No.78「水面下の根」
「人外の輸入……。少しの冗談で言ったつもりだったのに、真実味が帯びてきたね」
「勘だけは案外悪くないのかもな」
「だけはって何さ」
本部のカフェには零と神無の二人がいた。
話していたのは秋の出来事だ。八雲隊の任務で現場へ急行し、ハイエナの姿をした食屍鬼と遭遇した時の言葉が、
『ハイエナって日本にいないでしょ。人外って海も渡ってきちゃうものなの? 輸入でもしてんのかね〜』――だ。
「灰の月委員会は一体何考えてんだろうね。ていうか何集団なわけ?」
「対人外対策局組織だろ。全貌の把握はできていない。全員人外なのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。俺らの顔見知りの中にも、あちら側の奴がいないとも言い切れんのは事実だ」
「諜報部は動いてるの?」
「そりゃ動いてるだろ。誰が動いてるのかは知らないが」
「……こんな中訓練生の教育に割く人員があるんだから驚きだよ。あっちの組織の人間を誘き出すのはいいけど、あっちだって罠だと判ってて来るんだろうし……今後、どうなっていくんだかね」
「はぁーん、辛気臭いわねぇ」
後ろの席に突然現れた、葛西隊隊長の麻幌中尉に二人はギョッとする。大学生の彼女は、長いゆるふわウェーブの長髪を後ろでバレッタを使いラフにとめている。
「空疎な議論に終始するより、まずは行動をってね」
そして彼女の提案により、訓練生を見に行く事になった。マジックガラスの教室を外から眺める。それはまるで学校の教室のようで、黒板と教壇の間に教師が立って授業をしている。
挙手する生徒を当て、当てられた生徒は起立し何かを発言している。
「…………甚だ片腹が痛いんだが」
「え、神無お腹下したの?」
「アホか?」
真意を察しながらの二人の戯れに、葛西は笑い出した。落ち着いた頃、教室の風景を第三者として眺める。
「時代は移ろうものだね。正直、これを見た時一番に感じた事は憂いかな。組織体制が変われば自ずと人のジャンルも異なって当たり前なんだけど……どうする?」
「どうするって何がだ」
「この子達が現場に入って来た時に、同じ形の吹き出ししか持ち合わせていなかったら。皆同じ事しか言わないなんて、ロボットかって感じよね」
空宙に指先で漫画にあるような吹き出しを描く。それを弾くような仕草をして肩を竦めた。
「合理的な方法でバランスのとれた知識を得る事ができる。知識は命を救う。欠点ばかりでもないが……」
「現場では臨機応変に対応する柔軟性が重要になる、でしょ? この方法だと頭ガチガチになりそうね。まあそれは、教官と新人教育を任された退魔師にもよるところが大きいかしら?」
「ごめんだな。融通の利かないマニュアル馬鹿とは相性が悪い」
「あら? そういう神無君にも弟子ができたって小耳に挟んだのだけれど……名無隊の子だったかしら」
「たまたま訓練時間が同じだけだ。勘違いしてもらっては困る」
「ふうん、なら暇でしょう。少し私に付き合ってくれる?」
挑戦的な笑みに嫌な予感を覚え、神無は断ろうと口を開いた。瞬間、それを打ち消すように葛西は再度口を挟む。
「お付き合いいただけますよね? 神無少佐」
「……年功序列は好きじゃなかったが、それを取っ払う代わりに階級至上主義ってのもまだ馴染まんな」
「実力主義ってのは変わらないじゃないかしら? さあ、下の者の面倒を見るのも上の役目よ」
「お手柔らかに頼むぞ、中尉」
「少佐様様を相手にするんだもの。こちらのセリフだわ」
訓練場には二人が対峙していた。神無は二丁銃で、葛西は西洋かぶれで派手に装飾されている銃一丁だった。
致命傷を与えた方の勝ちだ。
カウントダウンが0になり開始を告げたと同時にホルスターから銃を抜く。両者デタラメにも見える速さで照準を定め間髪を入れずに引き金を引いた。
葛西の弾丸を躱しながら二発目を左で撃つ。その神無の攻撃を体を無理に反らせる事で避けきり、その流動と共に左足を軸に右足を蹴り上げた。それすらも神無は余裕で避け、一旦間合いを取る。
静止しているはずなのに鼓動がうるさい。これくらいで息が上がるとは情けない、と神無は自身へ向け嗤笑した。
「動きが鈍っているみたいね。頭の回転の速さに肉体がついていってないわ」
「夜勤明けで実質一日と半日は寝ていたからな。さっきの招集で叩き起こされたばっかだ」
「言い訳するつもりかしら?」
「いいや、実戦では言い訳する相手もいないからな」
「よろしい!」
まずは機動力から削ごうと神無は葛西の腕と足を狙う。最初の一撃に気を取られていた彼女は足をやられるが、それでも引きずりながら神無との間を詰める。けれどもあと一歩及ばず、体勢が整っていた彼には敵わなかった。
鋭い音と同時に、鉛玉の衝撃が葛西の顔を吹っ飛ばす。
床に転がってから一秒足らずで上体を起こすと、勝負は決まったというのに神無に向けて弾丸を撃ち込んだ。不意打ちにそのまま脇腹を撃たれる。
「…………っ! おいおい、反則だろ!?」
「馬鹿ね。実戦に反則も何もないのよ? ……というか、レディの顔面撃ち抜くとはどういう了見よ。無粋ね」
撃たれた額から青白い光が空中に漏れ出してはいるが、彼女はしたり顔をしている。しかしみるみる苦さが表立ち、見ていた神無は乏しい表情を更に無に近づけ言い放つ。
「実戦では撃たれた方が悪い」
拗ねた表情の葛西と二人が出てくると、それを傍観していた零がまばらな拍手を贈った。
「二人共、底意地の悪さが滲み出てたね」
「褒め言葉だな」
「褒められてないわよ」
噛み合わないのかわざと突っかかっているのかは定かではないが、そんな彼女は龍崎派だ。
「貴方達ってさ、なんだか似ているわよね。まるで兄弟みたい」
「そ、そう……?」
零が少し照れたように頰を掻くが、神無はそれを一刀両断する。
「こんなアホと一緒にされるとは心外だな」
「はあ? 俺だってこんな奴になんか似たかないね」
「もう、兄弟喧嘩しないで仲良くしたら?」
冗談じゃないと神無と零が顔を見合わせ唾棄し合うが、そんな姿すらもそっくりだ。
彼女が笑声を漏らして去って行くと、すれ違いで入室してきた大勢の団体は教官を筆頭に歩く訓練生達だった。
「あっ! あれ、八雲隊の神無さんと零さんじゃない?」
「スリーマンセルなんだよね!」
「かっこいいなぁ」
そんな声が届くが一切を無視する。二人は決して愛想を振りまくタイプでも、媚び諂うタイプでもなかった。けれどこれは、照れ臭さからだった。
「…………なぁ」
「……うん、悪くないよね」
「馬鹿か。教官の方だよ」
「は?」
あまりにも神妙な顔つきに身構える。
しかし彼は人差し指を立て自分の顔を囲みながらジェスチャーをした。
「あれ、葛西隊長の姉貴だぞ」
「マジ? 挨拶もなしとか姉妹仲悪いの?」
「そりゃあ麻朝特務官は白砂派だからな。許せてないんだ。人外も、それと共存をしようとする龍崎派につく妹も」
「はっきり言って派閥とかどうでもよくなってくるよ。それ自体が茶番みたいに思える。人外と仲良しこよししようってんならそりゃあどうだろうとは思うけど、集団の中だしいろんな意見があって当たり前じゃん?」
「その通りだろうさ。本当の問題から目を逸らさせる為に表面化させているだけだ」
「今後の世代は今までとはわけが違って、身内が人外に殺されたわけでもないただの自己犠牲の強い輩とか目立ちだかり自惚れ屋がゴロゴロいるんじゃん。それで生じる熱量の違いとかスタンスとかさ、だいぶ異なると思うわけ。派閥問題が自然と薄れてくんじゃない?」
「だろうな。それかどちらかに統合されるかもしれない。現在副局長が中将で、局長が元帥。その間にある大将が不在だ。誰が就任するんだろうな」
「――盲点だった、みたいな顔してるね零」
突然背後に現れた自分の隊の隊長に二人は飛び跳ね後退る。
「もう、二人して幽霊見るみたいな目しちゃって。あはは、心外だなぁ」
八雲はいつもの柔和な笑みを湛えて訓練生達の方向へ歩いていく。呼び止めたのは神無だ。
「訓練室は今使えないぞ」
「それがさ、麻朝に呼ばれてるんだよ。あ、二人も来る? 彼女の事は訓練生の前だから教官って読んでね」
「断る」
即答する神無と零の声は重なった。しかし八雲は優しい顔で逆らえない一言を言い放つ。
「これ、隊長命令だから二人もおいで」
それを言われてしまってはお終いだ。隊員は隊長に従う他に選択の余地は無い。
「今日は八雲隊の皆さんと、実子隊隊長の実子中佐と隊員の雛中尉にお越しいただきました。じゃあ初めに、隊長同士戦っていただいても?」
羨望の視線と規則的な拍手を贈られる。その中でさも当たり前のように言い放つ麻朝教官に、八雲と実子の表情は無になる。
「…………は? 実子と?」
「…………コイツと?」
指をさし合う姿はつまみ食いをなすりつけ合う子供のようだ。首を横に振らない彼女に、渋々といった様子で左掌を向かい合う相手に向けた。
「――――制御装置……発動」
全身が戦闘服に包まれるよりも前に、両者は抜刀し斬りかかっていた。一発目の斬撃を受け止め合い八雲がそれを弾く。体勢を立て直し攻めてくる実子をひらりと躱し後ろに回り込み、首まで一センチ足らずのところで両者は停止した。
劇的な数秒間に呆気のないピリオドを打たれ、その場はしんと静まり返る。
実子が弱いのではない。八雲が圧倒的に強いのだ。
「まあ、当然だろうな」
言いつつも拍手を送る神無に促され、パラパラと訓練生も手を鳴らす。
冷酷な表情が別人のようだった八雲も、戦闘モードが解け照れたように後頭部に手を当て笑っていると、突然八千草から連絡が入る。
『出動命令です』
「了解。今から向かう」
教官に断り三人は授業途中に退室した。
「ただでさえ休みがないってのに、なんでこんな事引き受けようと思ったんだ?」
「言われたから?」
「お人好しすぎますよ。まあでも、人に教えてる姿は似合いますよね」
「えー、僕に教える立場は向かないよ」
頭を横に振る彼。しかし突然目つきが楽しげなものになり薄ら笑いになった。
「向いていたとしても、精々軍隊率いるくらいかなーなんて。大佐ですから!」
「恐ろしいな。鬼の隊長にその隊員の俺らでさえ喰われそうだ」
「あはは、冗談キツイなぁ神無は」
「鬼の隊長の由来は、他にあるからな」
「この刀ね」
「今ではそれだけじゃないだろう」
その言葉に八雲から笑顔が消える。
零も神無も、無機質でどこまでも変わらず真っ白な壁を横目にぼんやりと眺めながら口を閉ざして歩く。
八雲の髪をすく手から、白く染まった髪が廊下に落ちた。




