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No.79「卒業と仲間とリーダーと」

 今日は高校の卒業式だ。中学の卒業式は先週に行われ、信太は無事にエスカレーターで高校に上がれた。名無隊人気に受験倍率はかなり高かったそうだ。

 そんな怒涛の一年の感傷に浸りながら、高校三年生のアルと新は言葉を交わしていた。


「ねえ(あらた)ー、最近調子どう?」


「どうって……LABOでの調子って事?」


「んまぁーそれもだけど……」


「うん? アルにしては歯切れが悪いね」


 返事の代わりに笑みを浮かべ一呼吸を置く。


「仮編成隊時代の皆とは会ったりする?」


 新は意外な問いかけに目を丸めた。それから目を細めやがて苦笑した。


「……いや、どうだろう。少なくとも俺はなかなか会わないかな。研究所に配属されてからは部署どころか寮も違うしね。学校ではたまに会うけど、帰っても休みはないしね。卒業したらいよいよ会えなくなると思う」


「あはは、どこのブラック企業だろう」


「ははっ、本当だよね。それがどうかしたの?」


「いや、さ。皆どうしてるかなーって」


 なんとなく。そんな意味も込めてありがちな言葉を並べてみた。そんなアルに「ふうん」とあまり深入りしない風を醸し出しつつ、新は鋭い斬り込みをくりだした。フェイントもいいところだ。


「現在関わりが薄い人の事気になる時って、大抵は自分がまいっちゃってる時だよね」


「え〜?」


「あれ、外した? ほら、高校入って何か苦しい事があったりするとさ、中学の時の親友とか思い出したりするじゃん。そんな感覚じゃない?」


「かもね。ほら、ボクら同期だしさ、苦楽を共にしてこなかったわけでもないでしょ? ……だから、いつからかなって」


「何が?」


 アルはそれきり口を閉ざした。辛抱強く待つも、この話題をなかった事にしたいらしい。

 けれど、彼がこんな事を口走るのは自分にくらいだと、自惚れ覚悟で自負した新は逃がさなかった。


「言ってみてよ。君の望む巧い返しはできないかもしれないけどね」


 アルは苦しい表情で眉根を寄せ、前かがみになりつつ膝に肘を乗せて頬杖をついた。


「いやぁ……ははは。一緒にいればいるほどに、どんどん遠くなっていく気がするんだよね。コミュニケーションが足りてないのかな」


 新は少し考え込んだ後、まずは肯定から入るのが望ましいのは知っていたが、敢えて否定から入った。


「それはきっと、君らしくもなく客観的にない」


 それは酷く傍観者気質な言い草だった。


「実際は今までとは変わらないはずなんだよ。むしろ時が経つにつれ、日々を共有する事の蓋然性をより増していくような環境が作られている。ただの同僚というより、仲間や家族みたいな。そんな存在になるようにできている」


 仲間という言葉を反芻する。名無隊にしっくりくる言葉だなと思った。


「俺にはアルみたいにカリスマ性がない。的確な判断力とか、皆を引っ張っていく指導力、博打をしてみる度胸、他の人を見渡してから意見する余裕とか。俺と違って、隊員達と違って、君がその中で孤独に感じるのは仕方が無い事なんだよ。何故だか解る?」


 数秒考え込むが、候補さえも浮かんでこない。お手上げだと肩を竦めてみせると、新は苦笑した。


「アルは隊長(リーダー)だからだよ」


 言われ、呆気にとられてからアルはくしゃりと笑い、間を置いておもむろに目を閉じた。


「…………そっか。ボクが……皆の上に立ってるから、かぁ」


 乾いた笑い声の最中、彼は視線を落とした。その隣で新は式が進む様子を眺めながら現実をつきつけた。


「憎まれようが恨まれようが、常に世の中の正しさではなく隊にとっての最善を求められるんだよ。他の事なんか偉い人に任せていればいいんだ。冷たいくらいの人がちょうどいい役。欲張りで優しい人にはキツイだろうね」


「……解ってはいるつもりなんだよね〜。幾度となくイメージした。隊員の命か、目の前の救えそうな命か。例えば、助けに行けば九〇パーセント死ぬ確率がある中で、ボクは一体どんな指示を出すだろうって」


 結論を口にせず尻切れトンボにそこで黙す。今日のアルはとことん最後をはぐらかしている。促進剤を投与するように、次の言葉を促した。


「出た答えは?」


「……情けない事に、きっと決定するのはボクじゃないって思っちゃった」


 新は名無隊の隊員達を思い浮かべ、やがて納得した様子で曖昧に頷いた。


「実力派理想主義なティアは、残りの一〇パーセントを信じて助けに行くと思う。それは確かな実力あっての無理をして」


「確かに」


「似て非なるもので言うと、信太は無根拠理想主義。無理かもしれないけど、放ってはおけないから助けに行く」


「猪突猛進系だ」


「反対に、愛花は消極的現実主義。冒険しないし、最低限守りたいものを決めているから優先順位は変わらずいつも同じ。仲間が危険に晒されるくらいなら助けるのを諦める」


「仲間思いには色々な形があるからね」


「夜斗は積極的現実主義かな。一〇パーセントに賭けて助けに行こうとする。けど、苦悩しながらも仲間の命が優先だから見切りは早い」


「悩むタイプだね」


「佐久兎は、良い意味で現実逃避主義者だから、心ではいくら迷っていても先に頭の中には結論が出ている。その上で指示が出る事を待ってるね」


「悪く言えば責任転嫁の余地で自分を防衛しているって事だけど、自分だけを責めない事は退魔師にとっては必要だね。人外堕ちしたら元も子もないし」


「そしてボクは……なんだと思う?」


 答えを求められた新は口を一文字に結んだ。しばし唸りながら答えあぐねていると、祝辞を読む人が変わった頃くらいにやっと結論を出す。


「利他主義な意見投函箱?」


「箱……!?」


 予想だにしない返しに唖然とする。


「もちろんその中にアル自身の意見も投函してるよ? でもポストであって秤ではない。(すべて)を叶えられるわけではないから、その中からくじ引きみたいに結論を引く」


 運勝負なのかと失笑するが、それには半分と答えられた。博打が当たるとも言った。


「それこそ、感覚的に何が最善なのか判っているからこそなせる技だよ。夢を見過ぎない愛花ちゃんらしくて、一番遠そうなティアちゃん気質な、無理をしてでも助けたい理想主義な君もいる」


 そして、と新は続ける。その目はどこか楽しげだ。


「真っ直ぐな信太や夜斗を見習いたくて、でも最悪な状況に備えて迂回策も同時進行で考える佐久兎君っぽくもある」


 誰かと完全に似ているなんてそうそうない事だよ、と彼は付け足し説明不足を補った。


「ボクって、とても中途半端だね」


「俺だってそうさ。他人に見せるのが一面なだけであって、ティアちゃんも仲間のためなら目を背けたいと思っている事だってあるのかもしれない。でも向いていると思うよ。一番の中途半端は柔軟な対応ができるしね」


 褒め言葉として選択されたそのフレーズは、どうしようもなく不甲斐ない。


「主観において他よりもアベレージに近いからこそ、アルは隊長として隊員達の一番の理解者でいられるんだよ。およそ自分の対にいる人の事は解らないからね。こんなに頼もしい事はないよ。誰かを目指す必要もない。君の長所を潰してまで独裁的にならなくていいんだ。皆等しく一長一短なんだよ」


 無理に偏らなくていい。自我を失う事もない。

 ただ、隊員達を従わせなければならない事が、必ずこの先のいつかにくるだろう。


 ――その日まで、その時まで。決定を下すその直前までは、迷う事を許してほしい。


 心の中でそう呟くと、頷き返してくれる皆の姿が浮かんだ。どれだけ隊員達に今まで甘やかされてきたかが身に沁みる。


「アルなら、隊をなんて形容する?」


「……そうだなぁ」


 皆でいる場を想像した。

 五人に囲まれる自分を想像した。


「やっぱり、仲間……かな」


 なんて暖かいんだろう。

 なんて大切なものなんだろう。

 なんで、こんなにも心が安らぐんだろう。


「遠ざかりかけていたのは、アルの方だったでしょ? 無意識の内にリーダーらしさを意識しすぎていたんだろうね」


「……あはは、そうだね」


「リーダーの前に仲間なんだろう? 一人で気張りすぎなんだよ、きっと」


「……そういえば夜斗にこの前釘刺されたなぁ。この事に気づいてくれてたのかも」


「不器用な優しさかぁ。厚意が伝わりづらくて損するタイプだね、夜斗君は」


「ハリネズミだから、近づいても針をチクって刺しちゃうからジレンマ抱えてるみたい」


「ヤマアラシのジレンマならぬハリネズミのジレンマってやつ?」


「だね。元気付けようとして言った言葉がナイフになって襲いかかる! みたいな。前よりもだいぶ鋭利ではなくなったけどね〜!」


 笑い声を上げるアルの頭が突如何者かによって叩かれた。隣の新も半拍遅れて声を上げる。


「お前らうるさい! 式中だぞ!」


 担任だ。袴に似合うようアップにされた長髪を止める髪飾りがゆらゆらと左右に揺れていた。鼻で息をしながら両の拳を今尚震わせている。

 すっかり式中だという事を忘れていた二人は、満面の笑みを浮かべて頭を下げた。


「ごめんなさい」


 辺りに笑い声が伝染していく中で、遠くから見守っていた元仮編成実子隊の四人と名無隊の五人は心を通わせていた。


 ――あの二人、卒業式にまで何やってるんだろう……。


 苦笑するか溜息を吐き出すかは、九人九色でそれぞれだった。






 *






 保護者として実子と右京が出席していたのを知ったのは、式の後の事だった。校門にて十一人の帰りを待っていたのだ。


「可愛い後輩の晴れ舞台だからな」


 実子のそんな言葉も今日は優しかった。二人の並ぶ姿をカップルか新婚夫婦のようだと新が言うと、間髪入れずに華麗な回し蹴りを食らうハメになった。


 久しぶりの集結を誰が口にせずとも喜んでいると、懐かしい空気にセンチメンタルささえ感じた。

 夕焼け色の混じった空気は、清々しさと対峙し甘ったるくどこか物憂いげだ。


「二人は卒業しちゃったんだもんなぁ。なーんか寂しいや」


「クラス持ちの教師って、きっと毎年この気持ちを味わってるんだろうね」


 信太は皆の胸の内を代弁してくれ、右京が気持ちの喩えをしてくれた。


「さぁーてと! じゃあ朱里は愛花におんぶしてもらおうかなぁ。たぁーく、冗談じゃないっつーのぉ。式とか椅子と足裏に根っこが生えるっつー……のっ!」


 言いながら宣言通りに背中へと飛びつくが、愛花が振り落とさんとし暴れ馬のごとく揺さぶる。


「あたしだって疲れてんのよ! 落ちろ朱里ぃいいっ!」


「はあぁ? そんなに照れなくたっていいじゃなーい」


「どうしてこうも女ってキャーキャーうるさいかね」


 直樹の言葉に、朱里と愛花がものすごい形相で振り向く。


「ああ? テメェ室さんいないと生意気に戻んなぁオイ」


「なんだよ、やんのか朱里」


「朱里さん(・・)だろコラ。基地ではそんなそんな会わないし学年違うからって、学校生活まだ一年被ってんだからな分かってのかアアン?」


「ヒィイッスミマセンスミマメンシャミマシェン!」


「お、落ち着いて直樹! か、噛みまくってるよ!」


 直樹は心配してくれた佐久兎に泣きついている。それをバルと夜斗は生気のない目で眺めていた。


「……馬鹿は一生治らないってやつだね。全く情けないよ」


「ナルシストも一生治らないぞ」


「誰の事だ、夜斗」


「お前意外に誰がいる」


「大体貴様は……!」


「貴様だぁ……? 夜斗さん(・・・・)だろ? 上級生だぞ俺は」


「なっ……今までさんだの先輩だのつけろという要求はなかっただろ!」


「だからなんだ。ああ、夜斗中尉でもいいぞ、バル少尉(・・・・)


「んっなぁッ……! たかだか階級が一つ上なだけでいい気になるな。すぐに追い抜いてやる。恋敵としても淘汰してやる!」


 夜斗の胸ぐらを掴み上げるが、抵抗する様子はあまりない。らしくもない不自然さに顔を見やると、彼はこれ見よがしにニタリと笑った。


「……離せよ。ティアから(・・・・・)クリスマスに貰った(・・・・・・・・・)マフラー(・・・・)が傷むだろうが」


 ――見せつけるためにワザと煽ったのかもしれない。掴みかかる事を見越しての発言だったのかもしれない。コイツ……!


 バルの被害妄想は膨らんだ。けれども決してただの妄想だとは言い切れない。彼は何も考えていなさそうなものぐさな態度のわりに、頭が良くかなり計算高い。見かけは馬鹿そうに見えても成績は折り紙付きで優秀だ。

 その証拠に夜斗は優越感に満ちた顔でバルを見下している。


「ほら皆着いてきて!」


 会えば喧嘩の元部下達を見兼ねた右京は、卒業祝いのために予約していた店へ急いだ。隣には、小走りでアルがついた。


「どうしたの?」


「隊長って立場が、なかなか難しいなぁ〜なんて」


「……俺は初めてが君達だったけど、隊長らしい事は何もできなかったし、お手本を示してあげられなくて申し訳ないよ」


「そんな事ないです。ただ、上に立つ人の心構えみたいなものがまだあやふやで」


「上に立つ人は、下の者の顔色を伺ってはいけない。思いは汲んでも、絶対にね。でも、それは隊ごとのスタンスにもよるんじゃないかな」


「隊ごとのスタンス……?」


「絶対的な主従関係なのか、仲間として対等に関わるのか。どちらにしても決定は隊長の役目だけれど、意見を聞くか聞かないかくらいは選べるはずだよ。それと同時に、隊員にも指示を聞く義務がある。その範囲内で、どれだけ何を尊重するのかは隊長次第なんじゃない?」


「名無隊はボク次第……」


「あまり悩まない方がいいよ。段々とその形が定着していくものだから。迷った時には、心強い隊員達がいるじゃんか」


 チラリと背後を見やれば、その隊員達がいる。アルはヘラっと笑った。


「ボクってば、良い仲間をもらいました」


「俺も、良い教え子を持ったよ。何も教えられなかったも同然だけどね」


 ――だから、これは罪滅ぼし。


「いつでも俺を、頼ってね」


 けれどアルは、頷いた後に、首を振った。


「何も教えられなかったなんて、そんなの嘘です」


 右京がその真意を確かめるべく、足を止めた。


「だってボク達、成長できたと思います。去年の六月より、確実に」


「それは皆が自力で切り拓いてきた道だよ。俺は教育者だからって距離を置きすぎていた」


「右京さん! 右京さんがいつもボク達の事を考えていてくれたの、知ってます。皆だってきっと気づいてます。だから、そんな寂しい事言わないでください」


「アル君……」


 目頭が熱くなる。本当に本当に良い教え子を持った。自分には勿体無いくらいの、人として、もちろん退魔師としても優秀な教え子だ。


「今日は……俺の奢りだ」


 キメ顔で和服の懐から一枚のカードを取り出し、人差し指と中指に挟んで掲げた。歓声が上がり、後ろで巻き起こっていた諍いもおさまる。


「アル君。隊長たるもの時にはこういう事も必要なんだ」


「……頑張ります」


「おい右京。教える事が違うんじゃないか。アルフレッドも納得するな」


 珍しくつっこむ実子等隊長三人の会話に、他の十人は苦笑した。

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