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退魔師はただいま青春中です  作者: 花厳 憂(佐々木)
第4章:灰の月委員会の存在-1
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No.73「夜斗の一日:後編」

「なんだ、案外あったけぇな」


 浮ついている街中の雑踏に紛れていると、案外誰にも気づかれないものだった。

 意識的に気配を薄めているからだろうが、この状況下で誰か一人にでも気づかれてしまったら最後、人に囲まれ身動きを取る事すらままならなくなってしまう。


 どこへ行くにもついてきて、終いには休日らしい休日がおくれなくなるだろう。芸能人がもたらす現象を、一退魔師が起こしてしまうのだから組織の顔とは大変なものだった。


 鬱陶しい人の波を鼻で笑ったところで、見覚えのある顔とすれ違った。

 咄嗟に振り返り呼び止めると、視認する前から二人組は露骨に嫌悪感を顔に滲ませた。

 どうやら呼び止めるまでもなくすれ違い様に気づいていたようだ。しかしそれは夜斗へではなく、あちらは互いを互いに睨み合っていた。


「言っとくけど、好きでこいつといるわけじゃないから。巡回パトロール中」


「お前嘘が下手だな。一応言っておくが、俺は好き好んでこんな奴と街中を歩く悪趣味は持ち合わせていない。クリスマスボッチ回避のためナンパしにきただけだ」


「うわ、何そのらしくないジョーク。軽く引いたわ」


 ――結局、何しに二人でいるんだ。


 仲が悪いのか良いのか判らない、年齢的にも所属歴的にも先輩の二人を目の前に、夜斗は反応に困っていた。


「あ、あの……」


 二人の世界(けんか)を展開させる先輩方に、話を進展させるか別れるかを遠回しに促す。このまま挨拶を交わし別れる事を望んでいたのだが、それは叶わない願いだった。


神無(かんな)と二人は嫌だから君も付き合ってよ。実は、今からクリスマスプレゼント買いに行くんだよね」


「誰にですか?」


八千草(やちぐさ)先輩。うちの隊じゃ、クリスマスと誕生日は何かしらあげないといけないっていう暗黙の八千草ルールがあるんだよね〜」


「でも八雲さんはいないんですね」


「さあな。予定があるから二人で買ってこいって言われたんだ。全く、くだらん行事にいちいち騒ぐなんてガキか」


 説明は(れい)が、不満は神無が担当する。


「八雲さんって、一番そういうのに詳しそうなんですけどね」


「何それ。神無はともかく、俺に女っ気がないとでも言いたいの?」


 ――どうしてそんな捻くれて解釈するかな……。


 苦笑を浮かべ、話に乗ろうと先輩の顔を立て話題を広げる。


「彼女いるんですか?」


「いるけど? …………って何その意外だって言いたそうな顔」


 夜斗は顎が外れんばかりに口を開いていた。その隣で神無は何度も頷く。


「その反応が当たり前だ。こんな性格で嫌味ったらしい零に彼女がいるなんて、世の中はおかしい」


「それに関しては神無も大概だよ」


 夜斗へ助け舟を出す(てい)で便乗し悪口を言う神無だが、零の反撃に言い返す言葉も失くし押し黙る。

 そして男三人、人混みの中で立ち尽くしていた。


「……どこ行くの」


「知らん」


 自然と二人の視線は夜斗へと向く。戦闘以外、頼りにならない先輩に短く息を吐いた。


「八千草さんの事はよく知らないし、助言もなんもできません。それに俺、予定があるんで」


 竹を割ったような性格の彼らならこれで分かってくれるだろうと思ったのだが、今日に限りそうはいかなかった。


「待ってよ夜斗くーん。それはないんじゃないの〜? 先輩のお誘いには付き合わないと」


 零がニヤニヤと悪意のある笑顔で右腕を蛇のように首へ巻きついてくる。反対側へ目を逸らして逃れようとするが、その方向には神無がいた。

 いつもの無表情に近い不機嫌そうな顔ではなく、薄ら笑いを浮かべている。


 ――退路が絶たれた。物理的にも、精神的にも。


 予期せぬ事態に顔を曇らせるが、零の言う事にも一理あると腹を括った。


「ところで君の予定ってなんなの?」


「…………俺もプレゼントを……その、買いに」


 あからさまに赤くなる顔をコートで隠し、目線を誰とも合わせないように下げた。しかし、二人共それを分かっていて覗き込んでくる。

「ドSめ」と心中で唾棄するが、それよりも恐れなければならない事がある。


 予想では次に彼らが紡ぐ言葉は――


「誰へのプレゼント?」


 期待を裏切らない問いかけだ。そしてそれへ答える事はとても都合が悪い。何故なら、この二人はプレゼントを贈りたい相手と親しいからだ。


「……誰でもいいじゃないですか」


 濁すが、今回は期待を裏切りそれ以上二人は追求してこず、その代わりに嬉々として賭けが始まった。


「よし零、来年一年間のゴミ捨てを賭けるか。俺はティアに賭ける」


「ズルいってそれ。俺だってティアに賭けるよ」


「それじゃあ賭けにならないだろうが」


「フェアじゃない賭けには乗りませーん」


「ふん、つまらない奴だな」


 隠すまでもなくバレてしまっている訳だが、無駄な足掻きだとは知りながらも一応否定はしておく。


「ティアじゃないですよ」


「じゃあ誰なの?」


「それは……」


 言い詰まっているところを、両脇から悪趣味な笑顔で無言の視線責めを食らう。


「二人には関係ないじゃないですか。ほら、行きますよ。プレゼント買いに来たんですよね?」


 本来の目的を思い出し一人ズンズンと足早に進む彼の背後で顔を見合わせ、二人は口角を上げる。


「へえ、遂にティアに彼氏ができる……かも?」


「本当に遂にって感じだな。数多の男達は想いを口にする事もなく、高嶺の花への片思いに雑草の茎(しゅうしふ)()ってきたというのに。突然現れた元不良少年が高嶺の花を持ち去るなんて」


「予想外デース」


「どこぞの携帯会社のCM臭いぞ」


 彼を追いかけ歩調を速め、神無はズボンのポケットへ手を入れ指先の暖を取る。

 零はスマホを操作しながらも、訓練や実践で培った俊敏性を生かして巧みに人を避けて追う。着いた先は、ショッピングセンターの中にある雑貨店だった。


「……ここ、最近人気だから店内見てれば何かいいのあるかなって。付き合ってないのにアクセサリーは重いだろうし」


 夜斗の言う通り店内には自分へのご褒美として、もしくは友達へのプレゼントだろうか。女性客が溢れている。チラホラいる男性客は自分達と似たり寄ったりな理由だろう。


「ふーん、そういうの詳しいんだ。意外な一面だね」


「ち、違いますよ。詳しいわけないじゃないですか。調べたんですよ」


「行き当たりばったりじゃないんだ。真っ面目〜」


「その方が効率的なんで。いいのがなかったら次の候補に行きます」


「次の候補まで。計画はガチガチに固めるタイプか」


「いいえ、そうでもありません。実践の場では臨機応変さが大切ですから。とはいえ作戦という基盤あってこそなので、大まかな事は決めますが……」


「零よりもしっかりしてるな」


「なんの事? 俺はいちいち考えなくても当たり前にこなしてるんでね」


「この前ドジ踏んで作戦に支障をきたした足手まといは誰だったかな」


「失敗もあるよ。人間だもの。れいを」


「最後に『人間だもの』ってつければ許される的な風潮やめろ。れいを君」


「でも神無だってこの前ヘマしたじゃん? 子供嫌いがたたって足止め食らったり」


「そういう日もあるだろ。人間だもの」


「その言葉似合わないね」


「余計な世話を焼くな」


「焼くかよそんなもん。気色悪いって」


 神無はやはり鼻で笑うが、それが彼の返事なのだ。嘲笑の意ではなく、これ以上言う事がない場合や、面倒になった場合によく出る癖である。


「ってあれ……夜斗君は?」


「あそこだ。真剣に悩んでるな」


「あの不機嫌顔、現役不良のものとしか思えないよ」


「あいつの中学の時の写真出回ってたぞ。組織の体面上通信情報専門部(C I S)が全力で消そうと試みていたが、半永久的に残るネット社会には勝てなかったな。世間の評判的には結果オーライっぽいが、迷走時代とは怖いものだな」


「迷走かぁ。……誰かの死って、人に与える影響が大きいよね」


 自虐的な笑みでそう言い放つ隣の零にチラリと視線だけを投げるが、決して目は合わない。零の目に映っているのは、隣のおもちゃ屋に入っていく兄弟の後ろ姿だった。


「あれからさぁ、まだ一年も経ってないんだよね〜。なんか変な感じ」


「お前――」


「――あ! あのバイクの置物にする? 八千草さん好きそうじゃないかな。……いや、やっぱ怒られたりして」


 質問を遮られてしまうが、兄の死を引きずっているのかなど、訊くまでもなく当たり前の事だ。あれから少し物騒な発言が増しただけで他に変化はなく、葬儀や火葬も全て行動を共にしていたが、泣いている姿も見た事がない。


 勝手に「こいつは大丈夫だ」と決めつけていたが、やはり落ち込んでいる素振りを見せないだけなのだろう。それが、普通だ。


 ――そりゃそうか。一般から漏れるほど、零は異常じゃない。


「ちょっと神無聞いてるの? これどうよ」


「やめておけ。骨の髄まで木っ端微塵にされかねん」


「やっぱり? もうなんも思いつかないよ。誕生日は何もないって言ったらド怒りでケーキ買いにパシらされたけど、クリスマスプレゼントなんて彼女にも贈った事ないのにピンとこないんですけど」


「もうあれでいいんじゃないか」


 指し示す先には大きなリボンがある。リボンを贈って何になるのかと怪訝な表情を浮かべるが、神無は引きつらせた口元を固く引き締め、遠い目を逸らした。


「……嫌な予感しかしないんだけど、その反応。動物が生存を諦めかけている時の目だよね、ソレ。絶望映すのやめてくれない?」


「殺される時は一緒だぞ」


「何それ。もらい事件もいいところだよ」


「安心しろ。その時は隊長にも死んでもらう」


「隊長まで殺されるとか、一体あれをどうしようってのさ……」


 訝しむように神無を睨むが、決して目を合わせようとせずに零から逃れ続けていた。

 そんな時だ。


 プレゼントを可愛くラッピングしてもらい、嬉々としてそれへ笑顔を向けている男がこちらに歩み寄ってくる。視線に気がついた夜斗は途端にわざとらしい真顔を浮かべ、なんでもない風を装った。


「あれ、まだここに突っ立ってたんですか」


 言葉に棘があったのは照れ隠しだろうか。少しの苛立ちを覚えた零と神無は無言でリボンへ一直線に進む。首を傾げる夜斗をよそに、二人は重苦しく苦々しい表情でレジに並んだ。


「何を贈る気なんだ……」

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