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退魔師はただいま青春中です  作者: 花厳 憂(佐々木)
第4章:灰の月委員会の存在-1
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プロローグ

 白い吐息は何の意味も乗せずして、風に流され消えていく。

 それを少女は独り言みたいだと思った。


 観測者がいなければ、無かった事になってしまう。誰かに向けた言葉でも、その『誰か』の耳に届かなければ声を発しなかったのと同じだと考えるからだ。


 そんな小難しい事を常に考えているような彼女は、次に、今年中に東京で雪は観測されるのだろうかという疑問を浮かべる。


 雪解けが春の合図だというのなら、おそらく三ヶ月後にはやっと暖かさを感じられる。なるべくならば、暖冬と騒がれているそのまま、暖かい冬を過ごしたいものだった。

 そのせいで水不足が懸念されているのかもしれないが、そういう面に関して刹那主義である彼女の思考を占めるに価値としては値しない。


 今はただ、この耐え難い寒さと格闘している。雪は降っていないのだが、決して暖かいわけでもない。

 暖かい冬と書き記すものの、体はその暖かい冬にすら置いてけぼりをくらい、見事に寒さの餌食になっている。


 寒さも暑さも慣れだという一面があるように、今年の寒さへの耐性は今年の寒さに由来する。

 暖冬だろうが寒冬だろうが、決して甘くはない寒さを体験する事になるのだ。


 一緒に歩く人が隣にいれば寒さを分かち合えたり、あるいは会話をする事で気が紛らわせたのだろうが、今日に限ってはそうはいかなかった。


「ねえ!」


 弾むような声をかけられマフラーにうずめていた顔を上げると、視界の下方に小さな男の子が映った。

 不意に、過去の記憶で見た幼い頃の弘和を思い出す。


 あの後はすぐ帰還命令が出て、訳も分からず事態の収束はしないままに本部の人間だけが次の日には北海道から離脱した。

 当初の目的である任務が終わった事や、怪我人が出た事、組織的な諸々が重なっての事だった。


 気づけば一ヶ月くらい前の事を思い出していた。目の前の事に集中しようと目線を合わせるためにしゃがみ込む。


「どうしたの?」


 問いかけると、男の子に突然頭を撫でられた。笑みに戸惑いと疑問符が混じり始めた頃、男の子が口を開く。


「お姉ちゃん、どうしてそんなに怖い顔してるの? 幸せが逃げちゃうよ!」


 ティアは驚いた顔をした後、俯いてから口角を軽くあげた。悲しみの色を奥に封じ込め、満面の笑顔で応えた。


「……うん、そうだね。幸せが逃げちゃうね!」


 笑顔でお別れを丁寧にしてから、スマホの画面に映る自分を見た。困り眉で弱々しく笑っている。


「情けないなぁ」


 両頬を叩いて気合を入れ、「よし!」と呟き己に活を入れる。北海道の時の事を思い出し発生した(もや)を吹き飛ばすかのように、心の空気の換気をした。いつもの平行眉、意思の強い目、そして口を軽く引き締め、白い息を自分の体で切って歩み出す。


 向かう先はとある衣料品店だ。男性もののブランドなのだが、今日は女性客ばかりだった。何故かと問うのは愚問で、この時期だからと言えば誰もが納得する。


「ただいまクリスマス限定包装を行っておりまーす!」


 ――クリスマスプレゼント……渡したりなんかして迷惑じゃないかな?


 ティアには気になる事があった。彼のコートもマフラーも黒い事だ。彼の好きな色は赤なのだが、親友だった悠の一件以来は、自分の色であった赤色を極力避けているようだった。無意識なのかもしれないが、誰かに赤を肯定してほしい気持ちもあるのかもしれない。


 過去を乗り越える事と、過去を取り戻す事は、どうやら違うらしかった。


 彼にとってはとても意味のある『赤色のマフラー』をプレゼントとして贈るのは究極の選択だったが、意を決して買う事にした。


 受け入れてくれるかは、彼次第だ。


 買った帰り道、プレゼントを贈る時の楽しさと共に混在していたのは不安感だった。


 ――やっぱりやめた方がよかったかな。なるべくすんなり渡して押し付けないようにすれば、受け入れられなかった場合はしまうなり捨てるなりしてくれるかな。……うん、それでいこう。すんなりさらっと!


 どうしようなんて、考えない事にした。考え過ぎれば買った事すらなかった事にしてしまいそうだったからだ。


「お、ティアちゃん」


 前から聞こえてきた呼びかけに顔を上げると、通信情報専門部(C I S)所属で八雲隊専属の八千草と、見知らぬ女性の二人がいた。


「こんにちは」


「どうしたの、そんな暗い顔しちゃって。ま、まさか神無達にまたなんか言われた!?」


「い、いえ、これを渡すのに緊張しちゃって」


 手に持っているものを持ち上げて素直に打ち明けると、途端に八千草の顔がにやけだした。


「あらあらあらぁ〜お相手は誰かしら?」


「お、お相手って、そういうんじゃなくて! 隊員全員分買ったんです。でも、結局今日まで迷ったある人へのプレゼントを渡すのが、ですね……」


「その『ある人』の事が好きなんだ?」


「そういうんじゃ……なくて……」


 困って言葉を探していると、八千草が突然笑い出した。


「ごめんね、少しいじめすぎちゃった。えっとね、こちら実子隊の(ひな)。訓練生時代からの同期なの」


「よろしくね〜」


「御祈祷ティアです。よろしくお願いします」


 雰囲気が柔らかく、温厚そうでどこかほわほわとした印象がある。実子隊の最後の一人はこの人だったのかとやっと知れたのだが、天然なりの図太い精神であの三人の中に混じれているのだろうと分析した。


「お二人もプレゼントを買いに?」


「そうなの。あのね、聞いて聞いてティアのんちゃん」


「ティアのん……?」


「八千草ったら何度振られても腐らずトライ! すごいよねぇ、うちはたぶん心が先にパリーンだよ」


「ちょっと雛、ティアちゃんに言わないでよ!」


「え〜、この話は多分誰でも知ってるよ?」


「う、うそ……?」


「う、うほ……?」


「黙れゴリラ」


 呼吸の合っている二人を見ていると、本当に仲が良い事が分かる。そんな二人と別れてからの帰る途中、今度は街中で広報部(メディア)(むろ)とすれ違った。


 以前にも似たような状況があったが、今回は目が合い声をかけてみた。


「こんにちは。会社に帰るところですか?」


 外では組織名を出さずに会社と言う事が多い。それは組織の一員であるという事や様々な意識を根付かせる事、所属先を隠す隠語としての役割もある。


「こんにちは。……それが財布を落としてしまったみたいで、来た道を戻っているところなんだ。お腹ペコペコで死にそうだよ……はは、ははははは」


 すると、げっそりとした室の背後に走ってくる元仮編成実子隊、現広報部所属の直樹が見えてきた。


「室さーんっ! 見つけました!」


「おお、でかしたメディアの犬っ!」


「その言い方やめてくださいよ! すっごく揶揄チック!」


「じゃあ下僕」


「だからぁっ…………え? お、お前、ティア!」


 彼女に気づいた瞬間に驚愕の表情を浮かべたままフリーズする。数秒間時の止まっている彼へ向け首を傾げると、やっと動き出した。


「よ、よお……ティアさん(・・)


「さ、さん? さんなんて付けなくていいよ」


 しかし直樹は首を横に振る。横目で室をチラリと見上げていた事から、どうやら彼の指示らしい事を悟った。


「い、いや〜、今日は晴れていて清々しいね。そして今日もティアさんはお美しい」


 ごますり野郎と化した彼を哀れに思う。あの直樹をこんなにもスラスラとお世辞を言えるようにするなんて、と室の教育とやらが気になり始めるティアだった。


「これでやっと飯が食える! じゃあまたね!」


 二人は颯爽と去って行った。行き先はきっとフード系である事は間違いないだろう。

 今度こそ帰ろうと寮への帰路に改めてつこうとするが、今度は背後から声がかかった。


「あ、ティア! 雛さん見なかったぁ?」


 朱里だ。一、二ヶ月ぶりに会った彼女は相変わらずであったが、どこか変化も見受けられた。大人っぽくなったような気がする。


「さっきそこ出たところで会ったよ」


「おっけぇ、どうもありがとぉ。そういや北海道では散々だったらしいじゃん?」


「あはは……情けない事に、当事者でさえ正確な状況を把握しきれてないくらい派手にやられちゃったよ」


「能無しの無名(・・)隊なんて呼ばれないようにしなさいよぉ?」


「む、むめい隊? 何隊になっても揶揄がつきまとってきてる……!」


 朱里に限らず影ではそう呼ばれているであろう事を知り、よくないあだ名が増えている事に肩を落とした。だが、清々しいほどにズバズバ言ってくる彼女には好感すら覚える。


「じゃあ朱里はもう行くねぇ〜」


 そんな中で朱里の背中を見送る。


「うん、じゃあね!」


 皆がそれぞれの道を歩んでいた。

 皆がそれぞれの場所で生きていた。


 ――気づかないだけで、気づけないだけで。きっと誰かがそう実感しながら、私も生きているんだろうな。


「…………なんて、なんでこんなにしんみりしてるんだろう」


 落ち着いている場合じゃないと、午後の愛花との予定のために帰りを急いだ。

 皆、忙しなく生き急いでいるような年末だった。

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