔術陣が極光を放った。音は無く、しかし世界に大打撃を与える一撃が顕現した。空間を抉ったアーツはインパクトのはずだが元の威力からは想像もつかない凶悪さを見せつける。
「グゥ、ガァアアガァア!!!」
インパクトによって下半身を丸ごと消滅させられた悪魔が吠える。再生は始まっているようだが機動力は大きく削れた。
「次は俺だぁあ!!」
天命が悪魔に向かって走り出した。手に持つ剣は歪な力場を纏っている。あれが放たれたなら春ハルさんが行使したインパクトに通ずる威力を見せるだろう。
「〈奥義・無一閃〉」
大上段に構えた剣を天命が振り下ろすと同時に剣に込められた力場が解放される。簡潔に言うなら見えない斬撃だ。だが齎される結果はその程度の言葉では収めることが出来ない。剣が振り抜かれた数十メートル先まで地面が抉れ、剣筋が残っているのだ。
そして悪魔は両断された。見えない斬撃の攻撃範囲が広いおかげで真二つに斬られた悪魔は身体の殆どを消し飛ばされている。残っているのは全体の3割もないだろう。
「もういっちょ! 〈奥義・虚一閃〉」
回転を加えて横凪に剣が振られる。刀身に纏わり付いた力場が剣が振られるのと同時に消える。
「...」
何も起こらない。不発か。疑問に思いながら魔術の準備をして天命に目を向ける。すると天命もこの結果は想定外の様で刀身を見ていた。
「ブラックアウ...」
今なら抵抗度が低いかもしれないとブラックアウトを撃とうとして手を止める。
どうやら天命の攻撃は不発ではなかった。空間が揺れる。安定した力場が外因を受けて震えていた。
「あせったわ。そんじゃ、消えろ」
空間の解れはやがて横に広がり、空間そのものが消滅した。悪魔のみならず前方で群れる魔物すらも飲み込んで。
「キィェエエアァアエエ!!」
空間の裂け目から悪魔の悲鳴が聞こえた。表示されたHPバーからヤツのHPが残り七割を下回ったことを告げる。それが意味すること。
恐ろしいことに100メートル先の空間すらも破壊した攻撃を受けてもヤツは生き延びていた。




