罪の一柱
私の蹴りによる攻撃を受けた久遠が吹き飛んで行く。
「今の一瞬で!!」
私は追撃をしようとしてあることに気が付いた。白の十字架が全て消失しているのだ。ヤツの手にはナイフが二本握られている。メタモルフォーゼに似たスキルに瞬間武装がある。あれは武器だけを瞬時に変換できるスキルだ。これは魔力を消費しない。迂闊だった。
それでも攻撃の手を緩めてはいけない。縮地の要領で地を駆ける。白黒による強化が無くなったことによる速度低下に苛立ちを覚える。
攻之術理 地落
飛び上がり、地面をも砕く勢いで久遠に蹴りを入れる。しかし転がることで攻撃を避けた久遠は体勢を直し、立ち上がった。
「楽しかったぜ、ゼロ!!」
「私もだ。何時でも相手になろう」
魔封じの効果が切れるまで残り数秒と言ったところか。逃げに徹すれば苦しくなるのは私だ。それなのに久遠は刀を呼び出し、私に向かって駆けだした。それに応えるように私も距離を詰める。
両者のステータス差は殆どない。同レベルかつ神官である私は戦士である久遠と同等のSTRやAGIがバフで付与されているからだ。
久遠が居合の構えで進む。対して私も樹王で居合の構えを取った。私たちの間合いが近づき、重なる。意識した時には眼前で刀が鬩ぎ合いを起こしている。居合の瞬間は殆ど見えなかった。久遠のヤツは確実に腕を上げている。
刀同士が離れ、二合目、三合目と紡がれる。不意に久遠と目が合った。向こうも気づいたらしい。刀同士が衝撃を受けて離れ、次には剣撃が奏でられる。
「しゃぁあああああああ!!」
「おらぁあああああああ!!」
殺気が乗った刀同士がぶつかる。腕に掛かる重い衝撃。それは直ぐに消えた。押し勝ったのは私だ。久遠の刀は遠くに弾き飛び、勝機を悟った私は大きく踏み込んで樹王を突き出す。狙うは心臓一つ。
「しまった!」
「同じ手は通じないだろ?」
一直線に突き進む樹王は久遠との間に挟まれたナイフによって軌道をズラされた。しかし久遠は焦った顔をする。何故か刀が軽いからだ。当たり前だ。力の乗っていない突きは弱い。
攻撃を防がれるだろうと予想していた私は次の一手を打っている。踏み込んだのは突きの威力を上げるためではない。私の間合いに久遠を入れるためだ。
攻之術理 震撃
右拳が久遠の下顎を襲う。衝撃は一拍置いて炸裂し、脳震盪を引き起こした。久遠の体勢がぐらつく。大きく出来た隙はこの戦いに勝敗を付ける。右手に握った硬魔が久遠の心臓を貫いたのだった。
「危なかった......。神器か...。この戦いが終わったら直ぐに師匠の下に向かう必要があるな」
地面に倒れ込んだ久遠を見ながらこれからについて考える。今回は魔除けの腕輪があったからどうにか勝ちを拾うことが出来たが次は対策されるだろう。強力な武器の入手は急務だ。
「ん?」
そこで違和感に気づく。
「死体が消えていない...」
違和感の正体は死体だ。プレイヤーは死亡すれば自動的に教会に送還されて復活する。それなのに久遠は未だに送還が開始されていない。魔人になったからだとは考えづらい。可能性があるとすればパーティを組んでいることだ。
「近くにいるのか?」
久遠との戦いで負傷することは無かったがこのまま連戦は厳しいものがある。他にPKがいないか周囲を探る。久遠とパーティを組むとすれば赤の雨でも幹部クラスだろう。戦闘になったら一筋縄ではいかない。
「妬ましい」
「ッ!?」
いつからだ。ふと久遠に視線を戻せばそこには化け物がいた。
「あ、ぁあ」
唐突に現れた目の前の存在に震えが止まらない。脳が喉の渇きを訴える。だが唾を飲み干す、その動作すらも許されない。きっと数瞬後には消されてしまうから。
「異邦人は妬ましい」
その化け物は...怪物だ。あれに勝てる存在がこの世に居るのか...。もし居るとすればそれは神と呼ばれる存在だけに違いない。
「罪を抜いて負けたコレを消すべきか。それとも...コレを賞賛するべきか」
化け物の瞳が私を射抜く。震えはより激しくなり、身体が勝手に跪こうと動く。それを意志の力で耐えながら怪物の姿を目に焼き付ける。
背丈は軽く私を超える。ざっと2メートルはあるだろう。そしてソレは人型であって人ではない。全身は蒼い鱗に覆われ、額から生える二本の角。背中には一対の翼があり、尾骶骨あたりから伸びる1メートルはありそうな尻尾を持つ。
龍角がオリジナルスキルを使った時の姿に似ている。所謂、龍人と呼ばれる格好をしていた。
「ほぅ、面白い。今回の異邦人は神どもの加護が強いか」
「お前は...誰だ」
「しかし原石にすら成れていない」
「お前は誰だ!!」
「余に尋ねたのか? コレが余に? まぁよい」
ヤツにとって私など眼中にないのだ。揺るぎもしない自信、圧倒的な強者だからこそ為せる唯我独尊の体現。
「余はレヴィアタン。また会いそうだ。ゆめゆめ余の名を忘れるな」
「待て!」
「久しくドゥンケルハイトから出て機嫌がいい。余の手を煩わすな。二度は言わん」
それだけ言うとレヴィアタンと名乗った化け物は久遠と共に空間の裂け目へと消えていった。
「レヴィアタン...アレが嫉妬の悪魔か。はは、確かにあそこにいる悪魔が可愛く見える」
緊張が弛緩し地面に座り込む。周囲を見渡しても変わった様子はない。魔物と人が殺し合う戦場で間違いなかった。レヴィアタンの出現は私以外見ることが出来なかったのだろうか。この場に突如現れた存在に驚く者はいない。あれだけの存在だ、居る事を察知させなくするのも容易いのかもしれない。




