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退魔師はただいま青春中です  作者: 花厳 憂(佐々木)
第4章:灰の月委員会の存在-1
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No.75「灰色の人物」

 冬休みが明け、一月中旬に人外対策局の隊員募集が一旦締め切られた。そしてすぐに一次の書類審査が行われ、下旬には二次試験が実施されていた。


「んにゃー! 通信情報専門部(C I S)をなんだと思ってるの!? どぎつい拷問かにゃあこれぇえええっ! にゃんこの手が借りたいよ……」


「まあまあ、書類審査の振り分けは死ぬかと思いましたけど、二次はもうほとんど楽じゃないですか?」


「木村君なーに言ってんの! 運動能力調査だってデータ化は全部うちらだよ? SNS対策だろうが報道だろうがうちの部署なら駆り出されるって、人手不足もいーいところだよ全くさぁ!」


「その人手不足を無くすためでもあるんですから、頑張りましょう」


「…………うるさいやい」


 言い返せなくなった鈴は座っている回転椅子を最高速度でクルクルと回す。やがて「うえっ」と声を漏らしてから大人しくなり、目の下にクマのある生気のない顔でパソコン画面に食らいつく。


「そうじゃん。採用試験専門のところと、教育係みたいなところの部署作ればいいのに!」


「人事部新設して採用をそこに任せようという動きはあるんですけどね。何せ人員不足ですからしばらくは厳しそうです」


「木村君、嫌い」


「理不尽!? んー、でも教育専門の人達が今全国で集められているみたいですよ。退魔師なら誰でもできそうですけど、人に教えるってなると向き不向きもありますから誰でもできるって訳ではなさそうですけどね」


「ふへーん」


「何その抜けた返事。自分で話題振っておきながらそれはナシですよ!」


「いるよねーん、木村君みたいな不憫(ふびん)担当みたいな人って」


「貴方みたいな人によって作り出されるんですよ……」


「理不尽さの原因を外に求めちゃうあたり、さてはモテないでしょ」


「……人には、触れてもいいところと駄目なところがあるんですよ」


「ガチトーンやめてぇ! 可哀想になってきちゃーう!」


「可哀想って言わないでください! 惨めになりますから!!」


「全米が泣くね!」


「映画化してもしょーもないでしょう! 全米が嘲笑の渦に巻き込まれますよ!」


 その時、ヒールの足音がこちらに近づいてくる音がした。恐る恐る扉へと目をやると、満面の笑みの織原がガラス越しに見えた。そしてそのまま入室し、黒いオーラをまといながら言葉を紡いだ。


「鈴、気が緩んでるわよ。木村君も、鈴が上司とはいえ後輩なんだから、一緒になって騒いじゃダメでしょう。仕事サボってないで、ちゃんとやってね?」


 何度も何度も高速で頷き、蛇に睨まれたカエルのように彼女が去るまでの間、目を逸らす事も姿勢を崩す事もできなかった。扉を閉める音でその停止魔法が解除され、肺を萎ませるように息を吐き切った。


「ビビタリアーン」


「本当にビビりました」


「そういえば木村君っていつからここで働いてるの? 昇進も拒否してるって聞いたけど」


「うーん、現副局長が就任した年ですかね。昇進拒否はほら、人の上に立てるような人間じゃないので」


「そうかにゃあ。ここの人はしっかり者不憫木村に頼りっきりな面もあると思うけど」


「嬉しい限りです」


 部下数人の笑顔の肯定に照れくさそうに頬を掻く。


「んーにしてもさぁ、やっぱこういう試験生き残るのって問題児ばっかなイメージなんだけど」


「固定観念ですよ……とは言い切れないのがまたなんとも言えないですよね」


「前々から決まっていた事とはいえ、このタイミングで外部の人間を基地内に入れたりするのは危険だと思うなー。『青いダニだぜ』みたいな名前の秘密結社が入ってきやすくなっちゃうし、スパイ天国上等いらっしゃーい状態じゃん」


灰の月委員会ブールニダアウトメーゼね。むしろそれが狙いなんじゃ?」


「そうそう、なんとかニダアウトね。といいますとー?」


「……略称はブールです。リスクもありますけど、そのスパイを捕まえれば色々と有益な事もあるだろうし、ここで予定を変える事の方が良くない。世間には何かあったのかとか不信感を抱かれてしまう。それは一歩間違えれば針の筵の上に傾く事を意味します」


「組織の存在を公表しなければ、そーゆー体面とか気にしなくて良かったのにねぇ。だいたいあっちの体制自体よく分かってないし、人外対策局と抗争するだけの組織なの? 相手が人間なのか人外なのかもよく分っかんないじゃん! しかも過去にここへ所属してて、死んだはずだった人もいたんでしょ?」


四ノ宮(しのみや)(けい)……でしたっけ。なんで死んだのに生きてるんでしょうね。一度死んだのなら人間だという可能性の方がないと思いますけど」


「――――やっぱ君もそう思う?」


 二人の間に突然現れた顔に驚き慄いている両者と他のSNS対策室勤務の局員達を無視し、音を立てながらコーヒーをすすっている。針裏だ。


「さ、流石神出鬼没系おじさん」


「え〜、おじさんって鈴ちゃん酷くないっスか? 僕ちゃんまだまだ現役よ?」


「セクハラです」


「んー? 一体なんの現役だと思ってるの」


 木村に「墓穴掘りましたね」と言われ、それを目で殺してから針裏を見た。


「なんで研究所の所長がここに?」


「なんだって皆して僕を邪険にするんスかねぇー。僕ちゃんには人権ナッシング?」


「人権はあっても人望とか信用とかその辺はないんじゃないですかね!」


「あたり強くないっスか!?」


「織原さんにそう教育されたので。『ストレスが溜まっている時……いや、溜まっていなくても八つ当たり等は針裏さんにのみ良しとします!』って。なので積極的にそうする事にしました」


「更年期なんスかね。若いのに可哀想だねぇ通信情報専門部(C I S)のトップは」


 言い切る前に太ももあたりに衝撃が伝わってくる。姿勢を立て直そうとするが、ついさっきまで半日以上寝ていたせいか体がいう事を聞いてくれなかった。

 ひっくり返る形で床へ寝そべると、真上には噂をしていた人物が見下ろしてきている。


「あーら針裏所長、ご機嫌麗しゅう。なんかおっしゃいました? 聞き取れなかったのでもう一度聞こえるように言ってくださいますかね」


「絶対聞こえてたっしょ!? それともやっぱ耳も歳っスかね? あれ、なんか口元のほうれい線が目立っツゥッ……!」


 次はピンヒールをみぞおちに押し付けてきた。


「あだだだだだだだだ! あっ、今日は赤色〜」


「きゃぁぁあああッ!?」


 悲鳴の反動で足を引っ込めスカートをおさえた。音の出ない口を開閉させながら、怒りと羞恥に震えている。


「うっそぴょーん。その黒タイツ何デニール? ぜんぜん見えないんだけど保守的すぎない?」


「セクハラで訴えるぞ変態」


「あーらやだ、そんな酷い子に育てた覚えはありません! 大学生時代はまだ可愛げがあったんスけどねぇ」


「あんたに育てられた覚えもないわよ!?」


 ヒートアップしていく怒りが急に冷める。周りには部下もいるのだ。醜態は晒せないと、どうにか溜飲を下げた。


「……全く、心配してたのに損した気分ですよ」


「ふうん、心配してくれてたんだ。そりゃどーも」


 心のこもらない礼を口先だけで唱える。そして不意に笑顔を浮かべた。


「だけどさ……」


 浮ついた針裏の瞳が急に据わる。


「それはお互い様じゃない?」


 織原は軽く眉根を寄せ、針裏の目を睨んだ。繋がる二人の視線の中で、何が語られたのかは当事者でなければ分からない。

 探り合うような視線をたまらず織原が逸らした時、針裏は再び口を開いた。


「僕達は人外対策局(A M S)の人間だ。この事実だけで、あとは何をしなければならないのかは明白っスよね?」


「……ええ、分かってます」


 急にしおらしくなる彼女へ構わず追い打ちをかける。


「手加減はしてやるなよ。役目を果たせ」


 織原にはその言葉が励ましや諭しなどではなく脅しに聞こえた。「意図的に隠し事をするなよ。するようなら容赦はしない」そう解釈した。

 彼の方が視線の下にいるはずなのに、その目は余裕を湛えながら挑戦的だった。


「……当たり前です。私を誰だと思っているんですか。龍崎さんから仕事に私情をはさめだなんて習っていませんから」


「そうっスね。僕も公私混同は避けたいところ」


「強がるとヘマしますよ」


「そん時は自分(テメェ)のケツくらい自分(テメェ)で拭くっスよ」


「有言実行派の針裏さんがそう言うのなら、淡く期待しておきますよ」


「えー淡く? 全力で期待しててよ。これでも退魔師の端くれなんスから」


 いつもより粘つきの少ない笑顔を浮かべ、針裏は立ち上がった。「そんじゃ」と言い残し歩いていく背中は、何かを言いたげに去って行く。






 *






「最近二次選考が始まってるみたいだよ。新しく入ってくる後輩が問題児だったらどうしよう〜」


「問題児ならお前も大概だろ」


「え〜っ! 夜斗ったらひどぉーい」


「いいからもっと早く走れ。任務に遅れる」


「二人で任務ってのもね〜、なんかデートみたいじゃない?」


「……きっしょ。きっも」


「わあ〜、ひどーい。ノリじゃんノリ! ボクってば普通に女の子好きだよ」


「ノリについてけねぇよ」


 いつものように戯れながら、平日の昼間に人外の退魔に向かう。


「これじゃあ昼休み終わっちゃうよね。食いっぱぐれちゃう〜」


「霊一体だけで雑魚らしいし大丈夫だろ。ちゃっちゃと片付けんぞ」


「うーん、本当に雑魚だといいんだけど……」


 眉をハの字にしたアルを怪訝に思いつつも人外反応の出た現場である最寄り駅に踏み入れた。混雑している改札口付近で人外の気配を捉えるが、見つける事ができない。


「夜斗」


 アルの目配せした先に視線を移すと、人混みの中に青白い顔の笑顔を浮かべる人物が佇んでいた。一人だけ灰色のような印象で、色のない笑みだった。


「……あいつが北海道で会ったっていう奴か?」


「そう。東京戻ってきた時の報告会で写真見たでしょ? 七年前に殉職した退魔師、そして現在は対ボク達(AMS)組織であるブール所属の四ノ宮圭。……彼だよ」


「霊はまた別にいるのか? それともあいつに反応したのか? まあどっちにしろブール所属の奴はなるべく(・・・・)生かして捕らえろって話だ。どうする?」


制御装置(リミッター)を発動後同時攻撃。Are you ok?」


「オッケー」


 数秒後、薄ら笑みを浮かべた二人が四ノ宮に左右から斬りかかる。しかし彼はそのどちらもかわし、更には銃口をアルに向けた。


「アルッ!」


「――――っ!」


 ギリギリで避けたと確信したのだが、間髪入れずに蹴りを背後から見舞われる。あっさりと一蹴され咳き込んでいるアルを気遣えるのはまだ先の事だ。ターゲットが夜斗に移った今、油断は一瞬たりとも許されなかった。


 ――強ぇッ……!


 自分が不利だと自覚した時、引きつった笑みの鼻先に銃口があった。


「は、ははっ……」


 緊張に渇き切った喉から出たのは掠れた笑声。


 刹那に鳴り響くのは、鋭い銃声だった。

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