No.77「階級制度」
「アル、合格おめでとーう!」
名無隊の部屋には、帰ってきたばかりの彼を祝福する五人の声が響き渡った。
「わあ、びっくり。ありがとう!」
お礼がクラッカーの音に消されかけ、驚きが今や笑顔に変わっている。
北海道以来大きな事件も起きずに、春が目の前までやってきていた。
「まさか神無さんと同じ大学に受かるとはな。お前、さては能力使ったな?」
「やだなー夜斗ったら! ボクにもそれなりの良心ってものがあるんだよ?」
「まあいいんだけどよ、隊長業務といい大丈夫なのか?」
「そーりゃあボクってばタフだから心配ご無用!」
「……なんかあったら相談しろよ」
「もちのろん!」
日常が溢れるこの空間は、相変わらず退魔師としての実感を薄れさせる。まるで死が隣にいる感覚などなく、目の前に広がるのは希望溢れる未来だけに見えた。
水をさすようなインターホンに応え、ティアが玄関に向かう。聞こえてきたやりとりから察するに、宅配便らしい。
「私にだー!」
リビングに帰ってきて開口一番にそう告げた。誰からだろうと首を傾げながら開封すると、入っていたのは制服だった。久々の再会に抱きしめる。
「雪子ちゃあああんっ、ありがとうぅぅ……!」
終業式まで間に合った事にも歓喜したし、雪子の誠実さにも頭が上がらない。ダンボールの底に入っていた一枚の紙に気がつき取り出す。
そこには律儀に体を気遣ってくれている言葉や、遅くなった事への謝罪の言葉もあった。
追伸には、『雪月花』の使い心地はどうかと問う一文でしめられていた。
雪月花とは二対ある刀の名称だ。
『雪花』と『花月』があり、その内の雪女族に代々伝わってきた雪花を譲り受けたのだ。もう一つの花月は月人族と呼ばれる人達が管理しているらしい。
「あれって普通の刀なのかな……?」
頭に思い浮かべれば手元に光が集まってくる。形成されたのは洒落たデザインの日本刀だ。鞘から少し引き抜くと、透明な刀身が現れる。
日本刀などは、風景と同化し距離感を狂わせるために刀身が鏡のようになっている。それと比較し、雪花は透明な分景色に馴染まない事もない。
日本刀には玉鋼を多く使われている中、想像もつかない色合いだ。青白い光を帯びている。
「普通に考えて氷なんだろうけど……人外の技術はまだただ分からない事だらけだなぁ。溶けないし、冷たくないし、折れないし、斬れるし。どうなってるんだろう……」
独り言をブツブツと呟くティアを覗き込み、そのまま愛花が刀を持った。
「前持ってたのより軽いわね。よかったじゃない」
「こんな大切なもの、本当に貰ってよかったのか未だにちょっと悩んでるけどね」
頬をかく困り顔のティアを愛花が軽く叩く。
「馬鹿ねぇあんた。貰えるもんは貰っとく! それ鉄則よ!」
「お菓子を貰うのと、指輪を貰うくらいの差があると思うなぁ……あはは……」
*
ガラス戸を手で押す。先客がいた事に驚き、タバコを咥えたまま話しかけた。
「お前、いつからタバコ吸うようになったんだ」
「僕ちゃんのタバコ歴なんかに興味あるんスか? 気色悪ーい」
「ハハッ、違いねぇや。にしたって体に悪いぞ」
「副流煙撒き散らしてた誰かさんだけには言われたくないもんっスねぇ」
「分煙化が進み嫌煙家が急増してきた昨今じゃあ、喫煙者は肩身狭いったらないもんよ」
「じゃあさっさと帰ればー? もう重役の定時はすぎてるっしょ」
「結婚してからは家で吸ってねぇの。そういやぁ聞いてくれよ。こーんな小さな娘がニートなんて言葉覚えやがったんだ」
親指と人差し指の間に豆粒くらいの隙間を開けてそう言う龍崎に、呆れ返る。
「その大きさだと産まれてないし。小さいってもう小学生だろうに」
「充分幼いだろ。んでニートって覚えた理由がこれまた酷いんだ」
ツッコミは綺麗に流され、聞いてほしいモードに入った龍崎の話を仕方がなく溜息を煙に混じえながら聞く事にした。
「俺ほら、どこに勤めてるかとか言えねえじゃん? いや、今はもうバラしてもいいご時世になったけどさ。だから、近所で本当はニートなんじゃねえかって言われてんだってよ。それ聞いちまったらしいんだ」
「現実的に考えて身なりは良いスーツばっかで、家もあんだけ立派だったらニートなんて候補出てこないと思うんスけどねぇ。その髭と髪が宮迫◯之風なのがまた業界人っぽいってかなんてーか。人相は悪くないし良くもないけど」
「お前が言うと全部貶し文句に聞こえるから不思議だよな」
「聞く方の耳が穿ってんスよ。ま、嫌味だけど」
「嫌味なんじゃねえか。秋の地上波デビューに顔割れたと思ってたんだが、ご近所付き合いなかったから顔も覚えられてなかったんだろうな」
「さーみしー」
適当だな、という言葉を飲み下して肩を竦めるに留める。
「で? 酒の席でもないのにこんなくだらない事の為に話しかけてきたんなら、ぶっ飛ばすっスよ」
「ダチに会う理由なんざ要らねえだろうよ!?」
「キモッ、いつからオトモダチだったの。とにかく回りくどいのは嫌いだから本題をどうぞ。僕ちゃん短気なんでね」
いつもの食えない態度に、貧乏揺すりという言葉通りの苛立ちが孕まれている。龍崎は煙を燻らせながら天井を煽った。
「…………四ノ宮の事だ」
低く絞り出されたその声に、針裏は姿勢を崩す事で次の言葉を促した。天井を見上げ、咥えたタバコから立ちのぼる紫煙を眺める。
「本当に、お前から見て本人だったのか」
「……僕の嫌いな事二つ目」
ピースサインを龍崎に向ける。
「二度も三度も同じ事を言わされる事。これは短気にも繋がるけどね〜」
龍崎は眉毛を持ち上げ苦虫を潰したような顔をした。
「そりゃ悪かったね」
「悪いと思ってんならもう聞かないでよね〜」
意地悪な顔で言いながら、灰皿にタバコを押し付け立ち上がる。龍崎を置き去りに背を向けると、後ろから鋭い言の刃に刺された。
「死んだと思っていた人間が、いきなり目の前に現れたら。どいつもこいつも、潰れちまうかもしれないな」
おもむろに龍崎を振り返る。彼は無表情に哀愁を漂わせ、落ちそうになっている灰を静かに灰皿に落とした。
「人外だろうと、姿形は本人なんだぞ。失った者が多ければ多いほど、奴らとの戦いは過酷を極める」
「だから? そんな事言われたって、研究所所長なんてほぼ無関係だし?」
戯けた口調はいつも通り。
ふざけた態度はいつも通り。
それなのに、どうして、
「だって僕、戦闘員じゃないっスもん」
――――どうして彼は、傷だらけなのだろう。
気づかれないよう横目で見る龍崎は、口を閉ざして黙りこくった。
「僕ちゃん頭脳派なんで、何かあっても駆り出されるならアンタの後っスよ」
スタッカートの効いた声。可視化すれば語尾に音符でも付きそうな弾んだ声音。三十代のくせに、少年のような印象だ。
「あ、そうだ。新たに階級制度を表に押し出すらしいじゃん。頑張れ〜、副局長」
出て行った針裏の背中で、乱暴に閉まる重い扉に向け舌打ちをする。
「……いよいよ軍らしくなってきちまったな。中将かぁ。ま、一局長には元帥がお似合いだよ」
誰にも届かない言葉が宙にゆらゆらと漂っていた時、放送が入った。
『退魔師部の全隊員、至急第一会議室に集まれ。繰り返す。退魔師部の全隊員、至急第一会議室に集まれ』
無機質な声が本部の建物や寮全てに響き渡る。先の連絡があった通りに、階級についての説明会のようなものだった。
重い腰を上げ指示通り向かう。彼が座るのは、隊員達が座しているだだっ広い階下ではなく、オーケストラ席のように上にある空間だ。そして局長の右隣である。局長の左側には白砂がいつも通りの厳しい表情でいた。
階級制度については急なものであり、詳しく知る者もあまりいない。風の噂くらいには小耳に挟んではいたかもしれないが、その実態については謎も多い。
怪訝そうな顔が多くを占める中、腑に落ちない様子の者もいる。突然階級を与えられる事が喉につっかえるのだろう。
『一週間前に通知しておきましたが、今回お集まりいただいたのは階級制度の施行についてです』
ステージ上のマイクの前で話を進めるのは、通信情報専門部の織原だ。
『細かいところを省きますが、戦闘員の括りで今までにあったのは局長、副局長、退魔師部長、各隊隊長、以下隊員、訓練生の七階級でした。しかし今回、大幅な人員の投入によりそれを見直す動きがありました。スクリーンをご覧ください』
織原の背後に階級表が映し出される。どよめく会場を退魔師部長の式波博信が一喝した。
三十代の彼は年齢を勝る貫禄がある。左の眉から頬まで刀傷が走っており、過酷な戦場を生き抜いてきた事も言わずもがなに伝わってきた。
『現在までは各隊を上中下の三段階評価をしてきましたが、これからはさらに細かく、個人へ階級が与えられます。原則、下士官級は隊活動を主とする退魔師に与えられますが、能力によって大幅に左右されます。訓練過程が終了し新結成された時点では基本、隊長につく者の階級は曹長、隊員には軍曹または伍長がつきます』
まるで軍のようだ。そう形容された通り、局長である元帥をトップに、所謂訓練生である兵長から二等兵までの兵卒が最下層にある。
『先にも述べましたが、結果次第ではこれに限りませんので後に改めて通知しますが、任命式を省略し一部この場での発表も行わせていただきます』
一呼吸置き、発表に入る。
『元帥、一局長。中将、龍崎・白砂副局長。少将、式波退魔師部長。退魔師部外の局員の階級、退魔師部内も発表は佐官クラスから尉官クラスまでに省かせていただきます』
ざわつきが再度波のように起こる。高まる緊張感の中、まず読み上げられたのは日本一の精鋭隊と謳われる隊の隊長だった。
『まずは八雲隊です。御祈祷八雲大佐』
「はい」
予期なく呼ばれ彼自身驚いた様子だった。そして大佐という仰々しい階級への大抜擢に、少なからず内心では動揺も禁じ得ない。
『同隊、神有神無少佐』
「……はい」
『同隊、零崎零少佐』
「はい」
二人の顔にも、突然押しつけられた大層な階級に緊張ともとれる微妙な表情を貼り付けている。
『右京隊、実盛右京中佐』
「はい」
『実子隊、高山実子中佐』
「はい」
『同隊、小鳥遊雛少尉』
「は、はい!」
その後もしばらく読み上げは続いた。
帝隊、一条帝隊長、大佐。
槐隊、槐蛟隊長、少佐。
葛西隊、葛西麻幌隊長、中尉。
栗花落隊、栗花落水隊長、大尉。
隊員も出てきたが、しばらくは噂に聞く程の名前が続くが階級はピンキリだ。
そして、より注目度の高い名無隊がついに呼ばれた。
『名無隊、アルフレッド・ウィリアムズ大尉』
「は、い……?」
周りからすれば、下積みをしてきた自分達ではなく、ポッと出の隊としてできたばかりのペーペーが、発表されなかった自分達より上の階級を授かったのだ。
それによる不満が囁かれた。
『同隊、蔦森夜斗・御祈祷ティア中尉。同隊、月見里信太・桃井愛花・高園佐久兎少尉』
それぞれが返事をするが、もはやこの会場では針の筵だった。
その集会が終わり外に出た瞬間、下士官の階級しか与えられなかった者達が口を揃えて不平不満を口にしていた。
年齢や所属歴、態度や人柄、事実無根な偏見でさえ理由に吐き捨てていた。同じ派閥の中からは称賛の声も聞こえるが、白砂派からは特に当たりがきつかった。
「わ、わ〜あ。また変に目立っちゃったね」
アルを筆頭に名無隊は顔を引きつらせている。その後ろから八雲隊が現れ、三人が両手を使って同時に六人の背中を叩いた。
「まあまあ。しゃんとまっすぐ前向いて歩こうよ」
大佐、八雲のその言葉に大尉を仰せつかったアルが苦笑した。
「ふん、偉ぶりやがって」
どこかから聞こえてきたそんな声に、会場から出てきたばかりの栗花落隊長が反論した。
「偉ぶってんじゃねぇよ。偉いんだ」
平然と言い放つ彼の姿に誰もが閉口する。
「……なんちって。一度は言ってみたかったから、たまにはそんな安い挑発にも乗ってみたぁ」
先程までの雰囲気とは一変、なよなよしい声になる。こっちが彼の常だ。
「ふん、大尉風情が何言ってんだよ。共存肯定派がでしゃばるな」
その近くで一条隊長が早くも鼻高々に大佐風を吹かせている。そこに槐隊長も加わった。
「聞き捨てならないな。たとえ思想が違えど仲間だろう。一枚岩とはいかずとも不仲になる必要はない」
「そうだよね〜っ、槐! ほらぁ、一条君も仲良くしようよ」
「人外擁護派が民間人にはどう映るかな。……あぁ、栗花落自身純粋な人間じゃないから、肩入れしてンのか」
「……おい一条。差別的な言葉は慎め」
「まあまあ、落ち着いて落ち着いて。気にしてないからさ」
栗花落がなんとか仲を取り持とうとするが、二人は激化していく一方だ。
「じゃあ聞くけど、槐少佐。なんで人外殺しが人外と慣れ親しんでる状況なんだ。ここは仲良しこよしするとこじゃあない」
「では聞くが一条隊長。友好的な人外あっての制御装置等の技術の進歩諸共を否定しているように聞こえるが、退魔師の現状は人間の自力だけでどうにかなったと自惚れているんじゃないだろうな?」
「それはそれ、これはこれだ。どうせ絞り尽くした後は使い捨てにしかならない。斬り刻むなりなんなりして、お前の言う通り退魔師に貢献して貰えばいいじゃないか」
「貴様ッ……!」
激怒した槐は一条の胸倉を掴みあげる。栗花落は「わお」と言いながら苦笑し距離を置く。周りはといえば、一触即発だった彼らが遂に爆発した事に対し、恐れと好奇心を抱きながら離れて見守った。
「ここに混血やらがいるのをわかっていてそんな事を言っているのか! 純人外の隊員だっているんだぞッ!」
「……それが? 何度だって言ってやるよ。ここで働いている混血の半妖も堕ちかけの奴もまんま人外も、人間として扱うとされている以上手出しをすれば人殺しとして処罰される事になるから殺さないだけで。もし自我の喪失だので殺していい理由がつけば、」
一条はそれに該当する者一人一人を睨みつけ、宣言した。
「是が非でも、たとえ正常になる余地があったとしても、絶対に殺してやる」
このような場において、顕著に現れる派閥問題に誰もが頭を悩ませる。「くだらない」の一言で一蹴できるくらいの度量の持ち主や過去を清算し切れている人間は、生憎と決して多いわけではない。
新世代として入ってくる一般人とは訳が違うのだ。
それでも龍崎派に属する者は善人的で、そして無関心な人達も多い。
派閥争いがどうでもいいから龍崎派に身を置く者も、理由があって共存を選ぶ者もいる。
潜在的な白砂派すら孕んでいる可能性は充分にあるが、だからといってどうこうなるわけでもない。
時の流れや出来事と共に考え方は変わるし、隊毎に派閥の統一化がされているところもあればないところもある。
多種多様なそれぞれの形があり、隊内に別の派閥の人間がいる場合、それに触れるのは一種のタブーであったりもする。
難しいものだった。
「何かのせいにできる余地があるって、結構無責任にいれて居心地がいいんだよね」
アルが、名無隊の隊員にだけ聞こえるように小さく呟いた。
「ボクはさ、どちらにも属せないような浮浪者な気がするよ。深く知れば知るほど、割り切れる事ばかりではないって知っちゃったから」
「……慣れは毒だね。刀や銃の重さと同じで、扱っている内にどんどん軽くなっていくように感じるよ。所属したての頃とは違って、今はいちいち考える事もせずに人外と対峙してる」
困ったようにティアは笑い、そして続けた。
「命の重さは、類似性や大きさに左右されているのが現実なんだなって思うよ」
人の姿から遠ければ遠いほどに、それは人が足元の蟻を気遣わないのと同じで、気づく事すらなく踏み潰すのに似ている。
雑草を踏みつけても罪悪感は抱かない。
薔薇をへし折れば一瞬なりとも関心を示す。
「アルは、どうありたい?」
覗いてくる佐久兎の目は不安気だ。アル次第で、隊の意向が変わるからだ。
「ボクはね、どうもありたくない」
「……どうも、ありたくない?」
そんな彼へ安心して、と優しく囁くように微笑む。
「混乱を招かないように、一貫性をもたなきゃいけないのは分かってる。でもね。命に関しては、そうもいかない事だってあるって学んできたんだ」
夜斗や愛花、信太もこの会話を聞いていた。
「敵だから殺す。それくらいの意気込みがあった方が味方としては心強いかもしれない。……でもさ、敵ってなんだろう。人外だけかな? ボク達は共存派だけど、線引きは? ハッキリしないものが多すぎる」
今まで信じてきた正しさは青かった。
「作戦によって、どちらの派閥にも属せるくらい忠実じゃない方が、ここでは生きやすいよ。ま、龍崎派を抜ける気はないけどね!」
薄汚れていく自分達を、しかし肯定してやれるのは自分達だけだった。
階級制度によりできてしまった絶対的な上下関係。それが及ぼす影響はなんなのだろう。




